1-5 初めての食糧調達
朧げな意識の中、ぐつぐつと何かを煮込む音が聞こえてくる。
眩い朝の光で目覚めた僕が感じたのは優しい味噌の匂いだった。隣にナビ子ちゃんがいない事から彼女は料理しているのだろう。
全身が筋肉痛だったけど僕は無理やり布団から出る。居候の身だし何か手伝わないとね。
「よいしょっと」
匂いと音に吸い寄せられるように僕はキッチンスペースに向かった。
壁の壊れた開放的なキッチンでナビ子ちゃんは味噌汁を煮込みながら、雑炊のようなものを作っていた。
「あ、おはようございます、みのりさん」
「ごめん、寝坊して。僕に手伝う事はあるかな」
「もうすぐ料理も終わりますし特にないデス。でも、朝ごはんのあとでお手伝いしてもらう事があるのでしっかり栄養をつけてくださいね?」
「そう? わかったよ」
僕は彼女の言うとおりにしようと思ったけど食器くらいは準備しておこうと考え、適当に見繕うと彼女はありがとうございます、と丁寧にお礼を言ってくれた。
今日の朝ごはんは野草の味噌汁に山菜の雑炊だ。ただ不思議に思う事があったので僕は彼女に尋ねた。
「お米とかって、どこで手に入れたの?」
「ああ、田んぼとか畑とかで育てているんデス。すぐ近くにワタシがウン百年もかけてちまちまと開墾した立派な畑がありますよ」
「へぇ、すごいね。というか今更だけどナビ子ちゃんはロボットなのに食べる必要ってあるのかな」
「理論上は食べなくても大丈夫デスが無理デス、死にます」
「そ、そう」
真顔でそう言い切った食いしん坊なロボットに僕は苦笑する事しか出来なかった。ともあれそのおかげで僕も食事にありつけるわけだし、一緒に食卓を囲めるわけだからそこは構わないだろう。それじゃ、早速朝ごはんだ。
「ふぅ」
温かい雑炊と味噌汁が五臓六腑に染みわたり、体の芯から温まって僕は思わず恍惚とした表情を浮かべてしまう。
特に雑炊は数日お米を食べていなかったからなおの事美味しかった。やはり日本人ならお米を食べないとね。どこぞのテニスプレイヤーもそんな事を言ってたし。
「そういえばお手伝いって、僕は何をすればいいの?」
「食糧調達デスよ。ワタシのサバイバルのノウハウを手取り足取り教えますからね!」
「うん、わかった」
僕は何をすべきか脳内にメモをする。これは生き残るために重要な情報だからしっかりと頭に叩き込まないとね。それに一宿一飯の恩義も返したいからたくさん食べて頑張ろう!
朝食を終えて早速市街地に移動した僕はかごを背負って、まずはナビ子ちゃんの指導の下野草を採取する事になった。
「野草やキノコは毒があるものも多いので知識が無いと食べちゃダメデス。ワタシはロボットなのでもし食べたとしても深刻な問題にはなりませんが、人間のみのりさんはお腹を壊しちゃいますから」
「わかった」
僕は素直にその指示に従う。一応簡単な知識はあるけれどうろ覚えだし、草なんてどれも似たような形をしているから素人には見分けがつきにくいからね。
「僕も昔、課外活動かなんかで野草を採ったっけ。それを天ぷらにして食べて、結構美味しかったな」
「天ぷら! いいデスね! えぐみもアクも簡単に取り除けますし! 今夜の晩ごはんは野草の天ぷらにしましょう!」
「うん、そうしよっか」
ナビ子ちゃんはその味を想像し目を光り輝かせたけど僕にはその魅力がわからなかった。野草や山菜って大人になれば味がわかるって聞くけど僕はまだ子供だしね。苦いし、あんまり美味しいとは思わないからなあ。
「この草は食べられるの?」
「ええ、炒めると美味しいデスよ! では少しだけ残して採っちゃいましょう」
「残すの? なんで?」
山とかならほかの人や来年のため、という理由があるからわかる。でもそれはあくまでも僕がいた世界での話だ。この世界には、少なくとも周辺には僕らしかいないのに。
「これは動物さんのごはんでもあるんデス。全部採っちゃうとお腹がペコペコで悲しくなっちゃうデス」
「成程ね」
ナビ子ちゃんは食いしん坊だけど自分勝手に行動する事無くちゃんと自然の事を考えているらしい。やっぱり優しい子なんだなあ。
「何よりごはんがあれば当然ここにやってきます! そしてまるまる太ったところで丸焼きに!」
「ああうん、やっぱりそうなのね」
そのへんにいたウサギを凝視し、よだれを垂らして嬉しそうな顔をした彼女に僕は思わず苦笑してしまった。ちなみに身の危険を感じたウサギさんは全力疾走で逃げ出したよ。
前言撤回。ナビ子ちゃんの行動原理はすべてが食に繋がっているようだ。美味しいごはんを食べる事だけが彼女の存在理由なのだろう。
「おお、早速ちょうどいい感じにお太りになった食べごろのシカさんが! ちょっと狩ってきますね!」
「あ、ちょっと!」
僕はナビ子ちゃんを止めるけど狩猟者になった彼女は獲物以外見えていなかった。彼女は右手のレーザーブレードを展開し笑いながらターゲットに襲い掛かる。
「イィッヒャッアア! 肉じゃあーい!」
「キャー!」
まるで金持ちの密猟者のように悪い顔をしたロボットを目の当たりにし、シカも抗ってはいけない存在であると即座に理解して甲高い悲鳴を上げて逃走した。
なんだっけ、これ。どこかで見たような……ああ、昔話とかにいる旅人を襲う山姥だ。
「えーと」
僕は呆気にとられながらも自分一人で野草を採取する。もし間違えていてもあとでナビ子ちゃんに確認してもらえばいいか。でもクマとかと遭遇するのは怖いなあ。
僕はかごに取り付けた鈴を指で弾いてチリンと鳴らしてみる。一応、気休め程度にはなるかな。
クマは基本臆病だから人間には近付かない。冷静に対処すればなんとかなると無理やり言い聞かせた。
というかずっとナビ子ちゃんと行動して薄々気が付いたけど、野生動物はみんな彼女を見るや否やすぐに逃げ出していた。多分全員があのロボットを捕食者として認識しているからそんな反応をするんだろう。
「クマー」
「っ」
噂をすれば影が差す。建物の影からクマが現れ僕は思わず身構えた。でもクマってクマーって鳴くの?
「クマッ!?」
だけどクマはとても俊敏な動きで僕に背を向けて一目散に逃げたので、その事に少し驚いてしまった。
「?」
そのあり得ない展開に首を傾げたけれど、もしかしてクマは僕がナビ子ちゃんの同類と認識しちゃったのかな。きっと多くの仲間が為すすべもなくナビ子ちゃんに食べられてしまったから本能に恐怖が刻まれているのだろう。
ううむ、クマすらも逃げるなんてナビ子ちゃん恐るべし。でも恩恵を受けるこっちとしてはありがたい。彼女のためにもイイ感じの野草を採らないとね。