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3-17 ヒロの初恋と犯した過ちと

 ――御門善弘の視点から――


「はぁ~」


 俺はたんぽぽコーヒーの苦みを堪能しながら延々とため息をついていた。流石につるぎも情けない友人に嫌気がさしたようだ。


「いい加減鬱陶しいぞ。彼女にフラれた男かよ」

「俺とみのりはそういう関係じゃないが、まあ似たようなものか」


 ああ、添加物を使っていない飲み物特有のマズさがケミカルジュースに汚染された五臓六腑に染みわたる。慣れてしまえば意外と癖になる味だな。


「喧嘩の原因も、そもそもしょうもない事なんだよなあ」


 俺はそう呟いて、昔の事を思い出した。



『やーい、また女と遊んでるー、オカマー!』


 当時、ガキ大将のくせに割とボッチだった俺は、みのりとつるぎと一緒にいるとちょいちょいこういう風にクソガキ連中に絡まれる事があったわけだ。


『んだとコラッ!』

『オカマから逃げろー!』


 俺はムキになってクソガキどもを追いかけるが、連中は最初から逃げる事を前提に喧嘩を売っているわけなのであっという間に撒かれてしまう。


『ヒロ?』

『あ、ああ、すまんすまん』


 ちょっぴり悲しそうな顔をしたみのりたちの元へと戻り俺ははあ、とため息をついてしまう。ガキじゃないんだからムキになるなよと自分に言い聞かせながらも、流石に毎日のように馬鹿にされるとげんなりとしてしまうものがあった。いやガキだけど。


 俺も薄々はわかっている。この年頃になると男女は別々に遊ぶようになるのだと。そして俺達は異質な存在なのだ。


 俺はガキだった。だからそれが恥ずかしい事だと思っていたんだ。


『なんか、その、ごめんね』

『うん……』

『いや別に……』


 だけど一番嫌だったのはこうして気まずい空気になる事だった。何よりも、みのりの切なそうな顔を見るのが嫌だったんだ。


 それを見るたびに俺の心には柔らかい棘が突き刺さり、じんわりとその淡く切ない傷を広げた。


 でも幼かった俺にはその感情がわからなかった。もう少し早くに気付いていれば違う結末を迎えていたのかもしれないのに。


 ある時学校に向かうと、黒板にでかでかとピンクのチョークで相合傘が書かれていた。そしてその下にはこんな文字が書かれていたんだ。


 みかどよしひろ、すずきみのり。


『ッ!』


 俺は羞恥で真っ赤な顔になりクスクスと笑うクラスメイトを無視して、急いで黒板のそれを消し教室から飛び出たんだ。


 何で俺が馬鹿にされなくちゃいけないんだ! 俺はとにかく苛立ってしまう。


 その日の午後俺はみのりを呼び出した。彼女はなぜか少し恥じらいつつ俺の様子をうかがっていた。


『え、えと、突然呼び出してどうしたの?』


 何も知らない彼女は深刻そうな俺の顔を見て何か勘違いをしたのかもしれない。けれど俺は彼女にこんなひどい事を告げたんだ。


『俺、もうお前と遊ばないから』

『……え?』


 それはつまらない意地から生まれた、しかし少女を傷つけるには十分すぎる言葉だった。


『ど、どうして』

『もう馬鹿にされるのは嫌なんだ! これからはつるぎと遊べ!』


 ああ、みのりはこんなに泣きそうな顔をしているのにどうしてこんなにひどい事を言えるんだ。本当にこの頃の俺を殴り飛ばしてやりたい。


『ッ!』


 俺はみのりを無視してずかずかと白壁土蔵群エリアを突き進む。みのりは別れを告げられた彼女のように、縋りつく様に俺を追いかけた。


『ま、待ってよ!』

『うるさい、うるさい、うるさい!』


 だけどそれ以上に俺の心はぐちゃぐちゃだった。それを誤魔化すように俺はひたすら早歩きで逃げ出す。本当にみっともない姿だった。


 ああもう、むしゃくしゃする。絡んできた奴がいたらいつも以上にボコボコにしよう。


 だけどその時は訪れた。


『ッ!?』

『ひゃあッ!?』


 突如として突き上げるような揺れが襲い掛かり、俺達は立つ事も出来なくなる。それは今までに体験した事がないくらい大きな地震だった。


 バリ、バキッ!


『ひッ!?』


 俺は恐怖のあまり悲鳴を上げた。昔ながらの建物が並ぶ土蔵群エリアは地震には弱い。瓦は次々と落下し、漆喰の壁にはひびが入り、石の橋は崩落する。


 避難訓練などで手にした知識なんて無意味だ。パニックのあまり何も行動出来なかった俺は、高いところから落下する何かに気付かなかった。


『ヒロッ!』


 ドン――。


 みのりが俺を突き飛ばし何かから護ってくれる。そして、揺れはようやく収まった。


『……………』


 俺は目の前にある光景を受け入れる事が出来なかった。


 腐ったバターのような生臭さと、鉄サビが混じったような臭い。


 糸の切れたマリオネットのように、ぐったりと弛緩していく肉体。


 瓦礫が落下し、頭からおびただしい血を流して、血肉の詰まった皮袋に変わってしまった人間は誰なのだ。


 その答えは分かり切っていた。しかし俺の脳は理解を拒絶する。


『みのりッ! みのりッ! おいッ! しっかりしろッ!』


 俺はひたすら動かなくなった彼女を揺さぶる。けれどもう返事をする事はなかった。


 ぴーひゃら、ぽんぽん。


 ぴーひゃら、ぽんぽん。


 ぴーひゃら、ぽんぽん。


 それは恐怖による幻聴だったのだろうか。どこからか歪な笛と鼓の音が聞こえた気がした。


 この日、白倉で発生した震度6弱の地震は多くの負傷者を出し白壁土蔵群を中心に大きな被害をもたらすも、死者を一人も出さなかったためすぐに人々の記憶から忘れ去られる事になる。


 そして、その時からみのりの時は止まったんだ。



 俺はかつての記憶を思い出し、はあ、とまたしてもため息をついた。本当に情けないったらありゃしない。


「全部俺のせいなんだ。だから俺は償わないといけないんだ。友達を傷つけた償いを」


 たんぽぽコーヒーを飲みそうボヤいた俺につるぎはふーん、とジト目になってしまう。


「友達か。何年も欠かさず見舞いに行って本当にただの友達なのかねぇ」


 彼女はやはり全てを見抜いているらしい。俺は自嘲するように笑いその返答をした。


「そうだな。俺は多分みのりの事が好きなんだよ。あの時素直にそう言えたらこんな事にならなくて済んだのにさ」

「そっか」


 その時つるぎはどんな顔をしたのだろう。乙女心がわからない俺にはよくわからないが俺は見なかったふりをした。


 みのりが眠り続けてから落ちぶれた俺をつるぎはずっと支えてくれた。俺を護るために弱い自分を殺し、強くなろうと決意し並々ならぬ努力で強さを手に入れたんだ。


 だけどそんなわけがないって誤魔化して。本当に俺はヘタレの極みである。


「なら告白してみれば?」

「遠慮するよ。俺にはもう資格がない。ナビ子とかいう奴がどんな奴かは知らないがあいつと一緒にいるみのりは俺が見た事のない笑顔をしていた。もうあいつの隣に俺がいる必要はないんだ」


 俺が女々しくそう言うと俺の関節がぐにゃりと曲がり軋む。そのコブラツイストはなかなかの痛みだったが手に持ったたんぽぽコーヒーだけは死守をした。


「ギブギブ」

「まったく。折角並行世界まで来て会えたんだ! ちゃんと言いたい事は言え! 誰も助けてくれないこの世界じゃ自分で決めないと何も出来ないからな!」

「うぐぅ」


 つるぎは俺を一喝する。あの弱々しかった昔の彼女とは本当に大違いだった。


「まったくお前に説教されるとはね。はいはい、わかったよ」

「おうよ」


 彼女は頼もしい笑顔を見せてくれる。それは紛れもなく親友のもので、俺はつるぎにそれ以上の感情を抱かないようにした。


 もしそんな過ちを犯せばきっとまた失敗してしまうから。それだけはダメなんだ。

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