3-15 残酷な時間の流れ
しかし、そんな事を考えていると、
「それでどうしてヒロたちはここにいるの?」
と、みのりの質問にさえぎられる。考えてもわからないだろうし今度はこっちの情報を寄越す番だな。
俺は早速かいつまんで知っている事を説明する。
「ああ、俺は鈴木みのりの都市伝説を知って、病院で眠り続けるお前ともう一度話がしたいと思って調べていたんだ」
「ちょ、ちょっと待って! 都市伝説って? それに病院で眠ってるってどういう事なのさ。僕は死んだはずじゃなかったの?」
「いや、うん? そうか、知らないのも当然か」
俺の説明にみのりはただただ困惑してしまう。どうやら彼女は自分の置かれている状況を俺達よりも知らないようだ。地震以降は意識が戻らないまま病院のベッドの上にいたわけだから当たり前だけど。
「簡単に説明すると、死んだはずの鈴木みのりが並行世界で生きていて動画を投稿しているって向こうじゃそんな都市伝説が話題になっていたんだよ。そもそもお前は震災で瓦礫の下敷きになって、病院で意識不明のまま眠り続けているだけで死んではいないんだが」
「う、うわああ。そんな事になっていたなんて」
「何と、バズっているのデスか! みのりさんは皆さんのアイドルになっていると!」
「言わないでよ、色々と受け止めきれないから!」
ナビ子は無邪気に喜んでいたがみのりは頭を抱えてしまっている。だが少ししてから事態を飲み込みどこか落ち込んだ様子になってしまう。
「まあいいや、別に人目にさらされるのは慣れているし。それにどのみち僕は元の世界には帰れないしどうでもいいか」
「そこなんだよなあ。あたしたちもどうやって戻ったものか……」
「ええ、困りましたね」
元の世界に帰る方法を知らない。その事実につるぎはかなり不安げな表情になってしまい、ナビ子もしょんぼりと同意した。
だが俺とみのりはそこまで動揺していなかった。俺たちに共通する事、それは現実世界に対してそこまで執着していないという事である。それは主に人付き合いに関連する事で。
ゲームが出来ないのはかなりしんどいが最悪この世界でみのりと暮らすというのも悪くはない。けど、つるぎはそうじゃないから方法は何としてでも見つけないとな。
俺は若干躊躇いつつ、こう言った。
「何にしたってベストは全員で元の世界に帰る事だ。だからみのりも諦めるんじゃない」
「う、うん……」
しかしその発言にみのりは浮かない表情になってしまう。その理由はいくらでも思いついた。
「……戻りたくないのか?」
俺がそう尋ねると彼女は静かにコクリと頷いてしまう。わかってはいたけどさ。
「ごめん。正直僕はこの世界での毎日を楽しんでいるんだ。向こうの世界よりも。そもそも帰る方法もわからないけどさ」
「……そういうわけにはいかないだろ。早く戻らないとお前の延命治療も中断される。もう時間がないんだ」
「っ」
ナビ子はそれを聞いてハッとした表情になるが、みのりの心は変わらなかった。
「言っとくけど向こうの世界が嫌な理由の一つにはヒロも原因の一つだから。僕は震災のあった日にヒロが言った言葉を忘れていないよ」
「……………」
俺は彼女の怒りを受け止めた。しかしみのりは震えながらそう言った直後、しまったという表情になってしまう。
「……ごめん。しばらく頭を冷やしてくる」
「……………」
みのりはうつむきながらバスから出て、バタンと扉が閉じられた直後、どうしようもない沈黙が流れてしまう。事情を知らないナビ子だけが何も出来ずにオロオロとしてしまった。
「みのりさん……えと、どういう事デスか? 皆さんはお友達なんデスよね。喧嘩でもしてるんデスか?」
「あたしの口からは言えないな。でも昔は仲が良かったんだよ」
つるぎはポツリと、遠い目をしてそう呟く。
そう、昔の話だ。俺達が親友だったのは。
彼女の俺を見る目が他人を見るそれだったという事に俺は当然気付いていた。だけどそれを受け入れたくなかったんだ。
あれから何年も経ってしまった。もうあの日々は帰って来ないのだろうか。
重苦しい空気にナビ子は迷いつつも、よし、と気合を入れた。
「ワタシ、行ってきます!」
そしてナビ子もバスから出ていき俺はつるぎと車内に取り残されてしまう。沈黙が耐えられなかったのか彼女は、
「コーヒー、飲まないのか?」
と言ってくれたので俺は小さく、ああ、と返事をした。
俺は一口だけたんぽぽコーヒーを飲む。淹れてくれたナビ子には悪いが正直苦くて飲めたものではなかった。