3-9 終末の世界に降り立ったヒロとつるぎ
――御門善弘の視点から――
みのりたちが市街地の廃屋を調べていた時から、少し時間は巻き戻る。
「ぐ、うぅ……」
まだ頭がシャンとしておらず、何が起こったのか俺は把握出来なかった。
朦朧とする意識の中俺は冷たい空気によって無理やり目覚めてしまう。そして周囲にある光景を見て今夢を見ているのだと判断してしまった。
そこにあったのは廃墟の町だった。規模は白倉の市街地と同じくらいだが多分白倉のほうが栄えている。
何故なら道路のアスファルトは割れ、土の地面が剥き出しになってそこから植物が生えているし、その辺の建物を飲み込むように大樹が生えているのだから。
ガラスというガラスはすべて割れて長らく放置されていた事がわかる。ここがどこかはわからないが少なくとも白倉ではないだろう。
「あぶぶ……な、何だこれ」
「つるぎか」
声のした方向、つまり視点を下に向けると横たわっていたつるぎも意識を取り戻し、ムクリと身体を持ち起こして辺りの様子を確認した。
「なんじゃこれ。夢?」
「俺にもわからん。今起きたばかりだし」
まあ、そんな反応をするわな。こんなとんでもない光景を見れば普通は夢を見ているのだと思うだろう。
「けど夢にしてはリアルだ。寒さも、植物の匂いも、風の音も」
「だよなあ」
「……………」
「……………」
言葉が続かない。最初はあまりの驚愕で。そして少し冷静になってからは別の理由で。
何故なら俺たちはつい先ほど喧嘩したばかりなのだ。それが今は二人っきり。気まずいったらありゃしない。
「えと、その、さっきはごめん!」
だけどつるぎが先にその静寂を破ってしまう。彼女が誠意を込めて頭を下げてくれたので俺は嫌味を言う気になんてなるはずもなかった。なので俺もすぐに謝罪する。
「いや、俺も悪かった。頭を上げてくれ」
「うん……」
彼女はそれでもまだ申しわけなさそうな顔をしている。今回の喧嘩はデリケートな問題が原因だしちょっとしこりを残しそうだ。
しかし今はそれどころではない。俺達は今着の身着のままで見知らぬ土地にやってきたのだ。
「さて、取りあえず状況を整理しよう。まずここはどこだ?」
「どこなんだろうなあ。というか何があってあたしたちはここにいるんだ。何かお前のスマホの画面が光ったような気がしたけど」
そうだ。俺はつるぎに指摘されその事を思い出す。
「ああ。俺は神社で動画を見てみのりの都市伝説を調べていたんだ。もしかしたらみのりの動画が見れるかもしれないと思って。そしてその動画を見て、お前がやって来て、」
「今に至ると」
俺はこくりと頷き、話を続ける。
「みのりの都市伝説はみのりが並行世界で生きていて、終末だらずチャンネルと名乗り動画を投稿しているというものだった。もしかしたら俺達は人類が滅んだ並行世界に迷い込んだのかもしれない」
「いやなんでそうなる。なろう小説の主人公並みの理解力と順応性だな」
「まあ慣れてますから。アニメや漫画にラノベで」
「はあ」
俺が失笑するとつるぎは深いため息をついてしまう。彼女は取りあえずその辺に転がっている看板を調べだした。
文字がかすれているがそれは鰈シ……役戸……k……と読み取る事が出来る。俺達はもちろんその単語に見覚えがあった。
「鰈浜? ここは鰈浜なのか? 島根の」
「多分な」
「……鰈浜ってこんなに寂れてたっけ」
「俺の知る限りふるさと納税でも荒稼ぎしてるし山陰では結構成功しているほうだな。島根県は行政が全体的にやる気がないがここは例外だよ」
しかしわざわざ言葉にしなくても周りを見ればこの町が滅んでいる事なんて一目瞭然だ。それも人がいなくなって数年、数十年というレベルではない。
「ともかくここはきっと本当に並行世界だ。それを前提に話を進めよう」
「うわ、マジかよ……」
つるぎはがっくりと肩を落とし不安げな表情になってしまう。異界に迷い込むという都市伝説や民間伝承は古今東西多々あるがホラーが苦手なつるぎはかなりビビっているようだ。
「本当にあったんだ。並行世界は本当にあったんだ!」
「え」
けれどそれに対して俺は胸が高鳴っていた。つるぎは一瞬引いた顔をしてしまったがすぐに納得したような表情になる。
「ああ、そっか」
「ああ。これはつまりみのりの都市伝説が本当の可能性が高いっていう事だ。動画を見たら並行世界に迷い込む、なんて記述はなかったがもしかしたらみのりがこの世界にいるかもしれない。いや、いるんだ!」
どれだけ異常な状況でもその事実は俺にとってはこの上なく心躍るものだった。だけど冷静さを欠いた俺を見てつるぎは真面目な顔つきになった。
「ともかくここでじっとしていても仕方がない。みのりを探すなり元の世界に帰る方法を探さないと。長丁場になった場合に備えて食糧や水もあればいいかな」
「あ、ああ、長丁場か」
そうだ、考えていなかったが下手をすれば俺たちは一生元の世界に帰れないかもしれないのだ。
俺たちはあまりにも無力だ。サバイバルの知識もなければ過酷な世界で生きる覚悟もない。俺はようやく自分が置かれている状況を本当の意味で理解する事が出来た。
この世界に自分以外に頼れるものはいない。自分たちで何かをしなければ死んでしまう。はしゃいでいる場合ではないのだ。
「そうだな、早速周りを調べてみるか」
「ああ、水か食い物があるといいんだけど。ああそうだ、スマホは?」
つるぎに促され取りあえず俺はまずダメ元でスマホをいじってみる。
「ありゃ、電波がギンギンに立ってやがる。こういうのって普通は圏外なのに」
「電話は繋がるか?」
「おかけになった電話番号は電波の届かない場所がうんたらだ。まあそりゃそうだな」
俺はスマホをしまい、とっとと行動を起こす事にした。
幸い俺の隣には霊長類最強の少女がいる。この友情に厚くて頼もしいメスゴリラがいれば大抵の事はなんとか出来るだろう。
さて、サバイバルスタートだ。喜びの感情は一旦置いといて気を引き締めて行こう。
つるぎと二人で生きて元の世界に帰るために。そして可能ならばみのりも含めて。
そんなわけで、俺達は廃墟の鰈浜の市街地エリアを調査していたわけだが……。
「しかし人が全然いないなあ。動物ならそのへんにいるけど」
「クゥ?」
俺はコンビニの前で井戸端会議をしていたタヌキの一団を発見し、視線をそちらに向ける。
彼らは見知らぬ生命体を不思議そうに眺めるが逃げ出す事はしなかった。連中からは警戒心はまるで感じられずそのまま捕まえる事も出来そうだ。
「最悪アレを焼いて食べるのもありかもしれないな」
「クゥ!」
しかしつるぎがそう言った途端タヌキたちは一斉に逃げ出してしまう。俺はそれがおかしく思わずククっと笑ってしまった。
「タヌキもお前の恐ろしさが本能でわかるらしい。イノシシくらいなら逃げ出しそうだな。クマでも何とか、いやさすがに無理か」
「んー、頑張れば倒せると思うぞ。サイズにもよるけど」
「お前が言うと冗談に聞こえないなあ」
それは普段と変わらないとりとめのない会話だった。
そして俺がそう言ったきり沈黙が流れてしまう。それもそのはず、ここには音を出す人間がいないのだから。
車の走行音も、人々の話し声も。聞こえるのは風の音や動物が草を揺らす音だけだ。
なんという虚しさ。気が狂ってしまいそうなほどこの世界には何もなかった。
「せめて水飲み場を見つける事が出来たらいいんだけど」
「そうだなー。一応俺のポケットの中に自販機で買った缶コーヒーが一本だけあるけど」
「逆に喉乾くだろ。そんなジュースみたいに甘いコーヒーじゃ」
お互いその恐怖を誤魔化すため意味もなく喋ってしまう。無がこれほどまでに恐ろしいだなんて俺は知らなかった。
みのりはこんな世界にいるというのだろうか。そう思うと俺は先ほどの喜びを撤回したかった。
こんな場所に数日もいれば精神が崩壊してしまうだろう。頼むから都市伝説が嘘であってほしいと、そんな事すら願ってしまったんだ。