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3-4 鰈浜で生きた人々と石見神楽の記憶

 翌日。バスは再び海沿いの道を走り続ける。


 目的地はこれといって決めていない。取りあえずざっくりと西のほうとは決めているけどさ。


「ところでナビ子ちゃん、次はどこに行くつもりなの?」

「はい、鰈浜かれいはまのあたりに行こうかな、と」

「へえ、鰈浜かあ」


 鰈浜市は島根県西部の都市で漁業が盛んなところだ。だけどお隣さんの僕にも正直な所何があるのかピンとこなかった。


「鰈浜って何があったっけ?」

「それはやはりお魚でしょう。特にカレイの一夜干しの素揚げは絶品の一言デス! カラッと揚げた肉厚で脂がのったカレイは、カリッとしたヒレの食感とふわふわな白身がたまんないのデス! ほかにはアジやノドグロも美味しいデスね」

「やっぱり食べ物の事なんだね。ああ、そう言えば石見いわみ神楽があったっけ。ついでにどぶろくとか」


 嬉しそうにそう語るナビ子ちゃんは相変わらずで僕は思わずくすくすと笑ってしまった。だけどほんの少し違和感を覚えたので僕は彼女に質問をする。


「随分と詳細な説明だけど、実際に食べた事があるの?」

「はい、朧気デスが記憶領域にデータが残っています。あの美味しさは衝撃的過ぎて忘れられるはずがありません!」

「へ、へえ。本当にナビ子ちゃんの食への執念は凄いね」


 嬉々としてそう語るナビ子ちゃんに僕は呆れてしまった。


 大切な人の記憶は忘れたのに食べ物の事だけは忘れないのか。僕は彼女とは友達のつもりだけど流石に小馬鹿にしたくなってしまう。


「取りあえず目的地にはゆうひパーク鰈浜の跡地を設定しました。現地に着いたら早速お魚を手に入れましょう!」

「うん、僕もなんだか美味しいお魚が食べたくなってきたし異論はないよ」


 だけど美味しいものを食べるのに理由は必要ない。こんな説明をされたせいで僕もなんだかカレイの一夜干しが食べたくなってきたし、じゃんじゃん釣り上げるとしよう。



 僕たちが訪れた海沿いにあるゆうひパーク鰈浜は観光客のために作られた施設で、山陰にしては規模が大きい部類に入る建物だ。


 駐車場周辺には壊れてしまった簡素なバリケードもあり、複数の人間がここで暮らしていたらしい。


 これは山陰の建築物全体に言えるけどとにかく駐車場がだだっ広い。僕たちはここを一時的な拠点にする事にして駐車場にバスを停めた。


「やっぱりここもバリケードがあるね。この世界で昔、何があったんだろう」

「何かはあったんでしょうね。ワタシは何も覚えていませんが……」


 ナビ子ちゃんはやっぱりシュンとした顔になってしまい、廃墟となった施設を眺めた。


 赤い朱塗りの神社をモチーフにして建てられたであろう建物は今ではすっかり廃社のようになってしまっていた。昔は豪華だったせいもあり、時間の流れを感じて余計に虚しい気持ちになってしまう。


 僕たちはあちこちを旅して分かった事がある。ここもそうだけど多くの施設にはバリケードが設置され簡単に侵入出来ないようになっていたのだ。


 自分たちに危害を加える何かから身を守るために。だけどもう人が一人もいないという事はそういう事なのだろう。


 人類はその何かによって滅ぼされたのだろうか。そしてナビ子ちゃんはそれに関する記憶を忘れてしまったのだろうか。


 不意にナビ子ちゃんの横顔を眺める。寂しそうな彼女は幽霊のように、ふらふらと建物の中に向かってしまったので僕は慌てて追いかけた。


 長い年月はそこに住んでいた人々のあらゆる思い出を朽ち果てさせてしまった。室内は瓦礫が散乱しもうあばら家とも呼べない惨状になっている。


「ここは水害の多い場所デス。台風や豪雨、それに潮風でこうなってしまったのでしょうね」

「だろうね。ヤマタノオロチの伝説もこのあたりの水害を神格化したものだし」


 施設の内部にはヤマタノオロチ伝説を題材にした地元の神楽、石見神楽にまつわるものも飾られており、昔は勇壮な舞いで多くの人々を魅了したのだろう。


 しかし和紙で作られた張りぼての大蛇は今では蛇の抜け殻の様な紙くずになってしまっている。神が人々の畏れ敬う感情により存在出来るというのならもうこの世界にヤマタノオロチは存在出来ないのだろう。


 ふと、僕は机の上に置かれた四角いなにかを発見しなんの気なしに手を取ってみる。。


 それは額縁のようで表面に積もった分厚い埃を手で払ってみると、そこには色あせた写真があったのだ。


「これは? 写真みたいデスが」


 ナビ子ちゃんも興味を示しひょっこりと僕の後ろから顔をのぞかせる。経年劣化によりかなり不鮮明になっているけれどそこには大勢の人が写っている事が何とかわかる。


「石見神楽の衣装を着た人や大蛇が写っているのを見る限り、社中の人が集まって撮ったものじゃないかな」


 写真の中央にはスサノオ役の青年とクシナダヒメ役の女性がいて、さらにその下のあたりに笑顔で笛を持った小さな女の子も写っている。きっとこの二人の子供なのだろう。


「皆笑顔だね。世界が終わるだなんて知らなかったんだろうね」

「いいえ、もしかすれば知っていたうえでそれを受け入れていたのかもしれません」


 二人は何を思って家族になり仲間との日々を過ごしたのだろうか。こんな残酷な世界で何を希望にして生きる事が出来たのだろうか。


「……だとすれば少し悲しいね。僕はこの人たちが何を考えていたかなんて知るよしもないけど、少しだけその気持ちがわかるような気がするよ」

「それはつまり?」

「僕も最近はこの静寂の世界が好きになってきたからね。絶望と仲良くするのも悪くないって思うようになってさ」

「あんまり変な人と仲良くしちゃダメデスよ」


 陰鬱になりかけた空気をナビ子ちゃんは冗談を言って誤魔化したので、僕もとりあえず笑っておいた。


「はは、そうだね」


 ああ、駄目だ駄目だ。こんな事を言ったらナビ子ちゃんを悲しませてしまう。


 僕もこの写真の人たちみたいに笑わないとね。でもそれはきっとそう遠くないうちに出来るようになるだろう。


 これ以上室内にいても目ぼしいものはないし、崩落の危険性があると判断した僕たちは早々に外に戻って周囲をさらに調べてみた。


 すると建物の近くにひと際目を引く奇妙なものを発見してしまう。


「なにこれ、犬小屋?」

「はて、何でしょう」


 それは社のように見えるけど風化もありハッキリ言ってボロっちい犬小屋にしか思えなかった。動物でも飼っていたのかな?


「うーん。わからないけど、まあどうでもいいか。どうやらこの辺は調べ尽くしたみたいだけど、どうする、ナビ子ちゃん」

「それはもちろん本来の目的である魚釣りでしょう!」


 ナビ子ちゃんは目を輝かせてそう言ったので僕はいつものように苦笑してしまった。


「はは、本来の目的は記憶を探す事じゃなかったっけ?」

「は! 忘れてました! でもまあそれは後回しデス!」

「うん、そうだね」


 このやり取りも毎度の事だ。さてと、今日ものんびり竿を垂らすとしようか。ふふ、今日は晩ごはんが楽しみだなあ。

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