3-3 誰かの代わり
日没も近くなり、時間的に今日の観光はここがラストになるだろう。最後の場所に選んだのはとある温泉街だった。
前の世界では保存地区に指定されていた江戸時代を思わせる趣のある町並みは、その多くが朽ちた廃墟となってしまっている。
けれど室内に差し込んだ優しい夕日が植物が生い茂り苔むした内部を照らす光景は、これはこれで味わいがあるだろう。
「いやー、この辺は前の世界でも寂れていたけど今はなおさらだね。山陰はどこもそうだけど」
「というか今のご時世は不景気なのでそんなものでしょう。えーと、看板から察するにここは温泉旅館みたいデスね。お邪魔してみますか? 温泉に入れるかもしれませんよ」
「さすがに設備も壊れているだろうし無理じゃないかな」
僕は笑いながら壊れて地面に落ちた看板を見下ろす。周囲には温泉街でしばしば見受けられる派手さは一切ないが、自然が侵食した光景はどのようなネオンよりも美しく僕らを癒してくれる。
「でもこれでめぼしいところは探しつくしましたか。どうやらここにも情報はなかったみたいデス。ワタシの記憶も、みのりさんが帰る手段も」
ナビ子ちゃんはそれだけが残念でいつものようにちょっぴりガッカリしてしまったので、僕は彼女を励ますように笑ってこう告げた。
「まあまあ、収穫がないのはいつもの事だよ。別にいいんじゃない、楽しかったし。焦らず行こうよ」
「まあそれもそうデスね。焦りは禁物と言いますし」
「うん。時間はたっぷりあるからさ。僕は前の世界じゃ寝る間も惜しんで働いていたしもう少しスローライフを楽しませてよ」
冗談めかしてそう言った僕に、ナビ子ちゃんは困ったように笑ってしまう。
「でもさすがにここまでのんびりし過ぎるのもよろしくないデス。あんなに小さかったみのりさんが今ではこんなにおっきくなっているじゃないデスか」
もしかすれば一生戻れないかもしれない。彼女はそう言いたいのだろう。
「うーん」
だけどその心配に僕はなんとも思わなかった。むしろ本当の事を言うと、僕が元の世界に帰る方法に関しては見つかっては困るのだから。
僕はこの世界で過ごす毎日がとても充実していた。ナビ子ちゃんと過ごす日々は毎日が楽しくて輝いていたから。
それは前の世界では決して得られなかったものだ。この終末の世界には僕の欲しかった全てのものが存在する。
だからぶっちゃけあえてあんな世界に戻る必要なんてないんだ。チートやハーレムなんてなくてもこの世界はとても満ち足りているから。
でもそれを口にするのは憚られる。そうすればきっとナビ子ちゃんは悲しい顔をしてしまうから。
「まあいいんじゃない、楽しければ別に。こんな世界で未来の事なんて考える必要なんてないさ。今を一生懸命生きればそれでいいんだよ」
それはニートの様にお気楽な発言だった。だけど嘘偽りのない本心なのだから仕方がないだろう。
「っ」
でも、ナビ子ちゃんはそれを聞いてフリーズしてしまう。比喩ではなく本当の意味で。
「ナビ子ちゃん?」
「はっ! いえ、なんだかボーッとしてしまいました。でもなんだか思いだしそうデス!」
「え?」
ナビ子ちゃんはそんな事を言って、難しい顔をして両方の指を側頭部に当ててぐにぐにと回す。だけどしばらく待っても何も思い浮かばずまたしてもガッカリしてしまう。
「うーん、今の言葉、どこかで聞いた気がするんデスが思い出せません。しょんぼりデス……」
「そっか。もしかして終末だらずチャンネルの誰かだったりするの?」
「かもしれませんね」
その単語が出た途端彼女はえへへ、と優しく笑った。僕はそれを見て胸がチクリと痛くなってしまう。
一瞬でも思い出してほしくないと思った自分が情けなくて。きっともし僕が彼氏と付き合ったら束縛の強い面倒な彼女になるんだろうなあ。
でもやっぱり知らない誰かに知らない笑顔をするナビ子ちゃんを見るのは、ちょっぴり切ないんだ。
「日も暮れますし、そろそろバスに帰らないといけませんね」
「そうだね」
そして長く伸びた影は、並んで廃墟の町を歩く。
結局僕はナビ子ちゃんにとって大切な誰かの代わりなのかな。その問いかけをしたところで彼女は笑って否定をするのだろうけど。
ま、別にいっか。考えても虚しくなるだけだから。だから深く考えないようにしないと。