2-22 つるぎとの喧嘩
その日のうちに退院した俺は自宅で独り考えこむ。机には大量のゲームソフトが積まれていたがとてもゲームをする気にはならなかった。
金がないから治療を中断する。それは実に生々しい理由だった。
試しにスマホで調べてみるが、ああいう状態の人間の治療には眠っていた期間にもよるが相当な金がかかってしまうそうだ。そう考えると異世界転生で残された側は地味に大変なんだな。
そんな人を救済するため日本にはいろいろ制度はあるみたいだ。それでもそれなりに金はかかるけども。
だがそれ以前の問題として、悔しかったがみのりの母親の言った言葉で一つだけ納得出来る事があった。
こんな事に意味はない。みのりを苦しめているだけだと――。
それはずっと俺が自問自答してきた事だった。ならばこれを機にみのりを楽にしてやるのも選択肢の一つかもしれない。
苦痛な生は苦痛な死よりも苦痛である。そんな格言もあるのだ。
あれはもうみのりじゃない。ただの抜け殻だ。もう生きていない。
だからとっとと諦めるべきだ。ガキの俺には最初から何も出来ないのだから。
「違う」
嫌だ。
こんな結末、認めたくない。
俺はあんな状態でも、みのりに生きてほしかったんだ。
これはガキの我がままだ。ただの残酷なエゴだって事はわかっている。
それでも……生きていてほしいんだ……!
そして俺は一つの決断をする。それがどれだけふざけていて現実的ではなかったとしても。
後日、俺は両親よりも先に最も信頼のおける人間に相談する事にした。俺は彼女を公園に呼び出し、木陰に身を隠すように立ちその考えを告げたのだ。
「つまり、学校をやめてバイトをすると」
目の前にいるつるぎは呆れたようにため息をつく。予想していた通りのリアクションだ。
「お前がバイトとか無理だと思うけどな。でもそれくらいしか出来ないよなあ」
「ああ、自分でも短絡的だとはわかっている」
だけど彼女は眉間にしわを寄せつつも頑張って笑顔を作り、こんな提案をしたんだ。
「んじゃ、あたしもバイトするよ」
「なんだと?」
「少なくともお前よりは働ける。力仕事とかどうとでもなるさ」
そんな無茶苦茶な案に俺もまた困惑してしまった。完全にブーメランだけどさ。
そうだ、俺も知っていたじゃないか。こいつは俺以上にバカだったという事を。それが何を意味するのか、果たして本当に深く考えているのだろうか。
「レスリングはどうするんだ。お前は今が一番大事な時期だろ。バイトなんてしてる余裕ないって。生活のすべてを捧げないとプロにはなれないぞ」
「ま、なんとかなるだろ。お前こそeスポーツとかはどうすんのさ」
俺も半分忘れていた発言を彼女は掘り返し反論してくる。あんな事を覚えていたなんて……。
「あれ本気にしてたのかよお前。引きこもりの戯言とお前のレスリングを比べるなよ。お前には輝かしい未来がある。俺なんかとは違ってさ」
「俺なんかって」
ややムッとしたつるぎに俺は畳みかけるように言った。
「お前と俺はもう住む世界が違うんだ。ろくに見舞いも来なかったのに今更余計なお世話なんだよ」
違う。こんな事を言いたかったんじゃない。だけど極度の不安は深層意識にある妬みを表面化させてしまったんだ。
「ッ!」
次の瞬間彼女は俺の胸倉を掴みかかっていた。鬼のような形相とは今つるぎがしているような顔の事を言うのだろう。
「あたしはお前とみのりの事を思って……!」
だけど鬼にしては随分と情けない。俺はこんなに優しく悲しい顔をしている鬼なんて知らなかった。
涙交じりの声を聴いてしまえば俺も冷静になってしまう。取り返しがつかなくなる前に俺はこう告げた。
「まずは冷静になろう。俺ももう少し現実的な方法を探すから」
「……ああ、そうだな」
つるぎは乱暴に手を離すと俺から逃げるように背を向けて去っていく。
どうせなら罵倒して殴ってほしかった。そうしてくれればこんなに胸が痛くならなくて済んだのに。