2-21 治療の終わり
みのりの病室に入ると珍しい事に先客がいた。お互い驚いた顔をしたあと、相手は気まずい表情を浮かべてしまう。
「珍しいですね、あなたが来るなんて」
「……ええ、そうね」
その血色の悪い中年の女性はみのりの母親だった。別に母親が娘の見舞いに来るという事自体は珍しいものではない。
だが彼女に限っては違う。俺は冷たい口調で言い放った。
「今更何しに来たんですか」
彼女もまた多くの見舞客同様、眠り続けるみのりから離れてしまった人間の一人だ。本来は俺ではなく肉親である彼女がずっとそばにいるべきだったのに。
つるぎはかなりバツが悪そうに俺とみのりの母親の顔を見比べていた。陽キャにはこのピリピリした空気はきついだろう。
「そうね……私には、ここにいる資格はないわ」
みのりの母親は言い返す事もなく俺の怒りを受け止める。白髪交じりの髪の毛はボサボサで生きている人間のようには見えなかった。
「でもね、最後くらい娘の顔を見ておきたかったの」
「最後……?」
その妙な言い回しに俺は嫌な予感がしてしまった。
いや、予感ではない。薄々こんな展開になる事はわかっていた。ずっと目をそらしていただけで。
「ええ。みのりの治療を近々やめようと思うの」
「え……」
つるぎは絶句したが、俺にいたっては呆然としてリアクションすら取れなかった。その現実を処理する事が出来ずに。
治療をやめる。それがなにを意味するのか言葉にしなくてもわかるだろう。
「なに、言ってるんですか……死んじゃいますよ」
俺はどうにかそう言ったが、みのりの母親は唇を噛みしめたあと重い口を開いた。
「そうね。でも今のこの状態はそもそも生きているって言えるの。治る見込みがないのにこんな事をする意味があるの。私がしている事は娘を苦しめているだけじゃないかしら」
「……………」
それに関しては何も反論出来なかった。俺はそれを必要な事と受け入れたが、母親である彼女にはそれが出来なかったのだろう。
「生々しい話お金もかかるし……もう楽にしてあげたほうがいいかなって」
「結局お金ですか」
その単語が出た途端俺は血管が切れそうになる。いや、それが身勝手な理屈だとはわかっていても。
「結局あんたが治療をしていたのもみのりがまた金が稼いでくれる事を期待していたからだろ。奇跡の復活をした天才ギター少女と銘打てば安っぽい感動ポルノが出来そうだな」
「ヒロ」
静かではあったがただならぬ気配に、つるぎは怯えた様子で名前を呼ぶが俺の耳には届かない。
「あんたはみのりから全てを奪った! 自由を、日常を、未来を奪って、金を生み出す商品に変えたんだ! テメェがブランド物を買いあさってクソつまんねぇ自己顕示欲を満たすために!」
「ヒロッ!」
俺は怒りに任せてみのりの母親に掴みかかろうとするが、つるぎに羽交い絞めにされ殴りかかる事も出来なかった。
「ごめんなさい。そうよ、私が全部悪いの。だから私が終わらせないといけないの」
みのりの母親は眠り続ける娘の頬を撫で病室から出ていく。俺は叫びながら追いかけようとしたが、オリンピック候補の怪力から逃れられるはずなんて出来なかった。
体力を使い果たすまでずっと俺は喚き散らす。そのあとの事なんて何も覚えていなかった。