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2-20 仲直りのレインメーカー

 折角の機会なので、俺は数年越しにあの時の疑問をぶつける。


「みのりが眠り続けるようになってからお前はレスリングを始めたわけだが、なんでなんだ?」

「ああ、あれね。話した事なかったっけ」


 つるぎはうーん、と照れ笑いをしたあと気恥ずかしさから俺に目を合わせる事が出来ず、目をそらしながらその答えを教えてくれた。


「みのりがああなってヒロはすっかり弱くなったからさ。お前を護れるくらいに強くなりたかったんだ。それだけだよ」

「それはまた」


 その初めて知る事実に彼女だけでなく俺も思わず照れてしまう。口に出しては言えないけれどこんな親友を持てて俺は幸せ者だな。


「いや、いくら何でも強くなり過ぎじゃね。つまり俺のせいでこんな世界を滅ぼしかねない暴走キングコングが生まれてしまったわけか」

「ああ、お陰様でな」

「まったくだ、人類に謝罪しないとな」


 俺は恥ずかしさを隠すために冗談めかしてそんな返しをしてしまった。けれど同時にほんの少し惨めな気持ちにもなってしまう。


「俺はあれから歩くのをやめたのに、今じゃすっかりお前は鳥取どころか日本の宝だ。多分余裕でオリンピックを四連覇とかするんだろうな」

「はは、余裕じゃないだろうけどやるからにはテッペンをとりたいから、ぶっちゃけ本気で狙ってるかな」


 笑いながら彼女はあっさり言い放ったがそれは決して大言壮語ではない。きっとつるぎはそれを本当に成し遂げる事が出来る人間だ。少なくとも間近で彼女の努力を見てきた俺はそう思っている。


「本当にお前はすごいよ。お前に対して一瞬でも嫌な感情を抱いた俺が馬鹿みたいだ」

「嫌な感情って?」


 つるぎはその言葉の意味が理解出来ず思わず聞き返してしまう。俺はなけなしの勇気を振り絞り親友に懺悔した。


「ちょっと前まで地元のニュースも新聞も、どこを見渡しても鈴木みのり、鈴木みのりって目が痛くなるくらいその名前があったのに、今じゃ真壁つるぎ、真壁つるぎって。まあ天神クリスもあるけど。お前があいつの居場所を奪ったように思えて少し嫌いになりそうになったんだよ。お前が活躍するたびにみのりが忘れられるような気がしてさ。別にお前のせいじゃないのにな」


 そう、つるぎはなにも悪くない。ミーハーなマスコミも悪くない。悪いのはただ一人、俺だけだ。あまりにも器が小さい俺はそんなしょうもない理由で、こんなにも俺の事を思ってくれる親友に嫌悪感を抱いてしまったのだ。


 そんな事から彼女を妬んだりもした。失敗しろと願ったりもした。


 それは決して法に触れるものではない。だが人としてあまりにも重すぎる罪だ。


「……そっか」


 俺の罪の告白を、彼女はこくこくと頷いて受け入れる。


 しばらくの間ののち、つるぎは悲しそうに笑ってこう言った。


「あたしもだよ。あたしも苦しかった。お前と同じ事を考えていてさ。ううん、それだけじゃない。忙しくなる毎日の中で時々あいつの事を忘れそうになる自分がいて……あたしが見舞いにいかなくなったのは練習が忙しいって事だけじゃないんだ」

「つるぎ……」


 その時の彼女の顔は昔の弱々しい少女のものだった。


 そうだ、俺はどうして忘れてしまったんだ。みのりの事で苦しんでいるのは俺だけではなかったのに。


 彼女もまた親友を失ったのだ。そして俺はそんなつるぎを顧みる事無くずっと無視し続けてしまったんだ。


 あいつは強いから、俺なんかいなくても大丈夫だって。


 そんなはずない。だとすればこんな顔で泣くわけがない。彼女は強靭な肉体で誤魔化しているだけで、友達のために悩み苦しんでしまうごく普通の人間だったんだ。


 けれどつるぎはその涙を拭って、頑張って笑顔を作ってこう言った。


「だからお相子。お互い一発ずつ仲直りのレインメーカーをしようぜ」

「はは、死ぬって」

「なにおう」


 俺はそう言いつつもベンチから立ち上がり、技を受け止める準備をする。確実に骨が折れそうだけどここは病院だし大丈夫だろう。


「それじゃあ行くぞー!」

「おう!」


 そしてつるぎは攻撃モーションに入る。その時になって今更俺はなんでレインメーカーを食らう展開になったのかふと考えこんでしまう。


 まあいっか。こうしてふざけあってプロレス技を食らうのも結構楽しいし。俺はちょっぴりマゾの気があるからな。


「あの木の葉っぱの最後の一枚が落ちたら、俺は死ぬんだ」

「はは、何を言っているのジョージ。まだこんなにたくさんあるじゃない。私が支えてあげるから諦めちゃダメよ」


 あれ、なんだか中庭に短編小説の傑作みたいなカップルがいるぞ。けれどもう技は発動してしまった。


「せいッ!」


 つるぎは俺の腰を掴み、横方向にくるんと回して、その右手を唸らせる。その時の衝撃はたとえて言うなら、バイクで二百キロくらいの速度を出して走っている時に鉄骨に頭部をぶつけるような感じだった。


 隕石が落下したような爆音が鳴り響き病院の中庭にクレーターが出来てしまう。幸いにして俺はちょっと痛いだけで死ぬ事はなかった。


 バササササー!


 だがその衝撃で木の葉っぱは一斉に落下し、男性はパタンと倒れてしまう!


「あ、やばいこれ死ぶべぇぇぇー」

「ジョージィィィィー!」

「おおお、見事なレインメーカーじゃあ……! 死ぬ前にこんなものが見れるとはのう……!」

「僕、明日の手術頑張るよ!」


 なんだか中庭の患者さんたちが拍手喝采を浴びせ、ある者には死を、ある者には生きる希望を与えてしまった。本当にレインメーカーは素晴らしい技だな。


「い、いい技だったぜコンチキショウ。腕をあげたな」

「おうよ! そいじゃバッチコーイ!」


 俺は立ち上がりお返しとばかりにレインメーカーを浴びせようとした。だが腰のほうに背後から手を回した時小さな女の子が歓声をあげてしまう。


「あ、なんかあの人たち抱き合ってるー! カップルなのかな?」

「違うよ、あれはね、プロレスごっこなんだよ」

「そっかー、パパとママもよく夜中にベッドの上でプロレスごっこをしてるよ!」

「へー。それは楽しそうだね。でもきっと違うと思うなあ」

「ッ!?」


 少女と看護師の男性のそんなやり取りをうっかり聞いてしまい、つるぎは技を食らう事をやめ流れるような手つきでラリアットをぶっ放し俺はまたしても地面に沈められてしまう。


「うん! DDTに、ドラゴンスクリュー、カミゴェとか凄い本格的なんだよ!」

「ごめん、俺の心が汚かったよ!」

「え、何想像したのマジキモイ通報するわ。うわーん! ここに幼女に変な事を教える人がいるよー! 社会的に抹殺してやるー!」

「やめてくださいますか!?」


 なんだか楽しそうな会話が聞こえる中、俺は苦笑交じりに彼女に言い放つ。


「照れ屋さんなんだから」

「正直すまんかった」


 しかし災害クラスの強さのつるぎもつるぎだが、それを何事もなく受け止められる俺もまあまあな化け物なのではなかろうか。


 俺は再び立ち上がり、つるぎにこう提案した。


「まあいい、折角だしみのりの見舞いにでも行くか」

「ん、そうだな」


 俺はともかく多忙なつるぎはあまり時間が取れないからな。積もる話もあるだろうしみのりにたくさんおしゃべりをしてあげたいなあ。


 その時の俺は呑気にそんな事を考えていたんだ。


 どうにか壊れず保たれていた日常に、終わりが訪れる事なんて知らずに。

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