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2-19 つるぎとの思い出

 つるぎは昔、ほんの些細な事で壊れてしまいそうなほど弱く、可愛らしい少女だった。


 いつから一緒にいたのか覚えていない。しかし親同士が昔からの知り合いで、問題行動を起こし孤独だった俺に彼女は生贄としてあてがわれたのだ。


 公園で遊んで来いと言われたはいいものの、俺達は何もする事なくベンチに座る。


『おい』

『っ』


 つるぎは当時問題児として知られていた俺に終始ビクビクしていた。きっと両親に言われなければ関わろうとすら思わなかっただろう。


『別に遊びたくなきゃそれでもいいぞ、鬱陶しいし』

『う、ぐすん』

『泣くんじゃねーよ、ったく』


 俺だって人間だ。自分のせいで女の子が半泣きになってしまえば胸が痛んでしまう。だが彼女はその選択すら出来なかったようなので俺は仕方なく自分のほうから行動する事にした。


『ほら、これやるから泣き止め』

『これは……?』


 俺がポケットから取り出したのは何処にでもある小さな鍵だ。まあ用途もわからないのにもらって嬉しいものではない。


『これは矢〇通が鈴〇みのるに手錠をかけようとした時、返り討ちに遭って鈴〇みのるが客席に投げた鍵だ。この間町を歩いていたら変な女に押し付けられてな』


 それは遡る事二日前。俺がいつものように町を適当にぶらついているとアホそうな高校生くらいの女が突然声をかけてきて押し付けられるように渡されたのだ。実際あの試合の手錠の鍵かどうか真偽は不明であるけれど。


『まあ、いらないとは思うが……』


 それはゴミ捨てにも似た行為で喜ぶとは思わなかった。だが意外にもつるぎは目をキラキラと輝かせてしまった。


『わあ、いいの!?』

『え、ああ。俺別にそこまでプロレス好きじゃないし』


 とまあガッツリ大喜びしてくれたのでこちらのほうが戸惑ってしまう。


 幼馴染との思い出の品が矢〇通の手錠の鍵(仮)という奴もあまりいないのではなかろうか。普通こういうのは縁日の安い指輪とかで結婚の約束とかロマンチックなアレをするものなのに。


 ともあれ、これでほんのりと好感度は上昇し彼女と最低限の関係性を構築する事は出来たのだった。



「お前、昔は泣き虫だったよなあ」

「そうだっけ。あんまり憶えてないよ」


 筋肉質で健康優良児な今の彼女とは本当に同一人物とは思えない。つるぎは身も心もあの頃とは別人になってしまった。



 ある日の事。俺は適当に町をぶらついていると山のほうに向かう彼女を発見する。


『……………』


 なんでまたあんな何もない場所に。俺は不思議に思い彼女のあとを追う事にした。


『よちよちー』

『くぅん』


 そして俺は段ボールの中に入った子犬とじゃれ合っているつるぎを発見する。成程、そういう事だったのか。


『よう』

『っ』


 彼女は子犬を護るように立ちふさがり、またしても涙目になったので俺は呆れて頭をボリボリと掻く。


『た、食べないで……』

『食うかよ。妙な事はしねぇよ。ほれ』

『くーん』


 俺は子犬のあごをフニフニと撫でてみる。なかなか良いもふもふだが犬種は何なのだろうか。黒い柴犬っぽいが犬の種類はよくわからない。


『い、いじめない?』

『俺だって誰それ構わず喧嘩するわけじゃないぞ』


 そう告げるとつるぎはようやく安心した顔になる。こうして秘密の友達との交流が始まったわけだ。



「ちょうどあの頃からだなあ。あたしのお前に対する見方が変わったのは」

「犬は幼少期の思い出イベントの鉄板だからなあ。我ながらよくもまああんなマンガみたいな展開になったものだ」



 その後、俺達は二人で餌を調達し子犬の面倒を見る事になった。途中でみのりも加わり、犬をもふもふしながら毎日を楽しく過ごし続けていたんだ。


『ちくわは今日ももふもふだねー』

『えへへ』

『くーん』


 つるぎとみのりは仲良く犬とじゃれ合う。あ、ちくわっていうのはこいつの名前ね。


 鳥取県民はちくわが好きだがそれは犬にも当てはまったらしく、与えられたちくわをバクバクと食べている。そのためこういう名前になったわけだ。


 みのりたちは彼のほっぺたをむにょむにょして、すっかり仲良くなってしまった。


 だけどある日台風が来てしまう。俺もその日ばかりは大人しくしていたが無性にちくわが気になって、レインコートを着て外に出てしまった。


 風と雨はすさまじく、レインコートは激しくうねりバタバタと音を立てた。白倉は市内の至る所に排水溝のような小川がありほんのわずかな油断が命取りだ。流石の俺も恐怖を感じてしまう。


 それでやはりというかそこにはつるぎとみのりがいて、壊れた傘を持ち必死でちくわを護っていたわけだ。


『う、ぐすっ!』

『くぅん……』

『も、もう無理だよ~!』


 同じくレインコートを着て泣きじゃくる彼女たちは強風で吹き飛ばされそうになりながらも、頑張ってちくわを護っていた。


『って、ヒロ!?』


 驚くみのりを無視し、俺は意を決してずぶ濡れのちくわを抱えて二人に告げる。


『仕方ない、ここは一旦家に運ぶぞ』

『う、うん!』

『わかった……!』


 背に腹は代えられない。俺はそう判断し寒さと恐怖で震えるちくわをがっしりと抱きかかえる。こいつはなんとしても護らないと。



 俺達は一番説得出来そうな真壁家に向かうと、おばさんはすぐに全員の身体をタオルで吹きドライヤーで乾かしてくれた。もちろん外出した事に関しては滅茶苦茶怒られたけどさ。


 もちろん後日仲良く風邪はひいてしまった。けれど嵐が去った数日後には三人と一匹でより一層仲良く遊ぶようになったわけだ。


 命を救ってくれた事で恩を感じたのかちくわはさらに俺たちに懐いたし、このまま真壁家の一員にしてもよかったが愛犬家のご近所さんが引き取ってくれる事になった。十数メートル先なので会おうと思えばいつでも会えるがつるぎは別れるのが嫌で泣いたっけ。


 ちなみに今でも家の前を歩けば元気にワンワンと吠えてくれる。子犬だったあいつもすっかりビッグサイズになり、もふもふもさらに増していた。


 ただまあ楽しかったのはこのへんまでだ。それからしばらくしてみのりがああなって……俺は、壊れてしまった。


『ヒロ……』


 自室でふさぎ込んでしまった俺をつるぎは気にかけてくれていた。彼女もまた親友を失い苦しかったはずなのに。


 それからしばらくして。


 つるぎは、レスリングを始めたわけだ。


 ……ホワーイ?

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