2-18 病院でのコーヒーブレイク
翌日、あの看護師の女性の言うとおり俺の傷はすっかり回復してしまい、医者のオッサンが滅茶苦茶驚いていた。
さらにそのあと不法侵入した人間が勝手に俺の治療をしていたという事も判明しちょっとした騒ぎになったり。白倉署の人間は昨日今日と大忙しだった。
いろいろと疑問に思うところはあったが俺としては一日で回復したのでなにも文句はない。ともあれ抜糸も済ませ今では病院内を散歩出来る程度に健康になってしまった。
病院内では特にする事はないがリハビリにはなる。一日程度じゃ身体もなまらないけれど。
購買周辺にある自販機の前に行くと見知った顔を発見する。それはつるぎで、どうやらまた見舞いに来てくれたようだ。俺かみのりかはわからないが。
彼女は少し悩んだ後バナナオレを購入し、押し出された紙パックの商品を取ってから振り向くと俺の存在に気が付いた。
「おうヒロ。もう歩けるようになったのか」
「ああ。しかしお前は相変わらずそんなものを飲んでいるのか」
「いいじゃん、美味しいんだから」
バナナオレには子供向けアニメのキャラクターが描かれ、いい年をした人間が飲むものでない事はわかる。
一方俺はカフェオレのボタンを押した。ゴロン、とやや乱暴に押し出されたそれを俺はしゃがんで取り出す。
「俺も苦いコーヒーはあんまり好きじゃないから、どっこいどっこいだけどさ」
「まったくだ。コーヒーが飲めるくらいで偉ぶるなよ。天気もいいし場所を変えるか。今暇だよな」
「ああ」
俺とつるぎはその場を離れ中庭に向かう。中庭には色とりどりの花が咲く花壇があり入院患者の憩いの場になっているようだ。
色付いた木々の葉から差し込む木漏れ日が木製のベンチを照らす。隠れた紅葉スポットを見つけられてちょっぴりラッキーだった。
俺は彼女と隣り合って木のベンチに座り、ストローで紙パックの飲料をチューチューと飲む。慣れ親しんだ安っぽい添加物まみれの甘さは正直そんなに美味いものではなかった。
「しっかし見事なドラゴンスープレックスだったな。おかげで助かったよ」
「ああ、どういたしまして」
左側に座るつるぎにそう感謝したあと、俺はしみじみと感慨にふけっていた。
「よくもまあナイフを持った人間に立ち向かえたものだ。引っ込み思案でおしとやかだったお前が今じゃすっかりメスゴリラだな」
「だからゴリラゴリラ言うなよ」
普通女性に対してゴリラと言うのはかなり失礼だが俺と彼女は気心の知れた中だ。なので基本的には余程の事が無い限りガチの喧嘩にはならず、このように笑うだけだ。
「それにそれはこっちの台詞だ。昔はお前がガキ大将みたいな感じだったのにこのザマじゃねぇか」
「あれは黒歴史だ。喧嘩なんて疲れるだけで割に合わないしガキのする事だよ」
「本当に変わっちまったなあ、お前。真面目になったのはいいけどちょっと寂しいな」
つるぎはハハ、と悲しそうに笑う。
互いに言葉が見つからず、沈黙が流れる。
「そもそもいつからお前と仲良くなったんだっけ。昔はそんなに仲良くなかったよな」
「ああ。お前は悪ガキで、あたしはウブだったからなあ」
けれど決して気まずいわけではない。穏やかな時間をコーヒーとともに味わい俺は在りし日の記憶に想いを馳せた。