2-17 異世界転生ならず
まあ、なろう小説じゃあるまいし当然そんな展開にはならなかったわけで。
俺は病院のベッドの上で目を覚ましたのだが、じんわりと腹部が痛むだけで特に異世界に転生する事はなかった。
意識がなくなる程度に結構ブスリといったが人は簡単に死なないものらしい。けど案外この程度の痛みなんだな。
俺は恐る恐るガーゼの上から傷跡を触ってみるが、
「ぎゃうッ……」
と、もちろんとんでもない激痛が走って呻いてしまう。
「もー、触ったら駄目ですよ」
「ああ、すみません」
部屋にいた看護師の女性にも注意されたし、しばらくは安静にしないとな。
彼女の年齢は三十代くらいだがあまり異性に興味がない俺でも美人と感じた。でも彼女の顔をどっかで見たような。
いやまあ、白倉市内の病院に勤めているわけだからどこかでは会っているだろうけど。ここにはみのりも入院しているしな。
「とっておきの治療方法をしているので、一晩経てばすぐに治るとは思いますけど」
「へえ、最近の医学はすごいんですね」
医学は日進月歩ではあるがあんな重傷も一晩で治るのか。無知な俺はただただ驚愕してしまう。
「ええ、なのでうまく誤魔化して下さい。そろそろ警察が来るので。さようなら~」
「へ?」
看護師の女性は笑いながらそう言ったあとそそくさと病室から出ていく。入れ違いで別の看護師のおばさんが現れたが、彼女は不思議そうに若い看護師の顔を見てしまう。
「あら、あんな人うちの病院にいたかしら? まあいいわ」
「……………?」
俺は事情が分からなかったが特に気にも留めず、俺はおばさんの看護師と治療に関する会話をする。
あ、そうだ、思いだした。さっきの人、島根県の義肢メーカーの社長さんとそっくりだ。美人過ぎる社長ってちょいちょいテレビに出てるし。他人の空似だろうけどさ。
けどまさかみのりがいる病院に入院するとはねぇ。する事もないしあとであいつの様子を見に行くか。
その後、俺の目の前に警察の人が現れ、事情聴取という普通の高校生はしない貴重な経験をさせてもらった。
今回の事件は要するに頭のおかしい生徒がナイフを振り回して多数の負傷者を出したわけだから、まあまあな大事になってしまった。幸いにして死者は一人も出なかったらしいけど。
平和な白倉でこんな事件が起こるとはな。ああいう事件はワイドショーの中だけの事と思ったがまさかうちの学校で起こるとはねぇ。
しばらく校長先生は大変だろうが俺の知った事ではない。休日を貰ったと考えしばらくのんびりしよう。どうせ当分は休校だろうし。
病室の窓から外を眺める。ちょうど日も暮れてきたし寝るか。
「おー、ヒロ! 生きてるみたいだな!」
「ん」
やかましい声が聞こえたので身体を持ち起こしてみるとそこには笑顔のつるぎに、心配そうなうみちゃんと光姫がいたわけだ。
「ああ、うみちゃん、ケガはなかったですか? ついでに光姫も」
「うん、御門君のおかげで無事でした。本当にありがとうございます」
「まあ、感謝してやってもいいケドサ」
先生はぺこりと頭を下げるが、対して光姫はそっぽを向いてぶっきらぼうにそう言った。
「命の恩人なんだからもうちょいマシなリアクションをしろや。これがギャルゲーならフラグが発生してるぞ」
「知らねーヨ」
だがあくまでもツンツンする彼女に、つるぎはニマニマと笑いながら指摘する。
「あれ? さっきものすごく心配そうだったじゃん」
「お前の気のせいダヨ! 大体お前のほうが心配してたダロ! ま、まあ、今度店に来たらニラ玉くらいはサービスしてやってもイイゾ」
「おお、モヤシ炒めからランクアップしたな」
ツンデレキャラを攻略するというのはなかなか楽しいな。真壁家が光姫にデレデレな理由がなんだかわかってきたよ。
でもちょっとうみちゃんは気まずそうだ。俺はつい最近彼女に嫌味を言ったばかりだし。
「にしても元気そうじゃん。あれだけ派手に刺されたのに」
「ああ、一晩経てば大丈夫だって」
「ふーん、意外と大した事なかったんだ。だったらなんか土産に食い物でも持ってくりゃよかったかな。激辛麻婆豆腐とか」
「病室で食うものじゃないな」
俺は苦笑しつつつるぎの顔色をうかがう。明るく振る舞ってはいるが付き合いの長い俺は、彼女は今不安だという事に気が付いてしまう。そりゃまあ筋肉をつけていても彼女は普通の人間だしなあ……。
「まあいいや、こんなものしかないけど。ほれ、打吹公園だんご」
「あ、ども」
打吹公園だんごは白、抹茶、小豆の三色のあんこで包んだ優しい甘さが特徴の地元の銘菓だ。
彼女は煙草の箱二つ分程度の大きさの箱を取り出し俺に手渡した。なんでつるぎもポケットにそんなものを入れていたのかは知らないが小腹も空いたし後で食べておこう。
「んで、先生。学校はどんな感じです? カメラとか」
「ええ、たくさん報道陣が集まっていますよ。しばらくは生徒のみんなの心のケアとかで忙しくなりそうです。でも小西谷君もどうしてあんな事を……」
先生は自分の学校の生徒がこんな事件を起こした事にひどくショックを受けているようだ。むしろ彼女が一番心のケアが必要なのではなかろうか。
「クスリでもキメてたんじゃないんですか。なんか鼻歌歌ってましたし」
「うーん、どうなんでしょう。もしそうだとしても家の事とか、学校の事とか、なにか悩んでそういうのに頼っちゃったのかもしれません」
「まあ深く気にしないほうがいいでしょう。心の中の事なんて誰にもわかりませんし」
俺は当たり障りのない事を言って自分を殺そうとした人間すらも案じる心優しい先生をどうにか慰める。これでは立場が逆だなあ、と思いつつも腹部に痛みを感じ、顔をしかめてしまった。
光姫はそんな俺のわずかな苦悶の表情を見てしまい、
「あんまり長居しても時間の無駄ダヨ。無事なのはわかったしアタシらもとっとと帰るヨ」
と、なんと俺を気遣ってくれたのだ。なんて空気の読めるツンデレだ。
「それもそうだな。じゃ、ヒロ、また今度な」
「お大事に、御門君」
「ええ、先生も」
そして三人が去って俺はようやく病室でゆっくり出来る。ドアが閉まる音を聞いたあと静かになって、ちょっぴり寂しかった。
「ヒロっ!」
と思いきや今度は母さんが血相を変えて病室に飛び込んできたので適当に理由をつけて今日の所は面会を断った。今はただ、休みたくて仕方がなかったのだ。
さてと、今日はとっとと寝るか。最近寝不足だったしさ。
けど……父さんは来なかったな。まあどうでもいっか。