2-16 海野さんのお約束
どうすればいい。どうすればいいんだ。生き残るために何をすればいい……!
「ッ!」
だがそんな中俺が選択肢を選ぶ前にうみちゃんが飛び出してしまった。彼女は木製の椅子を両手で持ち、接近する小西谷目掛けて走り出す!
馬鹿か、殺されるぞッ!
「うみちゃん!」
俺は無意識のうちに近くにあった消火器を手に持って彼女の後を追った。
「小西谷君! どうしてこんな事をするの! まずは話し合いましょう!」
「ぴーひゃら、ぽんぽん、ぴーひゃら、ぽんぽん」
うみちゃんは小西谷の攻撃を椅子で防ぎながら説得する。だが彼はイケないクスリでもキメているかのように目の焦点が定まっておらず笑いながら鼻歌を歌っていた。どう見ても話が通じるようには思えない。
「ッ!」
小西谷は懸命に説得する先生をヤクザキックで蹴り飛ばして転倒させ、ナイフを振り下ろそうとする!
もう何も考えられない。俺は震える手でレバーを引いた!
「させるかッ!」
俺は消火器を噴射し小西谷を煙で粉まみれにする。ダメージは与えられなくても目くらましにはなるし、怯ませる事くらいは出来るだろう。
「御門君!? 逃げて!」
「それはこっちのセリフです! 早く先生も逃げてください! どう考えても話が通じる相手じゃないですよこれ!」
噴射している間に先生は立ち上がり俺と口論を始めてしまう。こんな事している場合じゃない、早く逃げてほしいのに!
「で、でもみんなが!」
「死にますよ!」
だが先生はなおも逃げ出そうとしない。生徒思いなのは立派な事だが命を護るために非情になる事も重要だ。もっともその理屈で行けば俺もアホなんだけどさ。
そうこうしているうちにあっという間に十数秒が経ち粉が出なくなってしまった。これでこの消火器はただの鉄の塊となってしまう。噴射出来なくても鈍器として使う分には悪くないけども。
「ぴーひゃら、ぽんぽん。ぴーひゃら、ぽんぽん……受験なんてクソくらぇだぁ!」
笑いながら何かを喚き散らす小西谷は闇雲にナイフを振り回す。どうやら大量の粉で一時的に視界が奪われてしまったようだ。残念ながらこっちからもよく見えないが。
「海野先生、無事ですか!」
「うみちゃん先生には指一本触れさせないぞ!」
「とっとと逃げるんダネ!」
お、ちょうどいいタイミングでさすまたを装備したゴリマッチョな服部先生と、剣道部の樫井に、T字箒を装備した光姫が現れた。全員腕っぷしが強いしもう退散すべきだろう。
倒せなかったけれど時間稼ぎは出来た。ならあとはとっとと身を護る事を優先しよう。生徒の避難が多少遅れてはいるが非戦闘員の俺たちにこれ以上の成果を求めるのは無茶な話である。
「ここは頃合いを見て退却しましょう。十分仕事はしました」
「わ、わかりました!」
うみちゃんもようやく首を縦に振る。むしろここにいては邪魔にしかならないだろうし。俺達はいつでも援護や逃走が出来るよう間合いを取って小西谷と対峙をした。
「うおおおッ!」
「アイヤー!」
先陣を切って突撃したのは服部先生と光姫だ。特に先生は死亡フラグも破壊出来そうなくらいにゴリラだし問題なく倒せるだろう。
「ふひひ、ひひいひっ!」
「何!?」
しかし小西谷は攻撃をかいくぐり驚く二人を無視してまたしてもうみちゃん先生に向かって来る。だが即座に剣道部の樫井が救援に向かった!
「うみちゃんは俺が護るッ!」
彼は竹刀を装備しておらずステゴロである。しかし別になくても鍛えているから小西谷くらいなら倒せるだろう。もしかしたらこいつにはうみちゃん限定で発動する筋力以外の別の力も宿っているかもしれないし。
「このッ!」
二人は取っ組み合いになり樫井は投げ技を繰り出そうとした。大丈夫っぽいし今のうちに逃げるかな。
――が。
「きゃあッ!?」
一体全体どういうわけか、勢い余った彼は近くにいたうみちゃんを投げ飛ばしてしまった。
彼女の身体は宙を舞いビタン、と激しく地面に叩きつけられる。それはこの場にいる全員が理解出来ない展開で全員が唖然としてしまう。
見事だ、見事なとばっちりだ! それはプロレスのレッドシューズな審判が試合中に投げられる姿を彷彿とさせる!
「バタンキュー」
「ギャー、すみません、先生!」
目を回して気絶するうみちゃんに剣道部の樫井は平謝りだ。シリアスな空気は消滅し途端にサスペンスからコメディに変わってしまう。
「ああ! 剣道部の樫井に海野先生が巻き添えで投げられてしまった!」
「あいつ何しにやって来タ!?」
「ごもっともだ! だが剣道部の樫井なんて名前の奴がいれば海野という人物は投げられるのは仕方がない! それがこの世界の理だ!」
俺は混乱するゴリマッチョと光姫にそう叫ぶが、小西谷はシリアス路線に修正しようとナイフを握りしめた。
「キヒィィイイ!」
「ッ!?」
そして再度、彼はナイフを持って突撃する。しかもそれはノーマークの光姫に対して……!
ここにいるのはバカしかいないから頼れるのは自分だけだ。仕方ない、ガラじゃないけど!
「まずいな、クソッたれ!」
「ッ!」
俺は咄嗟に彼女を庇うように立ちはだかり、直後、腹部に強い熱を感じる。
そして次第にじくじくと猛烈な痛みが。ああもう、なんで俺もこんな事しちまったかな……。
「ヒロッ!」
どこからともなくつるぎの声が聞こえる。そして小西谷は彼女の手により後方に一回転し、芸術のようなドラゴンスープレックスで俺達が苦戦した相手をあっさりと撃破してしまったのだ。
はは、やっぱりお前は本当にすげぇメスゴリラだ……けどなんだか眠くなってきちまったな。
でも、それでもいいか。異世界転生でもしてみのりに会えたりしないかなあ。
そして、俺の意識は闇に落ちてしまう。