2-14 鈴木みのりの都市伝説についての調査
そして俺はその日の晩、ノートパソコンを使って早速みのりの動画にまつわる都市伝説を調べてみる事にした。まずはあの話が彼一人だけの作り話でないかどうかを知るために。
「ふむ」
調べてみるとその膨大な量の情報に驚いてしまう。掲示板にはこの都市伝説に関して議論をするスレッドもあり、俺が思っているよりも結構有名な話だったみたいだ。
『深夜に動画を見ていたら突然画面がバグって映像が流れてさ。もちろんそういうのは細工でどうとでもなるし、本当にパラレルワールドなのかはわからないけど動画は確かに存在するってのは断言する』
『自分も鈴木みのりのファンで、朝からしばらく粘っていたら昼ぐらいに動画を見れました。あの歌声は紛れもなく鈴木みのりのものです』
『私も仕事終わりに偶然見たよ。わけがわからなかったけど自然と涙があふれてさ。あんなに泣いたのは久しぶりだった。あの頃は毎日死にたいと思いながら無理矢理会社に行ってたけど、おかげで今日も生きていられるわけなんだよ。あの動画をきっかけに私の人生は変わったから作り物かどうかなんてどうでもいいね』
その掲示板には多くの体験談が書かれていた。どうやら真贋はさておき動画は確かに存在するらしい。
そしてそれとは別に多くの人間が鈴木みのりを覚えてくれていた事がなによりも嬉しかった。それを知れた事だけでも収穫はあっただろう。
『鈴木みのりもいいけど、俺は一緒に映っていたナビ子って女の子を激推しするぞ。一流のアイドルよりも遥かに美少女だったし』
『わかるわー。全員七十五点くらいのNagoya300とか目じゃなかったぞ』
『死ね』
『あ?』
ちなみにNagoya300というのは国民的アイドルグループの事だ。このあとしばらくファンとアンチの喧嘩が始まったがそこは無視しておこう。
『けど作り物だとすれば相当なレベルだぞ。廃墟の街とかCGで作ったとしても、プロでも無理だぞあんなの。しかも短期間でバンバン挙げているし、金も時間も足りないはず。やっぱり本当にパラレルワールドなのかねぇ』
『現実見ろ。ありえねーよ』
当然の如くサイト内には否定する人間もいる。だがその発言に対しある人間が興味深い事を言った。
『けどそもそも現実ってなんなんだろうね。現実なんて案外簡単に変わるものなんだよ。お前さんがそれを望むだけでね。一度向こう側を見てしまえばすぐにこの世界は妄想みたいなものだってわかるはずさ』
『なにそれkwsk』
『知らないほうがいい。幸せに暮らしたければ興味本位でのぞくべきじゃないよ』
その妙なコメントに食いつく人間はいたが、書き込んだ人間は軽くあしらったのでそれ以上掘り下げられる事はなかった。
深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているとは言うが……得体のしれない世界を垣間見た俺は名状しがたい恐怖を感じてしまう。
この人間は何を見てしまったというのだろうか。これはこれで気になるけど。
まあいい、取りあえず情報を整理してみよう。
・作り物かどうかはさておき動画は存在する。
・動画には、鈴木みのりとナビ子という名の少女が存在する。
・作り物にしては現実的ではなく本物か。
・どの動画サイトでも、どの時間でも見る事が出来る。
・ただし動画を見れるトリガーは不明。
収集した情報はこんなところか。てっきりこういう都市伝説にはありがちな四時四十四分に見るとかそんな条件が指定されていると思っていたがそういうのはないらしい。
さて、ではとっとと調べるとしようか。エナジードリンクに夜食のお菓子も用意しているので夜更かしの準備は万全だ。
取りあえず俺は最大手の動画サイトを開き動画をしらみつぶしに探してみる。だがどう調べたものか。
一応鈴木みのり、と検索をしてみるが当然の如くヒットしたのは彼女が意識不明になる前に出演していた番組やCMばかりだった。
こんなものに構っている暇はないが俺はいつの間にか見ていた。掃除中にアルバムを見つけた時のように俺は当初の目的を忘れてしまったのだ。
動画は公式のものではなく、画質も荒いし違法アップロードされたものなのだろう。だが彼女の声をもう一度聞こえるのなら俺はそれでもよかった。
初期の鈴木みのりは子供らしく無邪気な瞳をしていて、澄み切った天使のような歌声で人々を魅了していた。
だが後期になるにつれ彼女はボーイッシュな見た目に変わり、その表情もぎこちなくなってくる。この頃は芸能活動を続ける事に苦しんでいた時期だっけ。
荒んだ家庭環境や、不自由な生活。それらは幼い心を蝕むには十分だっただろう。
「けど……ねぇな」
冷静になった俺はパラレルワールドの動画を探していた事を思い出し、弱音を吐いてしまった。
調べても、調べても、俺が求めている動画にはたどり着けない。やっぱり噂話に過ぎないのだろうか。
だけど俺は諦めない。
俺はもう一度、彼女が楽しく歌う姿が見たかったんだ。
たとえパラレルワールドにいて話す事も、触れる事も出来なくてもそれだけで十分だから。
だから姿を見せてくれよ……みのり。
俺は亡霊のようにパソコンの画面を見続ける。
どれくらい時間が経ったのだろう。俺の意識はぼんやりとして、世界から切り離されようとしていた。
疲れた。こんな事なら徹夜でゲームするんじゃなかったなあ……。
まあいい、今日がダメなら明日もするだけだ。
だから眠ってもいいよな……もう、限界だからさ……。
……………。
………。
…。
カーテンの隙間からわずかばかりの朝日が差し込み、散らかった部屋を照らす。
「……ん」
その光によって目を覚ました俺は愛用のゲーミングチェアにもたれ、精一杯背伸びをした。
どうやら寝落ちしてしまったようだ。
座ったまま寝たため全身の節々がかすかに痛む。けれどそれとは打って変わって心はどこか晴れやかだったんだ。
「……………」
そして俺は気が付いた。自分がなぜかボロボロと涙を流している事に。
意味もなく無性に悲しく、同時に嬉しかった。
自分でもなぜそのような感情が湧いてしまったのか理解出来ないまま俺はパソコンの電源を落とし、しっかりと休息するためしわしわのベッドに寝転がったのだった。