2-13 一花とクリスとパラレルワールドの記憶
「あれ、つるぎちゃん?」
「ん?」
店先で談笑していると少女の声が聞こえてくる。声のした方向を振り向くと同じ学校に在籍する二人の少女の姿を発見した。
モブっぽい同級生は柴咲一花という人物で、つるぎとはそこそこ仲がいい友人だ。
もう一人の金髪の少女は一年生の天神クリス。母親だかが海外の人で、うちの学校で一二を争う美少女であり天才ピアニスト少女として名をはせている。
「どうも、つるぎ先輩」
「ああ、一花にクリス。二人も買い食い?」
「うん、そんなところ。あ、もふもふ君、私にもたい焼きを」
「まいどありー」
「ちー」
そしてたい焼きを購入した女性陣は談笑を始めた。二人ともつるぎとは仲はいいが、正直俺とはそんなに絡みが無いので俺は少し気まずい気持ちになり、そのやり取りを眺めていた。
……それに特に天神はなあ。
「ねえ、つるぎちゃん、この前の王者決定戦見た?」
「うん、内○をフルボッコにして、やっぱりオ○ダは安定の強さだね」
「なあ、天神よ。俺は女子の話というものを知らないが普通の女子というものはこんな男性ホルモン溢れる血生臭い話をするのか」
「えーと、多分違うと思います」
俺は取りあえず天神に話を振るが彼女は若干おどおどしつつそう答える。俺の苦手意識が向こうに伝わってしまっているのだろうか。
ピアノの技術もさることながら美少女でもありテレビ受けする天神クリスという存在は、鈴木みのりという少女をこの世界に生きる人々の記憶から、厳密に言えば白倉の人々の記憶から抹消してしまった。
つるぎ同様地域のニュースも事あるごとに天神クリスの事を話題にしこれでもかとちやほやしている。それはすべて本来はみのりのものだったはずなのに彼女はそれを奪ってしまったのだ。
もちろんこれは一切彼女に非はない。逆恨みする俺がガキなだけだ。
「あ、ごめんねマルちゃん。学校には筋トレとかプロレスの話が出来る相手がいないから、ついつるぎちゃんと話し込んじゃった」
「ううん、私もなんとなく聞いているだけで楽しいから。でもピーコは本当にそういうのが好きだよね」
置いてけぼりの天神を柴咲は苦笑しながら救援する。だがその会話を聞いてつるぎはふとこんな事を尋ねた。
「そういえばなんでマルちゃん、ピーコってあだ名なの? どこにもそんな要素ないけど」
「うーん、なんでだろうね?」
「いつの間にかこういう呼び方をしてました」
「ふむむ」
だがその答えは当事者にもわからず、謎はさらに深まってしまう。
「そもそも私たちはなんかいつの間にか仲良くなったし、私も馴れ初めとかは覚えてないの」
しかし柴咲がそう言ったあと、天神が、
「もしかしたらパラレルワールド時代から友達だったのかもしれませんね」
と、当たり前のように呟いたので俺は少し驚いて聞き返してしまう。
「ん、パラレルワールド?」
「あ、す、すみません。変な事を言っちゃいましたね」
謎の発言をした事を恥じて天神はうつむいてしまう。だが俺はそのタイムリーな話題を看過する事が出来なかった。
「いや、構わない。ちょうど今パラレルワールドについて調べていてな。もしかしてオカルト雑誌が好きな人間なのか?」
俺がそう尋ねると彼女は少し警戒心を解き、こう告げた。
「え、まあ、というか自分はアニメとかゲームとかが好きで、自分の読んでいる作品にはそういうのが結構あるもので、つい」
「ふーん、少し意外だな」
俺は勝手に天神クリスがそういうものに興味がないものと思っていたがどうやら俺と同類だったようだ。さすがに学校をサボって徹夜でゲームとかはしないだろうけど。
「そもそもパラレルワールドってなに? ちょいちょい聞くけど」
脳筋でそういう知識に疎いつるぎはそんな質問をしたので、クリスは少し気合を入れて答えた。
「例えばですね。あなたは朝食をパンにしようか、米にしようか、そんな分岐があります。そしてその瞬間二つの可能性が生まれるわけです」
「ふむふむ」
「次に学校に真っ直ぐ行こうか、それともコンビニに寄ってから行こうかと、その可能性はどんどん枝分かれするので無数の可能性が存在します。そして可能性の数だけ世界は存在しているという解釈が存在します。それが並行世界……パラレルワールドです」
「ふむふむ」
「並行世界は机上の空論と思われがちですがその存在を証明する現象は多く存在します。とある海外の大統領が死んだとき多くの人がそれよりも昔に獄中死していた記憶があると語ったのは有名な話ですね。似たような話は古今東西たくさんありますが、これはつまり二つの世界が存在していたものが一つの事実により多くの人の意識が集約し世界線が統合されたという事象なわけです」
天神は饒舌に語っていたが、ずっと聞いていたつるぎは肩をすくめてしまう。
「ふむふむ、さっぱりわからん」
「まあ荒唐無稽な話ですからね。話半分に聞いていただければ」
話し終えた彼女は苦笑していたが、柴咲は少し考えこんでからこう告げる。
「でも実際そうなのかもしれないね。私もそんな経験があるし」
「と言うと?」
まさか柴咲が話を広げるとは思わなかったが彼女からも聞き出せる情報は聞いておこう。俺はパラレルワールドについてあまり詳しくないから。
「私ね、夢を見るの。夢の中では世界は滅んじゃって、私はバスに乗って、知らない人と一緒にいろんなところを旅していて……その中にはマルちゃんもいてね。それで目が覚めるといっつも泣いているの。とって悲しくなってさ」
「成程ねぇ……」
その時の柴咲の顔は本当に悲しんでおり冗談を言っているようには思えなかった。そしてそれは天神もまた。
「私も同じような夢を見るんです。夢の中では私には親友と恋人がいて……目が覚めるとほとんど忘れちゃうんです。きっと大切な記憶なのに。変ですよね、夢の話なのに」
「……………」
それはあり得ない話だ。ただの夢に過ぎない。だがとても笑い飛ばせる空気ではなく、場にしんみりとした空気が流れてしまう。
「これでもたべてげんきだしてー」
「え?」
だがもふもふ君は悲しむ二人の気持ちを汲み二つのもふもふ焼きが入ったパックを手渡す。柴咲はそれを受け取りほんのりと笑みを浮かべた。
「ありがとね、もふもふ君」
「うん、ありがとう」
「どもー。けどパラレルワールドかー」
「まさかもふもふ君にもネタがあるのか?」
彼はその問いかけにうん、と頷いた、
「ぼくはそもそもじぶんがなにものなのかわからないんだ。きがついたらこのせかいにいて。でも、うっすらとだけど、ぼくはしらないまちでまちのひとといっしょにくらしていて、そこはきれいなかわがながれていて、たべものがおいしくて、なんだかとてもたのしかったきおくはあるよ」
「ちー」
「寂しいのか」
だが彼はううん、と首を振った。
「ぼくにはわかんないや。けど、まいにちおいしいごはんがたべられてしあわせだから、むずかしいことはどうでもいいや」
「ちー」
「そっか」
こんなのほほんとした顔をしていてもそれなりに事情はあるようだ。けど本人が幸せならあれこれ言うべきではないだろう。
情報収集はこれくらいか。なかなか有意義な話が出来たしここらへんでお暇するか。
「まあいいや。俺は調べ物があるからもう帰るぞ」
「うん、じゃーな」
「またね、御門君」
「はい、先輩」
といってもそれは半分建前の理由だった。これ以上友人との歓談に部外者が混ざるべきではないし、なにより少し居心地が悪かったからな。