1-2 梨の歴史館に眠る機械の少女
僕は当てもなく歩き続ける。ほぼ、無意識で。
そして僕は導かれるように、その場所へとたどり着いた。
そこは市内の主要な観光施設の一つである、梨の歴史館だった。梨の歴史を紹介するというよくわからない施設だけれど、梨を特産品として推している鳥取にとってなくてはならない施設だ。強敵である千葉県に対抗するためにもね。
どうしてここに来たのかわからない。だけど僕はいつの間にか壊れた入り口から室内に入った。
天井は崩落し、太陽の光が差し込み、円形の室内の中央にある梨の巨木を照らす。視線をおろした先には草花で包まれた謎の巨大な球体があり、蜜を求める蝶が群がっていた。
「っ」
その時僕は言葉を失った。
なぜなら樹の根元で一人の少女が丸まって穏やかな寝息を立てていたのだから。その姿は人形のように美しくて可憐であり、その髪の毛も、唇も、指先も、なにもかもが芸術作品のようで僕は思わず見とれてしまったんだ。
「人間……!?」
僕はまずその美しさに驚き、そして人間がいた事にも驚いた。
「……………?」
人の存在に気が付きその少女はゆっくりと目を開ける。そしてむくりと身体を持ち起こし、寝ぼけながらもにっこりと微笑んだ。
「ただいま、デス」
「え」
僕はわけがわからなかった。けれど取りあえず、
「おかえりなさい……?」
戸惑いつつも、そう彼女に告げたのだった。
けれど夢を見ていると思った彼女は安らかな顔のまままぶたを閉じて、また眠りに落ちてしまった。
「って、ちょっとちょっと!」
このチャンスを逃すわけにはいかない。僕は少女に駆け寄り必死でその身体を揺さぶってどうにかもう一度起こす。
「むにゃむにゃ、あと五分……」
「そんなテンプレなセリフを言わないで!」
「むにゃむにゃ、もう少しでお腹いっぱいになるのでまだ寝させてください。まだカレーを食べていません……食べ放題最高デス……」
「夢の中でも腹八分目を心がけようか! カレーなんてどこでも食べれるからせめてお肉を食べよう!」
「むにゃむにゃ、グゴゴゴゴ……誰だ? 我が眠りを妨げるものは……」
「どこの裏ボスの魔王なの!? 十ターン以内に倒すと仲間になるのかな!?」
「むにゃ?」
大喜利のような寝言に食らいつき何度も叫ぶと女の子の意識は次第にはっきりしてきて、僕の姿を見て目をぱちくりとさせる。
「にゃー!?」
「わー!?」
大声を出した彼女はやはり驚いた僕と同時に後方へと吹き飛んでしまう。蝶は慌てて逃げ出し、周囲が静寂に包まれた。
これは未知との遭遇だ。あまりに驚愕したためお互い言葉を失い、何を言えばいいのか必死で考えていた。
「あ、あの」
「はひ!」
女の子が先に何かを言おうとしたので僕は思わず立ち上がり、背をピシッと伸ばし直立不動の姿勢になった。
それを見た女の子も思わず苦笑いをして、同じように起立する。
「すみません、驚かせてしまって。何分人間さんと会うのは久しぶりなので」
「う、うん。こっちもなんかごめん、変な声を出して」
女の子の声は少し甲高く優しそうな声だった。僕は警戒心を解き、まずは何をすべきか思考を巡らせた。
もっとも考えるよりも先に途方もない安心感が勝って涙目になってしまう。人間の声が聞こえるだけでこんなに幸せな気持ちになれるなんて。