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2-10 スイーツメスゴリラ

 大盛りの天津飯を半分くらい減らしたところで、厨房から現れた真壁父はさらに追加で料理を運んでくる。


「これも食え、サービスだ」

「お?」


 低い声だが不機嫌なわけではない。そもそもサービスっつっても最初からロハだけどさ。


「ああ、もしかしてオヤジが開発してた新メニュー?」

「おう」


 色黒、そして寡黙で屈強な真壁父はかなりの強面で町を歩けば大抵の人が距離を置いてしまう。けれどスイーツをこよなく愛するとても良い人だ。


 ちなみにこの店の一番人気はこのいかついオッサンが生み出す創作スイーツであり、はるばる県外から食べに来る人もいるとか。


「和洋中パフェだ。感想を頼む」

「なかなかのボリュームですね。中華って感じはしませんが」


 そのパフェはあずきと抹茶アイス、杏仁豆腐とゴマ団子、生クリームにプリンといったものを使った見た目も鮮やかでなかなか贅沢な逸品だった。とてもこのヤクザのようなオッサンが作ったものとは思えない。


「ただ満腹状態では少々きついものがあるのがネックですが」

「いいじゃん、スイーツは別腹だって! うーん、美味しいよ~!」


 底なしの胃袋を持つつるぎは幸せそうにパフェをガツガツと食べ始める。彼女は親父さん同様スイーツが大好物でいつも新メニューを楽しみにしているのだ。


「本当にお前はスイーツが好きだな」

「うん! まあキャラや食事制限があるからこそこそ食べてるけど。コーチとかがうるさいからねー」


 その罪悪感という至高の調味料を用いたパフェを彼女はバクバクと平らげていく。普段ストイックに生活している分その反動がガッツリ来ているらしい。


「ジャンクな飯ばかりの俺には縁遠い話だな。けど食事制限はともかくキャラねぇ。確かにお前は叫びながら生肉を手づかみで食っているイメージがあるからなあ」

「すごいイメージだな!? そんな人間見た事あるかお前!?」


 わいわいと談笑しながら俺は無理のないスピードでのんびりパフェを食べ続ける。その話を聞いていたおじさんはほう、と何かを考えた。


「生肉を使ったスイーツか。ありかもしれない。アメリカにはチョコとベーコンを合わせたスイーツもあるらしいからな」

「あんた、それはやめておきな」

「何故そう思い至っタ? 砂糖の摂り過ぎで頭イカレタカ?」


 彼はおばさんと光姫に思いとどまるように説得されていたが、ふと俺は疎外感を感じてしまった。


 苦しいのは胃袋だけではない。


 ここは楽しすぎる。ここは真壁家の食卓であり部外者の俺がいていい場所ではないのだ。


「レスリングで有名になったせいでスイーツが自由に食べれなくなったのが一番辛いよ。食事もトレーニングのうちなのはわかるけど、ブロッコリーを食べてささみを食べて、プロテインを飲んでさー。いい加減飽きてくるよ」

「アスリートでも食える低カロリーなスイーツもあるらしいぞ。どこぞの柔道家が作ったらしい。ネットとかで取り寄せも出来るそうだ」

「ああー、あれか。前から食べてみたいと思ってたんだよね。こんどポチろうかな?」


 つるぎととりとめのない話をしながら腹の中に無理やり料理を詰め込む。もしかしたら吐くかもしれないけれど。


 とっとと飯を食って家に帰ろうか。温かな食事も、賑やかな団らんの声もない我が家に。


 俺は適当に話をしながら味のしなくなった料理をかきこむ。どんな会話をしたかなんてほとんど覚えていなかった。



「ごちそうさん。それじゃあ、今日もお世話になりました」

「おーう。また明日な」


 俺が店の外に出るとつるぎはいつものように明るい笑顔で見送ってくれる。俺の心の中の澱みなんて彼女にはわからないだろう。


 この店で食べる料理は美味しいのだけど、最近は行きにくくなってしまった。


 光が強ければ影も濃くなってしまう。俺みたいな人間にはここは幸せ過ぎるから。


「ああ、そうそう。ところでヒロ君はいつうちの娘を貰ってくれるんだい?」

「ちょ!?」

「ッ!?」


 しかしそんな俺の気持ちなんて知らずおばさんはニヤニヤしながらそんな事を言った。多分いつもの冗談なんだろうけどつるぎと、ついでに光姫はひどく動揺してしまう。


「か、母ちゃん、とっとと仕事に戻って! これから忙しくなるから!」

「うぉいコラ、この腐れモヤシ、真に受けるんじゃねぇぞタココラ」

「さすがにメスゴリラは範囲外だ」


 光姫は凄んで俺の胸倉を掴みドスのきいた声でそう警告したので、俺は笑いながら回答した。


「アアン? つるぎが可愛くないって言うのかボケ!」

「どっちにしろこうなるのか。キレてんのか、光姫?」

「キレてねぇヨ! あと馴れ馴れしく名前で呼ぶなゲスチンッ!」


 大好きなつるぎのために噛みつく光姫はまるでキャンキャン吠える子犬のように愛らしく、俺は思わず微笑んでしまった。


「ええ、でも実際うちの娘は筋骨隆々のメスゴリラだから嫁の貰い手が現れないか心配でね。身体だけは丈夫で元気な子を産むとは思うから、どう?」

「オカン! 発言! 時代を考える! あと一応娘だからメスゴリラって呼ばないで!」

「ナ!? こんな短小包茎の粗チン野郎に子供が作れるかヨ!」

「光姫、お前もコンプラを考えろよ」


 彼女たちがいる店の明かりは暗い道路に立つ俺をぼんやりと照らす。公衆の面前なのに本当に品がなくて賑やかだ。


「でも実際稼ぐのはうちの子に任せてヒロ君はマネージャーや主夫に専念したりするのはどうかしら。悪い話じゃないわよ」

「ふーん、まあ考えておきます」


 俺は社交辞令でそう言葉を濁し立ち去るタイミングをうかがっていた。うん、そろそろだな。


「それじゃあまたいつでも来てね、ヒロ君!」

「はい、んじゃ」


 そして俺は光に溢れる温かな真壁家から、夜の町に消えていく。


 田舎の夜は早い。俺は自転車をカラカラと押して、生活の音が聞こえなくなった暗闇へと溶けていった。

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