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2-6 御門家の家庭事情

 自宅に帰った俺は今日はどんなゲームをすべきか、ただそれだけを考えていた。


 雑草がまばらに生えた庭が自慢の薄汚れた民家。これが御門家の邸宅だ。名前負けも甚だしいと言えるだろう。


 玄関に入ってすぐ見慣れたボロボロのスニーカーがある事に気が付いた。どうやら父さんが部屋にいるようだ。逆に母さんは外出しているが買い物に行ったのかな。


 いや、そりゃ自宅なのだから父親がいるのは当たり前だ。俺は父さんと遭遇しないように自分の部屋に向かい荷物を置く事にする。


「……………」


 しかしそれは無理な話だった。


 俺は居間にいる父さんとわずかに目が合ってしまう。けれど空気のようにいないものと認識し俺は無視を決め込んだ。


 いつものようにヘッドホンをつけて外界の情報を遮断してゲームの世界に入ればいい。本当はラノベの中みたいにフルダイブで行ってみたいんだが。


 何も考えずに、作業をするように、俺はトロフィーを回収するついでに世界を救うための冒険に出る。


 俺は周回プレイをした結果、国を滅ぼしたボスキャラでもノーダメージで撃破出来るようになった。


 だが転生か。出来れば片道切符ならなお良しだ。ついでにチートガン積みでハーレムとかならなんの文句もない。この世界には何の未練もないからな。


 ――本当に?


 ふと、俺の脳裏にみのりやつるぎと一緒に楽しく過ごしたあの頃の光景が浮かんだ。


 けれど今はもう遠い日々の記憶だ。あの楽しかった時間は二度と訪れない。


 プルルルル。


「……………」


 無機質な電話のコール音が俺を現実に引き戻す。俺のスマホではなく自宅の固定電話だ。


 手帳持ちでまともに対応出来ない父さんを電話に出すわけにはいかない。俺はしぶしぶ一旦ゲームを中断し受話器をとった。


「はい」

『ああ、善弘か。利枝としえさんはおらんのか?』

「今出てる」


 俺は最小限の会話だけをしてすぐにでも電話を切れるようにした。声の主は島根の神在(かみあり)に住む俺のばあちゃんで、父さんの母親でもある。つまり母さんからすれば姑だな。


『まあええわ、善弘でも。お前に関する話でもあるけぇ』

「俺の?」

『ああ、塾の手続きをしてやろうと思っての。金を払っていい大学に行ければそれに越した事はないじゃろ』

「……………」


 これが顔の見えない電話で良かった。俺が今している顔を性悪ババアに見せてしまえば空気が悪くなるだろうから。


 祖母が大学に行くために金を出してくれる。それは一般的には素晴らしい話のようにも思えるが、俺には到底感謝の念を抱く事が出来なかった。


「ああ、そういう話はまた今度」


 なぜならこのババアどもの本当の考えを知っているから。俺は日本人の美徳であるやんわりとした断り方をしたが、そんなのは通じず本心を見抜いた彼女はあからさまに不機嫌そうになってしまう。


『怠け者のさとしはろくに稼ぎもなあからこっちが出してやる言うとるんじゃ。なんの文句があるんじゃ。あいつの代わりにお前に養ってもらわんと困るからのう』

「……………」


 俺は心の中で全力で舌打ちをした。俺が成人する前に早く死ねばいいのにと思いながら。


『とにかく、利枝さんにもあんまり聡を甘やかすなと伝えてくれんかの』


 じいちゃんとばあちゃんは父さんの事に関して全く理解しようとしていない。激動の昭和を生きてきた二人にとっては心の病なんて些細な問題なのだろう。


「わかった、わかった、じゃあ切るよ」

『まだ話は終わっとらん』


 俺は強引に切ろうとするがババアはなおも説教を続ける。コードを引きちぎりたい欲求にかられながらも俺は我慢を続けた。


 だがその時玄関のドアが開く音がする。母さんが帰宅したらしい。


「あらヒロ、帰って来たの」


 どこか疲れたような母さんは受話器を持った俺を見てなんとなく事情を察した。社会の底辺にいるうちに電話をかけてくる人間なんて何かの勧誘か強欲ジジババしかいないのだ。


「あと頼む。ばあちゃんから」

「ええ」


 俺は諦めた表情の母さんに受話器を押し付ける。親不孝かもしれないが、これ以上聞くと脳の中にある何かが爆発しそうだったから。


 だけど部屋に戻ろうとしたところ、居間にいた父さんが所在なさげに立ち尽くしている姿を発見してしまう。どうやら様子をうかがっていたらしい。


 幽霊のような彼からは負の感情しか感じられない。この男にはアニメや漫画によくいる力強く頼もしい父親のイメージなんて微塵も存在しなかった。


「……ごめんね……僕のせいで……」

「チッ」


 情けなく謝罪した父親に俺は舌打ちで返す。病気だという事はわかっていても、自分の家族となるとどうしてここまで殺したくなるのだろう。


 理不尽に逆ギレしてもいいから、自分がクズだと受け入れる事無く少しは人間としての意地を見せてほしかった。こんなんだから親戚中から馬鹿にされるんだ。


「あ、はい、お義母さん。いえ、それは助かるんですけど……」


 母親も母親で本心を隠し、クソババアに媚を売って電話の前でへこへこと頭を下げ嫁としての立場を全うしている。


 ……もう、これ以上家にいたくなかった。俺は家族になにも告げず家を飛び出したのだった。

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