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2-5 病室で眠り続ける幼馴染の少女

 俺はその日の放課後も紙コップのコーヒー片手にみのりの病室にいた。彼女は相変わらず眠り続け、俺に返事をする事はない。


「今日もつるぎは取材を受けていたよ。あいつも今じゃいっちょ前に鳥取のスターだな。お前ほどじゃないけど」


 みのりは子役や音楽活動をしていた芸能人だった。バラエティ、ドラマ、歌番組、CМなどなど、全盛期はテレビで見ない日はなかったほどその知名度は絶大であり、鳥取の誇る大スターだった。


 そう、大スター『だった』。


「あいつもお前みたいに使い捨てられないといいけどさ。メジャーどころのサッカーや野球とかはともかく、アスリートなんてオリンピックの時くらいしか注目されないからなあ」


 俺はそんな不安な胸の内を吐露する。俺の数少ない心を許せる人間が悪意にまみれた人間たちにより壊れてしまわないか、それがここ最近ずっと不安だったんだ。


 だけどみのりは当然何も言わずに眠り続けるだけだ。そんな事わかっていたはずなのに。無駄だとわかっていても愚痴らずにはいられなかった。


「あの時は……護れなくて、ごめんな」


 それは何度したのかわからない懺悔。さすがにもう涙を流す事はないけれど。



 俺がみのりと出会ったのは小学生の頃だった。当時の俺は主に父親を原因とするよろしくない家庭環境のせいで結構荒れており、周囲からは問題児として認識されていた。


 すぐにキレて暴力を振るい、物を壊し、喧嘩で椅子を振り回し……そして親父の評判もあってあの子とは遊んじゃいけません、なんて言われたものだ。


「やーい、オトコオンナー!」

「なんで男の格好してるんだよー!」

「……………」


 そんな時俺は前方に同世代であろう少年に絡んでいる二人組のクソガキを発見する。少年はうつむきながら頑張って無視をしようとしていた。


「いい感じに殴りやすそうだな」

「え? ごがはッ!?」


 俺からすればちょうどいいターゲットを見つけたという感覚だったが、いつものようにそのクソガキ連中をシバいたわけだ。


 喧嘩のコツは顔を殴る事だ。血が出れば大体の奴は戦意喪失するからな。鼻が潰れるいい感触がして、クソガキの顔面は血まみれになった。


「うわーん! 叩いたー!」

「うばあああん!」


 ほい秒殺。クソガキどもはすぐに逃げ出してしまう。また周囲からなんか言われるだろうがいつもの事だ。


 それに大抵の人間は殴れば言う事を聞く。早めに暴力の痛みを知っておけば悪い事をしなくなるのだ。


「うむ、またつまらぬ奴を殴ってしまった」


 俺はいい事をした気分になりどこかに行こうとした。けれど、その時絡まれていた少年と目が合ってしまう。


「あ、あの、あ、ありがとう……」

「ん? ああ……助けたつもりはないけど」


 少年は俺に対して安心しきった穏やかな眼差しを向けていた。俺はその事が理解出来ず少なからず困惑してしまったんだ。


 俺はずっと孤独だったから。こんな気持ちを与えられるのは初めてだったんだ。


 だけど俺はその少年の顔を見てある事に気が付いた。


 髪も短く、黒っぽい男物の服を着ているがその少年はよく見れば男ではない。彼女の見た目からは男性のものとは違う柔らかさと繊細さが感じられる。


「そういやオトコオンナって言ってたけど、ああ、お前女だったのか」

「う、うん、一応」


 そう指摘をすると少女は恥ずかしそうな顔になる。だけど無知な俺は不思議に思いこんな質問をしてしまう。


「けど、なんでそんな格好してるんだ?」

「僕もやりたくてやってるわけじゃなくて……そういう路線だから。お母さんにそう言われて……」

「路線? なんだそれ」


 俺には彼女が言っている意味が全く理解出来なかった。やりたくもないのにどうして男の格好をしているのかが。


「ええと、僕、タレントの鈴木みのりなんだけど、もしかして知らない?」

「いや全然」


 俺がそう斬り捨てると彼女は少し驚くも、逆に嬉しそうな顔になってしまった。


 今ならわかる。彼女は作られた自分の虚像を知らずにありのままの自分を見てくれた俺と出会えて嬉しかったんだ。


「んで、結局お前のお母さんはなんでそんな事をしてるんだ?」

「ええと、キャラを作ったほうが売れるから……うん」

「ふーん」


 おどおどとそう言ったみのりに、俺は少し考えてからこう告げる。


「よくわからないけどお前もバカな親に苦労してるんだなあ。よし、友達になるか」


 もしかすれば。俺は彼女とならば本当の友達になれるかもしれない。そう考えて思い切ってその言葉を言ったんだ。


「……うんっ!」


 みのりはその言葉に花が咲いたような明るい顔になった。そして俺の心の中に得体のしれない感情が発生してしまう。


 ふわふわしたような、むずかゆいような、だけど心地よいなにか。


 俺はそのよくわからない名もなき感情に惑わされ、本当の事に気付かなかったんだ。


 俺と同じように孤独だったみのりは、俺と同じくらい愛に依存し、そして弱かったという事に。



 ほい、回想から病室のシーンに戻ります。


「あれから俺達は三人で毎日のように遊んだなあ。あの頃はつるぎもおしとやかだったっけ」


 すっかり冷えてしまった紙カップのコーヒーを下水に流し込むように飲みながら、ふう、と俺はため息をついた。


 だけどもうみのりは笑う事はない。希望に満ちた歌を歌う事も出来やしない。


 あれから長い時間が経ったのにここだけ時間が止まってしまっている。それは彼女だけでなく俺もまたそうなのだろう。


 光の当たる場所を歩いているつるぎは別だけどさ。あいつは前を歩いているのに俺達はずっと……。


 俺は卒業後どうするのだろうか。そもそも卒業出来るのだろうか。働いて忙しくなれば、あるいは町を離れれば彼女とはもう会えなくなるのだろうか。


 もう考える事も面倒くさい。しんどくなるだけだし。


「じゃあな」


 あまり愚痴り過ぎてみのりを悲しませてもいけない。次はもうちょっと楽しい話をしないとな。

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