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1-1 終末の世界に迷い込んだ少女

 ――鈴木すずきみのりの視点から――


 親友の泣き叫ぶ声が聞こえる。頭が割れるように痛かったけど子供の僕には何も出来なかった。


 ああ、僕は死ぬのか――。


 意外とそこまでの恐怖はない。なぜなら僕はそんなにこの世界の事が好きじゃなかったから。


 ぴーひゃら、ぽんぽん。


 ぴーひゃら、ぽんぽん。


 これは何の音だろう。ああ、笛と鼓かな。でもなんでこんな音が聞こえるのかな。


 そのどこか歪な音色は催眠術にかけるかのように、僕の魂を汚し奪いつくしてしまう。


 僕はどうなるのかな。まあどうでもいっか。


 そう、僕は生きる事になんの執着もないんだよ。


 だから、ヒロ。泣かなくてもいいんだ。


 僕の唯一の心残りは彼の事だった。せめて手を伸ばしてその涙をぬぐう事が出来ればいいんだけど。


 そして、僕の魂はこの世界から切り離された。



 僕はこの世界が理不尽であると知ってしまった。数日前、身をもってはっきりと。


 何も考えずに、正確には何も考える事が出来ずに僕は廃墟の町をさまよい歩く。


「はあ、はあ、はあ……」


 極度の飢餓状態と喉の渇きがなけなしの生命力を奪っていく。足を動かし続けた結果、関節や筋肉が悲鳴を上げ今にも壊れようとしていた。


 ローグライク系のゲームでは空腹になると体力が減っていくけどあれはこんな感じなんだろうな。武器やお金なんていらないからパンが欲しい。なんなら食べられる草でも構わない。


 あの瞬間まで小学生の僕はこんな過酷な日々とは無縁な世界で生きてきた。そりゃ嫌な事はあったけれど、平和な日本で健康で文化的な最低限度の生活は送れたから幸せな部類には入るのだろう。


 なのに、どうして僕はこんなところにいるのだろうか。


 鳥取県中部の地方都市、白倉しらくら市。そこが僕が住んでいた町だ。


 人口は五万人にも満たない田舎で趣のある漆喰と赤瓦で作られた白壁土蔵群が有名だけど、僕は今いる場所がそこだと理解するのにかなりの時間がかかってしまった。


 なぜなら僕が毎日を過ごしていた白倉の町はまるで何百年も時が経ってしまったかのように風化し、建物が崩れ、植物によって浸食されていたのだから。


 生命力にあふれた雑草はアスファルトを破壊し、ビルを貫くように樹木が生えて、緑と様々な野生動物が町を支配していた。


 ここは白倉であって白倉ではない。この世界で目覚めた僕はそう結論付けた。


 ではここはどこなのか。前後に起こった出来事を考えると多分死後の世界なのかな。それとも流行りの異世界転生なのかな。異世界じゃないけど。


 取りあえずする事もないから適当に周囲を散策していたわけだけど……さすがに飲まず食わずで動き回るのも三日程度が限界だった。


 川の水は昔飲んで散々な目に遭ったからまだ口をつけていない。水分補給するために不衛生な水を飲んで下痢や嘔吐をして脱水症状になってしまっては本末転倒だし。だからまだ我慢しよう。


 町中を歩いたけど僕は一度も人と遭遇していない。タヌキやウサギならそこら辺にいるけどさ。


「っ」


 前方にのそのそと動く巨大な黒い塊を発見し、僕は慌てて建物の陰に隠れる。


 それは日本において生態系の頂点に立つ野生動物、クマだ。僕は冷静に対処し息をひそめて身を隠した。


 幸いクマは僕に気付かず、あるいは気にも留めていなかったのかのそのそと散策を続けどこかに去って行った。だけど少しでも気まぐれを起こしたらその時僕はきっと……。


 ずっとこんな感じで生きた心地がしなかった。僕は誰もいない廃墟の町で誰にも看取られず野垂れ死ぬだろうか。あるいは野生動物に襲われ捕食されるという悍ましい死に方をするのだろうか。


 ……そんなのは嫌だ。でもこれは僕が望んだとおりの事だった。


 僕は元々の世界でも、この世界でも独りぼっちだった。人と関わり合い、傷つき、疲れ果てて、ずっとどこかに逃げ出したいと、消えたいと思っていたんだ。


 その願いは今まさに叶っている。ならこのまま死んでもいいんじゃないか。


(馬鹿馬鹿しい)


 ずっと人間の声を聴かなかったからいい加減精神が狂ってきたようだ。僕は最後の力を振り絞りまだ散策していないエリアへと向かった。

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