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6-35 旅の終わりに、大好きな君へ贈る詩

 ――鈴木みのりの視点から――


 控室のテントに置かれた姿見を見て、僕は恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。


「うぅー。やっぱり……その、これは」

「ふふ、とっても似合ってますよ」


 着替えを手伝ってくれたクリスちゃんはとても優しい目でそうフォローをしてくれる。でもちんちくりんなのは疑いようのない事実だ。


「おーう、着替え終わったか」

「あ、ひ、ヒロ! ぶふー」


 ステージ衣装に着替えたヒロは売れないヴィジュアル系のバンドマンみたいだ。僕はそれを見て思わず吹き出してしまう。


「なんじゃいオラァ」

「いや、うん、絶望的に似合わないね」

「自覚はあるけどな。けどそっちは似合ってるじゃねぇか」

「え、うん」


 ヒロが放った不意打ちの褒め言葉はなかなか強力で僕は思わず両手で体を隠してしまう。ミニスカプラス肩を出している程度でそこまで露出度はないけれど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。


 復帰ステージの衣装は赤と黒をベースにしたゴスロリパンク風の衣装だ。小さなシルクハットも被り、制作者の趣味がギンギンに出ている。


「ナビ子ちゃんが作ってくれたものじゃなかったら断固NGを出していたけどね。キャラじゃないし」

「まあまあ、いいじゃねえか」


 続いてつるぎちゃん、光姫ちゃん、うみちゃんもぞろぞろと現れる。皆も僕たち同様に衣装に着替えていたけど全体的にゴシック路線なのは気のせいかな。


 大体わかると思うけど僕らはライブをする事にしたんだ。ちなみに僕がギター兼ボーカル、ヒロがドラム、つるぎちゃんがベース、うみちゃんがキーボード、光姫ちゃんがリードギターだ。


 僕は大抵の楽器は出来るけれど皆は素人同然で、この日のために一生懸命練習してくれた。


 ちなみに指導はクリスちゃんも手伝ってくれたよ。それ以外の人、ピーコちゃんとかも美味しい差し入れをたくさんしてくれたなあ。


「ハハ、みのり、緊張してションベン漏らすなヨ」

「漏らさないよ!」


 光姫ちゃんの品のないいじりに僕は抗議したけどおかげで緊張がほぐれた。これを狙ってやれるのならすごいけどね。


「先生はどうですかー?」

「あーはいはい似合ってます」

「もう! ちゃんと褒めてください! 痛々しくないですよね!?」

「……………」

「その沈黙は何ゆえ!?」


 うみちゃんは連帯感のある教え子に泣きそうになるけれどそんなに痛くはないとは思う。まあ、その、あと数年経ったら厳しいけどさ。アラサーのゴシックはね、うん。


「ふふ、楽しそうね」

「あ」


 遅れて僕のお母さん、それにお父さんもやってくる。お母さんは僕を上から下までまじまじと見つめてきたのでかなり怯んでしまった。


「こんなに楽しそうなみのりを見るのは久しぶりだね。やっぱり戻って来てよかったよ」

「とてもよく似合っているわ、みのり。それになにより楽しそうね」

「……うん。友達が作ってくれた衣装だからね」


 僕はぎこちない笑みをお母さんたちに返す。お母さんが、鈴木みのりらしからぬこの姿を受け入れてくれた事が僕は何よりも嬉しかった。


 お父さんはお母さんと離婚して白倉を離れていたけれど、実はちょいちょい見舞いに来てくれていたようだ。それだけじゃなく入院費用とかも工面してくれたらしい。


 二人は一日たりとも僕の事を忘れていなかった。また仲直りして再婚、とはならなかったとしても、こうして僕のライブを見に来てくれただけで十分だ。僕にとってはこの二人も歌をプレゼントしたい大切な人でもある。


「私は何も言わないわ。しっかり音楽を楽しんできてね」

「こっちも楽しみにしてるぞ」

「うん、頑張ってくるよ!」


 僕が二人にそう告げると、皆もどこか嬉しそうな表情になった。


 世界はかくも優しさと喜びに満ちあふれている。僕はそれを見ようとしなかったんだ。


 結局僕は何も恐れる必要なんてなかったんだ。鈴木みのりを束縛するものはもう何もない。後は空を翔ける鳥の様に自由に歌うだけだ。


 人生はほんの少しの勇気で案外簡単にやり直せるものだったんだ。殻に閉じこもっていた昔の僕はそれがわからなかっただけだったんだ。


 全力で馬鹿だらずになって楽しもう。リテイクした、この人生を!



 そして僕らの出番がようやく訪れた。それなりに場数を踏んできた僕だけど今更ながら緊張してしまう。僕は舞台袖で気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。


「ひっひっふー、ひっひっふー」

「みのり、どうしてラマーズ法で呼吸をしているんだ?」

「いや察してよ」


 ヒロはわかっていながらそんなふうにからかってくる。だけどそのあとにつるぎちゃんが笑いながらこう言った。


「気楽に行こうぜ。もしかしたら向こうでナビ子も見ているかもしんねぇし」

「うん、そうだね」


 そうだ、僕には楽しむだけじゃなくその目的もある。きっとナビ子ちゃんは僕の事を心配しているだろうから、安心させるために幸せな姿を見せつけるんだ。


 生まれ変わった、鈴木みのりを見せるために。


「それじゃあここは円陣でも組みますか?」

「やってみるカ!」


 うみちゃんはふふ、と笑ってそんな提案をすると光姫ちゃんがすぐに同意する。僕らも目配せして五つの手を一カ所にまとめた。


 号令は――僭越ながら僕が。このステージは皆が僕のために用意してくれたのだから僕が一番張り切らないといけないだろう。


「うん、それじゃあ、行こうか!」

「「応ッ!」」


 そして僕らは一斉にステージに駆け出す。冬が明け、温かな陽だまりに照らされた、ただただ芽吹きの喜びに満ちあふれた桜が舞う春の舞台へと。


 見ててね、ナビ子ちゃん。


 僕はもう、こんなに幸せなんだよ。


「聞いてください……Song for Best friend!」


 万感の想いを込めて、僕は君にこの歌を捧げよう!



 ――ナビ子の視点から――


 全ての役目を終えたワタシは梨の歴史館の樹の下に眠り、静かに朽ち果てるのを待っていました。


 ワタシはもう動く事も出来ません。食べる事も、何も。


 ヤマタノオロチとの戦いで受けたダメージは自力では修復不可能なほど深刻なものでした。あの時はどうにか気合で乗り切りましたが、さすがにもう無理みたいデスね。


 でも構いません。ワタシは十分この世界を楽しみましたから。


 けれどその時思考回路にノイズが走ります。少し気になったワタシはそこにアクセスをしました。


 そして、頭の中に映像が流れ込んできます。


 気が付けばワタシは満開の桜の花びらが舞う、どこかのステージの前に立っていました。


(みのりさんっ!)


 そこではワタシの大切な親友が、ワタシの作った衣装で歌を歌っていました。とても、とても楽しそうに。



 ――灰色の世界に冷たい風が吹いた


 ――この世界はどうしてこんなにも生きづらいんだろう


 ――世界中のすべてが敵になった気がした



 ――暗闇の中もがき


 ――死を願い苦しみさ迷い


 ――全てに絶望したその時


 ――君が微笑みかけてくれたんだ



 ――一緒に遊んで


 ――一緒に旅をして


 ――一緒に悲しんで


 ――一緒に笑いあって


 ――僕は君に救われたんだ



 ――この世界はどうしようもなく残酷だけど


 ――それでも僕は声を張り歌おう


 ――世界が滅んでもこの想いは消せやしない



 ――そして僕らはその日を待ち続ける


 ――君にまた会うため


 ――何年も何十年も何百年も


 ――僕らは何度だって巡り合って友達になるんだ


 ――そしてまた会う日が来たのなら


 ――この歌を贈るよ



(みのりさん……)


 ワタシにはわかります。これはワタシとの旅を歌ったものなのだと。みのりさんはあの歌を完成させる事が出来たみたいデス。


 なんて心のこもったプレゼントなのでしょう。死の間際に見る夢ならばあまりにも幸せ過ぎます。


(ふふ、似合ってますよ……)


 それにちゃんとワタシの作った衣装も着ています。それはアイドルみたいに愛らしくて、やはりワタシの目に狂いはなかったようデス。


 とても生き生きとしてみのりさんはこの大舞台を楽しんでいました。やっぱり楽しみながら歌っている姿が一番素敵デスよ。



 ――モノクロの世界は鮮やかに色づいた


 ――この世界で自由に生きるのも案外悪くない


 ――星空はこんなにも美しかったんだね



 ――だけどもう行かなくちゃ


 ――この夢は優しすぎるから


 ――もう夢から覚める日がきたんだ


 ――だからもうサヨナラをしないとね



 ――君の勇気を


 ――君の優しさを


 ――君の温もりを


 ――君の気高さを


 ――僕は永遠(とわ)に忘れやしない



 ――この世界はどうしようもなく美しかった


 ――世界が僕を拒絶したんじゃない


 ――世界を拒んでいたのは本当は僕だった



 ――そして僕らは別々の道を行く


 ――君にまた会うため


 ――何年も何十年も何百年も


 ――神様にだって僕らの絆は絶対断ち切れない


 ――そしてまた会う日が来る日まで


 ――僕は歌い続ける



 ――飾る必要なんかない


 ――単純でいいんだ


 ――この気持ちを伝えるには


 ――ただこの言葉だけがあればいい


 ――ありがとう



 ――そして僕らは未来へと進んでく


 ――君にまた会うため


 ――何年も何十年も何百年も


 ――僕らは何度だって巡り合って友達になるんだ


 ――そしてまた会う日が来たのなら


 ――この歌を贈るよ



 ――いつかこの世界が終わるとしても


 ――その時までずっとそばにいるから


 ――大好きな僕の友達へ



 歌い終えたみのりさんたちに盛大な拍手が送られます。ワタシはそれを見届けてゆっくりと意識を閉じました。


 これでもう心残りはありません。もうみのりさんは……ワタシがいなくても平気みたいデス。それが嬉しいような、寂しいような。


 ううん、悲しんではいけません。お祝いしないといけませんね。


(素敵なプレゼントをありがとうございます、みのりさん……本当にワタシは……幸せでした)


 ワタシは最期の力を振り絞って微笑み一筋の涙を流します。みのりさんはそこにいないはずのワタシに対して、微笑んだような気がしました。


 親友を安心させるためワタシもにっこりと笑顔を浮かべました。そして、力がすうっと抜けていきます。


 春の日差しに照らされ、梨の歴史館の守り神に抱かれて、長い旅を終えたワタシは、ようやく眠りにつきました。


 それが、ワタシのさよならの記憶でした。

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