6-34 英雄の休息
――久世透の視点から――
俺は缶コーヒーで一服しながら、花見で賑わう打吹公園を眺めていた。
ここで俺がするべき事は全て片付けたのでもう白倉にいる理由はない。今の俺に与えられた使命は次なる脅威に対処すべく行動するだけだ。
この町ではない、どこかに赴いて。それが北国なのか、地球の反対側なのか、はたまたは異世界なのかはわからないが。
「桜まつりか」
俺も遠い昔白倉にいたころは楽しんだものだ。けれど今はもう俺には愛すべき家族も、気の許せる親友もいない。
この缶コーヒーを飲み終えたらこの場所を去ろう。もう俺はここにいてはいけないのだ。
「あれ、お久しぶりですね」
「……またお前か」
だが彼女はまたやってきた。あの頃と何も変わらない純粋な瞳をして。
「あなたも桜まつりに?」
「いや、違う。軽く様子を見に来ただけだ」
「祭りは見るものじゃなくて参加するものですよ?」
一花は不思議そうにそんな返事をする。俺はコーヒーを味わう事無く一気に飲み干し踵を返した。
「俺みたいなみすぼらしい人間がいても迷惑だろう。俺はもうこの町を離れる。用事が済んだからな。別のところで仕事を探すつもりだ」
「そうですかー。お仕事見つかるといいですね」
お仕事の解釈が多分俺と彼女とでは違うだろうが、あえて指摘する事もない。
すぐに立ち去ろう。もう俺はこれ以上彼女の顔を見たくなかった。その無垢な笑顔を見てしまえば無理矢理格好つけた心が折れてしまいそうで。
「あ、でも、お友達が出し物をするんですよ。私たちも裏方として協力したので出来れば見てほしいな、なんて」
「……気が向いたらな」
俺は素っ気なくそう返事をする。
馬鹿馬鹿しい。もう俺には関係ない。
「また、いつか会えるといいですね」
「そうだな」
けれど――彼女が言い放ったその悪意のない言葉を俺はどうにか耐える。そして何も言わずに彼女が去っていくのを見送った。
「青春してるねえ」
「うんうん」
そんな俺をからかうように希典さんとゴンがどこからともなくわいてくる。希典さんにいたってはいつもよりも上機嫌で地酒の日本酒をラッパ飲みしていた。
「茶化さないでください。それよりもまたルール違反をしましたね、希典さん。ゴンもだが」
「ぴゅるるー」
俺が苦言を呈するとゴンは変顔で目をそらしながら口笛を吹く。ああもう、殴りてぇ。
「希典さんは色々ありましたが、アイスの材料を用意したのはいただけませんね」
「ナビ子が大吉市でブラックでモンブランなアイスを食べるのは過去を思い出すきっかけになる出来事だからねぇ。さっさと終わらせてぐーたらしたかっただけよぉ」
「まったく。それにしても昔、駅前のすなばっか珈琲でカツカレーを食うのが生存の分岐だった事もありましたが、本当に世界が分岐する条件ってよくわかりませんね」
「アイスは分岐に重要なんだよ、昔から。豆乳味か、味噌味か、豆腐味か、納豆味か、黄粉味を食べるかで分岐する事もあるね」
「ゲームの話ですよね、でもこれはまだマシです。ゴンにいたっては銀の鍵を渡しやがるし。アーティファクトをホイホイ子供にやるなよ、玩具じゃねぇんだから」
「まあまあ、ちゃんと返してもらったし、扉を開く事が出来るアレが無いとつるぎは二人を助けられなかったし、そうなったら後味悪いでしょ?」
「まあ、な」
ゴンは笑いながら回収した銀の鍵を太陽に掲げる。
矢〇通の手錠の鍵に擬態している銀の鍵には神々しさは一切なく、一見するとただの小さな鍵にしか見えないが時空を渡る事が出来るれっきとした神話の秘宝である。一度与えた思い出の品を奪って悪いがこれは人間の手には余るものだ。
「ところでラストでパープルシティに修二とその関係者がいた気がするんだが、気のせいか?」
「気のせい気のせい」
「そうか」
酒を飲みながらそう返事をする、いつの間にかしれっとこの場にいたチンピラを俺は視界に入れないようにした。
一応俺達とは対立しているのに普通に町を歩くなんて、全くもって荒木の一族はどいつもこいつもいい加減というか……。
「で、お前はあいつに顔を合わせなくていいのか?」
俺がそう尋ねると、彼は一旦足を止めてからこう言った。
「もうあいつは別の人生を歩いているからなァ。仲間の幸せを壊すほど俺は馬鹿じゃないさ」
「そうか」
ならば俺は何も言う必要もないだろう。俺も本心では光姫に幸せになってほしかった。たとえかつての世界で殺し合った敵だとしても。
「ま、ライブほどは見るけどな。あいつが友達に囲まれて青春してる幸せそうな姿を見ておきたいし。お前はどうだ?」
「そうだな」
この世界でこの町にいるのは今日が最後になるだろうし、それくらいはいいかもな。コーヒーを飲み終えた俺はもう少しここに滞在する事に決めたのだった。