6-29 親友を助けるために
何が正しいのか答えはわかり切っていた。だけど僕にはそれを選ぶ事が出来なかったんだ。
「ナビ子ちゃん! 今助けに行くよ!」
だって僕は愚かになるほどナビ子ちゃんを大切に思っていたから。たとえ無駄死にしたとしてもそれ以外の選択肢なんて存在しなかったんだ。
「僕はもう逃げない! 泣かない! 戦うんだ!」
けれどどうすればいい。どうすればナビ子ちゃんを助けられる。
僕は必死で冷静になるように努めてまず周囲の状況を確認した。
白倉山に迫る泥の一部は冷え固まったマグマの様に固まっていて上に乗って歩く事が出来そうだ。そしてそれはヤマタノオロチへと繋がっている。あたかも橋の様に。
足を滑らせたら命はないし途中で攻撃されても同じだ。無謀にも程がある。けどこれしか方法はない!
僕は恐怖を捨てて固まった泥の上を駆け抜ける。ヤマタノオロチは飛んで火にいる夏の虫と思ったのか興奮したように咆哮し、八つの首を伸ばして襲い掛かった!
「くッ!」
僕には普通の人間並みの身体能力しかない。だからひたすら走って避けるだけだ。泥の橋は動き回れるほど広くもないしそのうえ不安定だけど、もう恐怖を感じている暇なんかない。
だけどその時僕はナビ子ちゃんから渡された拳銃の事を思い出した。確か弾丸は特別仕様で大抵の敵は一撃で倒せるんだっけ。
彼女はここぞという時に使ってくださいと言っていた。今以上にそんな状況が存在するだろうか。いや、今しかない!
「終末だらずチャンネルの皆さん……力を貸してください!」
僕は遥か昔にナビ子ちゃんと旅をしたこの銃の持ち主に願いを込め、走りながら懐から拳銃を取り出す。ズシリと重いその拳銃を握りしめ、僕は覚悟を決めた。
オオオオン!
前方からヤマタノオロチの首の一つが迫ってくる。直線的な橋の上で逃げ場はどこにもない。けれど、僕は恐れずその口内に銃弾を撃ち込んだ!
ズドン――ッ!
その反動はすさまじく僕は思わず後方にのけぞる。でも本当にたった一発の弾丸にこの状況を打破する力があるというのだろうか。
オオオオン!
いや、存在していた。汚れに界面活性剤の原液をかけるようにヤマタノオロチの頭部は瞬く間に崩落して姿をとどめなくなってしまう。そのあり得ない光景に僕も、そしてヤマタノオロチも混乱してしまった。
遅れて僕は確信する。この銃弾があればナビ子ちゃんを助ける事が出来る。勢いづいた僕は一心不乱に泥の橋を駆け抜けた!
ヤマタノオロチは学習せず攻撃を激しくするという単純なゴリ押し戦法を選択した。けれどそれは僕にとって最高の展開である。
「どけえッ!」
ズドンッ!
僕は銃を発砲して頭部を撃破していく。拳銃の弱点は射程範囲が短い事だけどそれをカバーする手段がある。
それは外れようがない至近距離で攻撃するという事だ。ヤマタノオロチが僕を食らおうとしたその瞬間、口内目掛けて発砲すれば銃の心得が無いごく普通の少女でも絶対に外す事はない。
今度は二つの頭が同時に、上下から襲い掛かってくる。
ズドン、ズドンッ!
僕は決死の覚悟で跳躍してヤマタノオロチを回避しながら下方向に銃弾を発射、撃破したあと、身をよじり背面飛びのフォームで天から襲い掛かるヤマタノオロチを迎撃する!
落下した時背中を強打したけど痛みを感じる暇はない。二つ、三つ、四つと破壊し、ヤマタノオロチもさすがにこのままではまずいと思ったのか泥の橋を破壊するという手段に切り替えた。
立ち上がった僕はすぐにそれを察知し崩落とほぼ同時に隣にあった別の橋目掛けてすぐにジャンプする。女の子でも飛べない距離ではないけれど落下すれば命はない。自分でもよくもまあこんな事が出来たものだ。
ズドンッ!
僕は横方向に銃弾を撃ち込み橋を壊したヤマタノオロチを撃破する事も忘れない。頭をさらに減らしたところで橋から飛び降り、僕はようやくヤマタノオロチの胴体に登頂する事に成功した。
ぴーひゃら、ぽんぽん。
ぴーひゃら、ぽんぽん。
「っ」
そしてあの音色が聞こえてくる。僕を追いかけてきた異形の落とし子はヤマタノオロチの胴体の上を浮遊しながら笛と鼓を演奏し、ちょっかいを仕掛けてきた。
けれどそれ以外何をするわけでもない。それにどういうわけかその時の音は一切不快でなく、聞いていると心が穏やかになり、どこか切ない気持ちになってしまったのだ。
「カカサマ、カカサマ……」
「オイテイカナイデ……」
その理由が僕にはなんとなくわかってしまう。きっと今の僕は二人と同じ気持ちだからなのだろう。
オオオオン!
三つのヤマタノオロチの頭部は悍ましい咆哮でその素敵な演奏会の邪魔をする。あの頭のどれかにナビ子ちゃんがいるのは間違いないし急いで撃破しないと!
三つの頭部は三方向から同時に攻撃を繰り出す。こうすれば避けきれないと思ったのだろう。けれどそんな猿知恵は死ぬ気の僕には通用しなかった。
「いい加減にナビ子ちゃんを返せッ!」
ズドンズドンズドンッ!
僕は回転をしながら銃弾を発砲し三つの頭を同時に潰す。そして崩落した頭の一つから天叢雲剣の代わりに、恋焦がれていた一人の可憐な少女が現れたんだ。
「ナビ子ちゃん!」
僕は汚い胴体の上に落下した彼女へとすぐに近付き激しく揺らす。もう手遅れか、と一瞬思ったけれど、ナビ子ちゃんはうっすらと目を開け困ったように微笑んだのだ。
「もう……何無茶しているんデスか……でもよく頑張りましたね。えらいえらい、デス」
「ナビ子ちゃん……!」
ナビ子ちゃんはところどころ服が破れ、皮膚もはがれているけれどそこまで大きな怪我はしていない。彼女が生きていてくれたという事実にずっと耐えていた僕は堪えきれずに涙を流してしまったんだ。