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6-23 つるぎから託された想い

 東北の英雄であるミヤタが無双している事などつゆ知らず、俺は痛車を運転する。病院から白倉山まではそれほど距離は離れていないがそれは普段の話だ。


「かぁみさぁまはどぉこぉ?」

「みぃんなでしあわせになろうよぉおお」


 進路上には泥が擬態したゾンビや怪物がうようよいる。それは白倉山に近づくほど数が多くなり、もしそのまま外を歩いていたのなら即座に餌食になっていた事だろう。


 数が多いが、行けるか? いや、やらなくてはならない。時間はもう残されていないのだ。俺は構わず車で連中を跳ね飛ばす!


「たくよぉッ!」

「おわっ!」


 歪な笑みをしたゾンビはフロントガラスに顔面を強打した後、しがみつこうと最後の抵抗をしたようだが、為すすべもなくずり落ち転がっていく。汚い血で視界が多少悪くはなったがただひたすら強引に突き進む!


 助手席に座っていたつるぎは思わずサイドミラーで後ろのほうを見てしまい口元を押さえる。泥が人間に擬態しているだけとはいえなかなかショッキングな光景だからな。


「うひゃー、ゾンビ映画ではよく見るけどさ……結構きついな」

「我慢しろ」


 ゾンビを跳ねるたびに車は死体に乗り上げわずかに浮かぶ。それは命を奪っている事をはっきりと実感させ生理的嫌悪感を催すが、俺は後部座席で眠るみのりを鏡越しに見てどうにか正気を保っていた。


 あと少し、あと少しで親友を助ける事が出来るんだ。臆するな、怯むな、目的を遂行するために感情を殺せ!


 そして俺達は死に物狂いで白倉山のふもとにある打吹公園に辿り着いた。後は頑張って山を登っていくだけだ。


「よし、つるぎ、いけるか?」

「おうよ!」


 俺とほぼ同時に車から降りたつるぎはすぐに後部座席のドアを開け、みのりをやすやすと背負う。


「悪いな、俺は登るだけでも結構厳しいんだ。こんな山でもな」

「平気平気、あたしにとっちゃピクニックみたいなもんだよ」


 普段からトレーニングをしておりオリンピック級の身体能力を持つ彼女からすれば、寝たきりでやせ細った少女を担いで登山なんてそれほど難しい事ではないだろう。なので細かいやり取りなんてしなくても役割分担は決まってしまった。


「行くか、ラストスパートだ!」

「おう!」


 俺はネイルガンを装備し彼女の護衛に徹する。幸いにして付近にゾンビや怪物はいないが、木々が多く視界が悪い公園はどこから敵がやってくるかわからないので一切油断は出来ない。


 公園の紅葉を見ても今の俺は美しいと感じる事が出来なかった。それはまるで危険性をアピールするために鮮やかになった毒虫のようで、はらりと木の葉が舞い散るたびに恐怖を感じてしまう。


「けど敵が全然いないぞ。いや助かるけどさ、どうしてかな」


 つるぎは公園内の異変に気が付きより一層警戒感を強める。先ほどから不自然なまでに敵と遭遇しておらず、彼女もようやくその異常さに気が付いたらしい。


 俺も同じ事を思っていた。だがたった今その答えがわかってしまった。


「多分あいつのせいじゃないか」

「あいつ、って」


 彼女は俺の視線を追ってそいつの存在を認識する。缶コーヒーで一服していたそいつはグビグビと一気に飲み干すと、それをゴミ箱の中に上手に放り投げた。しかしまあこの非常時に随分と余裕がある事で。


「そっちもようやく来たか」

「……来てやったぞ」


 俺は身がすくんでしまうがどうにか立ち向かう勇気を振り絞る。俺達にとってラスボスとも言えるトオルは、手元に巨大な金棒を出現させあの時と同じように鋭い眼光を向けた。


 睨まれるだけで息苦しくなってくる。なんて気迫だ。これが人を超えた存在のオーラなのか。


 だけどつるぎは違った。本当は彼女も恐怖でいっぱいなはずなのに必死で睨み返していたのだ。


「ヒロ、悪いけどお前がみのりを背負って山頂まで行ってくれ」

「え?」


 つるぎは俺に眠ったみのりを渡そうとする。俺は一瞬何を言っているのかわからなかったが、彼女の意図を理解してしまった。


「お前、まさかやるつもりか?」

「ああ、時間稼ぎくらいはしてやる。それにあたしはあいつの事を殴りたくて仕方がないんだよ」


 つるぎは無理やりニッと笑い恐怖を誤魔化した。俺は一瞬躊躇うも彼女の意思を尊重し、ネイルガンをしまってみのりを代わりに背負う事にした。


 ズシリ――みのりの身体は意外にも重い。俺の筋力がないだけだろうが、これは親友の命の重さだと考えると緊張で過呼吸を起こしそうになる。


「というわけだ、トオル。全力でテメーを殴らせてくれ!」


 そしてつるぎはトオルに宣戦布告をする。向こうはまるで意に介していなかったが。


「まあいいだろう。どのみちオクラとオヨシが顕現するにはまだ時間がある。身の程を弁えないクソガキと遊ぶのも一興か」

「上等だこの野郎!」


 つるぎは叫びトオル目掛けて突進する。絶対に負けるとわかっていながら彼女はあの現人神に立ち向かったのだ。


 あの弱かった、俺の幼馴染が。


「くッ!」


 俺にはつるぎの敗北が目に見えていた。しかし彼女の思いを無駄にしないためにも、俺は白倉山の山頂に向かって走る!


 今はみのりを山頂に届ける事を何よりも優先しよう。つるぎが時間を稼いでくれている間に。


 つるぎ、負けても構わない。だから頼む、死ぬんじゃないぞ!

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