6-16 フラグブレイカー服部寅之助
――海野英理子の視点から――
頑張っている御門君たちを心の中で応援しながら、私は自分に出来る戦いをしていました。
パープルシティの周辺を走る、ひたすら走る。肺を破れそうなほどに酷使して、一人でも多くの人を助けるために。
「だいじょうぶー?」
「ちー」
「ひぃ、ふうー。日ごろからもうちょっと運動すべきでした」
私は息を切らしながら怪我をした二人の成人男性をダブルホールドで担ぎ上げるもふもふ君を見上げます。力持ちなのは知っていましたがこれでは敵うはずもありません。
「だらしねぇナァ。うみちゃんは店の中で怪我した奴の手当てでもしておけヨ」
「そ、そうですねー」
山口さんにそう言われてほんのり悲しいですが適材適所、非戦闘員の私にはそっちのほうがいいでしょう。私は小走りで避難する予定のパープルシティに戻りました。
「ッ!?」
ですがその時私は恐ろしい光景を見てしまいました。パープルシティは大勢のシラクラプトルや、オオサンショウウオの怪物――ハザマンダに襲撃されていて黒煙が立ち上っていたのですから!
「そ、そんな……!」
「マジかヨ!?」
「わー!」
「ちー!」
その時の私の絶望は言葉では言い表せませんでした。私たちは救助した人々にあそこに避難するように言ったのですから。もし彼らが死んでしまえばそれは私たちの責任にほかなりません。
「ふぉらああッ! 体育教師を舐めるなッ!」
「いや大丈夫そうだナ」
「ですねー」
ですが悲劇フラグは体育教師の服部先生によってへし折られました。学内最強と名高い我が校の生徒指導を担当する服部先生は、ゾウほどの大きさもあるハザマンダに鉄拳制裁を食らわせワンパンで次々と倒していました。
「ヤー!」
何か端っこに竹刀を持った人も見切れていますけど、よく見ると剣道部の樫井君でした。服部先生が強すぎるので叫ぶ以外に一切活躍の場はありませんでしたが。
「もうあいつをラスボス戦に連れて行けばいいんじゃネ」
「ですねー」
私たちは攻撃に巻き込まれないようにこそこそと移動し、店の入り口で奮戦する服部先生と合流します。彼は私たちの姿を確認するととても嬉しそうな笑顔になりました。
「おお、海野先生、無事でしたか! それに山口も!」
「ぼくもいるよー?」
「はっはっは、そうだな、もふもふ君!」
火の手が上がるパープルシティは服部先生のせいでさらに暑苦しくなります。彼は豪快に笑って私たちと喋りながらノールックでコンクリートブロックを投げつけ、空を飛ぶ怪物を蚊をはたき落とすように迎撃しました。
「はい、何とか。私たちは何をすれば?」
「自分が化け物を食い止めている間に中にいる人を避難させてください! 流石の自分も炎は消せないので」
「わかりました!」
「おけー」
「アイヨ!」
私は服部先生から指示を受けて店内に入ろうとします。けれど彼は私に続こうとする山口さんの肩をガシッと掴みました。
「何するヨ!?」
「お前はやめておけ! 俺の目が黒いうちは生徒の身を危険にさらすわけにはいかない!」
言い争う声が聞こえ、私ともふもふ君は足を止めて振り向きます。
服部先生の言う事はもっともでした。私も本音では彼に同意したかったのですが……山口さんはその手を振り払い怒った様子で言いました。
「余計なお世話ダ!」
「あ、おい!」
服部先生は山口さんを追いかけようとします。しかしすぐに怪物の増援が現れそれどころではなくなりました。
「今だ! うみちゃんにかっこいいところを!」
樫井君は気合を入れて竹刀を振り上げました。しかしそれは蛮勇です。かっこつけたがるこういう人は大抵死にます。私のために頑張ってくれているのは嬉しいのですが。
「山口よ、すぐに俺も行く! おのれ怪物! 俺のタイガー殺法を食らえー!」
「ギャース!?」
服部先生はオートバイを拾いどこら辺がタイガーなのかわからない攻撃を繰り出しました。普通の人間はオートバイを振り回す事なんて出来ないと思うのですが。
樫井君は巻き添えになってどこかに吹っ飛ばされてます。やっぱり死にました。そして数秒後に倒れている樫井君に気が付いて服部先生は彼に駆け寄ります。
「ピクピクピク……」
「か、樫井! 誰がお前をこんな目に遭わせた!?」
あんたです。
「俺の可愛い教え子をよくも! このド畜生がァ!」
「ゴバァ!?」
理不尽にキレるゴリマッチョに怪物たちはなんでやねんとでも言いたそうな顔になっていましたが、容赦なく服部先生にボコられました。
「というかこれだけ強かったら小西谷君が暴れた時に私たちは何もしなくてもよかった気がするのですが……取りあえずここは全くもって大丈夫なようです」
「だねー。それじゃあいこうか」
「ちー」
私は苦笑しながらもふもふ君と一緒にパープルシティ内部に向かいます。戦いは得意な人に任せて私は裏方としての仕事を全うしましょう。