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6-12 最後の日

 晩ごはんを食べ終えて就寝時間になる。僕ははち切れそうなお腹をさすり、梨の樹の根元に座って空を見上げた。


「けぷ。うー、食べ過ぎちゃった。明日最終決戦なのに胃もたれしないかな」

「畑のお野菜をこれでもかと詰め込みましたからねー。胃薬飲みます?」


 隣に座っていたナビ子ちゃんはお手製の胃薬を取り出した。見るからに苦そうな黄褐色の粉末である。


「いや、いいよ」


 僕は苦笑してそれを拒否する。今は胃薬でも飲んだら吐きそうだし。


「明日全部が終わるのに何だか締まりがないなあ」

「デスねぇ」

「今夜はナビ子ちゃんと一緒に過ごせる最後の夜なのに感動的なアレは一切ないよ。こういう時ってどうするんだろう?」

「男女ならお互いの気持ちを確かめ合うものデスねぇ。ぶちゅーをしますか?」

「しないよ」


 微笑みながらじゃれあう僕らを見て、少し離れた場所から様子をうかがっていたヒロは笑みをこぼしてしまう。そんな彼に気付きナビ子ちゃんはちょいちょい、と手招きをした。


「ん、俺に用か?」

「はい」


 ナビ子ちゃんはすくっと立ち上がると、近付いたヒロに姿勢を正して頭を下げた。


「みのりさんを、どうかよろしくお願いします」

「……ああ、もちろんだ」

「ナビ子ちゃん……」


 二つ返事で了承した寂しげなヒロに僕は少しだけ切ない気持ちになってしまう。そっか、全てが終わればナビ子ちゃんは……。


 僕は改めてそれを実感する。決意が鈍る事はなかったけれど。


「みのり」


 だけどヒロは真っ直ぐ僕の目を見据える。そこに少し前のような頼りなさは微塵もなかった。


「必ず、元の世界に帰ろうな」

「……うん!」


 僕は本当の本当に弱い自分とさよならをする。皆が待っているあの世界になんとしてでも帰るんだ。



 夜空に星が瞬く。


 明日全てが終わるんだ。失敗は許されない。僕を助けようとしてくれた皆の思いを無駄にしないためにも。


「ねえ、ナビ子ちゃん」

「はい」


 僕は布団の中で囁くように告げた。


「僕は元の世界に戻るけど……いつか、またナビ子ちゃんと会えるって信じてるから」

「……はい。ワタシもデス」


 それがナビ子ちゃんの本心だったのかどうかはわからない。残酷な希望かもしれない。だけどやっぱり僕はお別れをするのが嫌だったから、最後の最後でそう言ってしまったんだ。


「ワタシはいつかみのりさんに会いに行きます。その時はまたいろんなところを旅行して、美味しいものをたくさん食べましょう」

「うん。約束だよ」

「約束デス」


 ふと、彼女の横顔を見るとナビ子ちゃんは優しい笑みを向けていた。


 僕は確信する。彼女はその約束を本気で護ろうとしているのだと。それを知ってしまいほんのり悪い事をした気になってしまったんだ。


 その希望はいつか絶望に変わるかもしれないというのに。本当に僕は自分勝手だった。


 少し気分が高揚して眠れなかったけれど、僕は瞳を閉じる。


 それっきりナビ子ちゃんも黙ってしまった。どうやら彼女も眠ってしまったらしい。


 この美しい闇夜を見るのも最後かと思うと、僕は自然と涙を流してしまった。


 そして、意識は闇に落ちていく――。



 翌朝目が覚めるとやっぱり僕たち以外誰もいなかった。冷たい外気によってすぐに目が覚めた僕は取りあえず梨の歴史館の外に出る。


 予想はしていたけど町はなかなかな事になっている。いたるところが洪水でも起こったかのように黒い泥にまみれていて、白倉の町はこの世ならざる物質によって浸食されていた。どのくらい被害があるのか到底想像も出来ない。


 町の惨状にどうしても目がいってしまうけれど先にナビ子ちゃんが待っていた事に遅れて気が付く。彼女は空を見上げていたので僕も同じように視線を上に向けると、そこにあるものを見て驚愕してしまった。


「これは……」


 天空は赤や紫の妖しいオーロラによって支配されていた。それは美しさよりも先に怖ろしさを感じる光だった。


 そして、同時に寂しさも。


 ぴーひゃら、ぽんぽん。


 ぴーひゃら、ぽんぽん。


 どこからか悲し気な笛と鼓の音が聞こえる。


「疑っていたわけじゃないけど、どうやら本当に二つの世界がつながるんだね。」

「ええ。それにしても寂しい音色デスね」

「そうだね……」


 母親を求めるオクラとオヨシの演奏は悲壮感が漂い聞いているだけで泣きそうになってしまう。たとえ二人の行為が人々に恐怖をもたらすものだとしても、僕はとてもじゃないけれどそれを止める事なんて出来なかった。


 トオルはオクラとオヨシを殺すと言っていた。僕の目的は元の世界に帰る事であって、それさえ出来ればオクラとオヨシを護る必要はないけれど……。


 ううん、どのみち僕らにそんな余裕はない。自分の事だけを考えよう。


「さあ、ラストバトルデス。市街地には大量の免疫機能もいるようなので戦闘が予想されます。まずはガッツリ朝ごはんを食べましょう。けど時間がないのでおにぎりとお味噌汁だけで我慢してくださいね」

「うん、わかったよ。戦の前にはおにぎりと決まっているからね。お米を食べて頑張ろう!」


 僕は施設の中に戻ってナビ子ちゃんが用意してくれたおにぎりを胃袋に詰め込んだ。


 腹が減っては戦が出来ぬ。しっかり食べて最終決戦に臨むとしよう。

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