6-11 ラストバトルの準備と勝利のイノシシカツカレー
準備をしているうちに最後の一週間は瞬く間に過ぎていく。
そして運命の日前夜。梨の歴史館には僕とナビ子ちゃん、それにヒロたち一行が勢ぞろいしていた。
「なんだか賑やかだナア。もふもふコンビまでいやがるし」
光姫ちゃんは野菜のかりんとうをポリポリとかじりくつろぎながらキッチンを眺める。もふもふ君は慣れた手つきでジュワジュワと心地よい音を立てながら何かを揚げていた。
「しっかりおもてなしするから、おなかをすかせてまっててねー」
「ちー」
「今日はとっておきのごちそうですよー!」
一方のうみちゃんは大きな鍋でぐつぐつと何かを煮込んでいる。といってもこの夕暮れ時に住宅街でどこからともなく漂って来る、嗅ぐと何だか幸せな気持ちになれるインドでスパイシーな香りの答えなんて一つしかないけどさ。
ヒロはキッチンに笑みを向けた後、僕らに向きなおり真面目な顔をして訊ねた。
「さて、みのり。お前の答えを聞かせてくれるか」
「ああ」
つるぎちゃんも緊張した様子でこくりと頷く。ちょっと前の僕なら迷っていたけれど、僕はもう答えを決めていた。
「僕はそっちの世界に帰るよ。だからヒロ、つるぎちゃん、光姫ちゃんたちも力を貸してほしい」
「そうか。わかった」
「任せとけ!」
「はいよー、腕が鳴るナ!」
その言葉を聞いてヒロたちはようやく安心した顔になり全員気合が入ったようだ。僕も皆に負けないように一生懸命頑張ろう!
「本当にありがとうございます。ワタシはこちらの世界でみのりさんを白倉山の山頂まで護衛するので、ヒロさんたちはそちらの世界ですべき事をして下さい」
「ああ。こっちは眠ったみのりを山頂まで運ぶだけだけどな。力仕事だけどあたしの怪力なら何とかなるだろう」
ナビ子ちゃんは作戦の最終確認をする。といってもそんな大した確認ではないけれど。
「この作戦には不確定要素が二つあります、トオルさんの妨害が一つ、二つ目はオクラとオヨシの笛と鼓の音により怪物が現れ、人の精神が狂う事が予想されます」
「ああ、神在の騒動のような事が起こる可能性も十分にある。一応気休め程度のおもちゃは用意したけれど」
ヒロはリュックサックから改造したネイルガンと催涙スプレーを取り出して僕らに見せる。だけど人間相手にならまだしも大きな怪物ではあまり役に立たなさそうだ。
「そもそもトオル、それにオクラとオヨシはどっちの世界に現れるんだ?」
つるぎちゃんは本当にそもそもな質問をする。けれどナビ子ちゃんは困った顔になり明確な答えを提示する事が出来ないようだった。
「それはわかりません。何分詳細なデータがないものでして。どちらかの世界には現れるのでしょうが」
「そりゃそうだろうケド。ま、上手い具合に対処するしかねえカ」
光姫ちゃんはあまり気にせずにかりんとうをかじり続ける。僕もこれくらいリラックス出来ればいいんだけれど。
「そうだ、連絡とかはどうする? スマホは使えないだろうけど」
「それにはこれを使ってください」
そう質問したヒロに、ナビ子ちゃんは用意しておいた人数分のガラケーサイズのトランシーバーを取り出す。
「異なる世界でも通話可能な便利な代物デス。大昔に使ったものをワタシがメンテナンスをしてどうにか使えるように修理しました。性能は低めなので二つの世界が重なる当日しか使えませんが」
「へえ、大したもんだなー」
ヒロは実際に手に取りジロジロといろんなところを眺める。見たところで何かがわかるものでもないけれど。
けど当日しか使えないのならこれを使ってナビ子ちゃんとお話とかは出来ないのか。期待してはいなかったけれどやっぱり残念だな。
「あと、みのりさんにはこれも渡しておきます」
「これって、タイムカプセルの中にあった……」
そしてナビ子ちゃんは重厚感のある鉄の塊を僕に渡す。それは視界に入れるだけで緊張感が漂う、人間が携行出来る最強の武器、銃だった。
タイムカプセルの中にあったという事はきっと終末だらずチャンネルの誰かのものなのだろう。グリップを握ってみると様々な想いが伝わってくる気がした。
「これはただの拳銃ではありません。この弾丸は特別仕様で大抵の敵は倒せます。デスがとても取扱注意な品物なのでいざという時以外は絶対に使わないでください」
「うん、わかった」
いざという時がどういう状況なのか――言われなくてもわかる。出来れば抜かずの宝刀であればいいのだけれど。
「それと、ついでにこれをそちらの世界に持って帰ってください」
「これは?」
次にナビ子ちゃんが取り出したものに僕は見覚えがあった。その嫌がらせとばかりにフリルが付いた黒と赤をベースとした悪趣味なそれに。
「みのりさんに着せる予定だった衣装デス。こんなに可愛い服を着せないのはもったいないので急いで完成させましたよ」
「まったくもう、ナビ子ちゃんったら」
ドヤ顔をするナビ子ちゃんに僕も含めて皆は呆れてしまう。けれどこれは彼女が最後に僕にくれたプレゼントだから大事にしないとね。
「はいはい、ちゃんと保管しておくよ」
「オナシャスデス!」
ナビ子ちゃんは笑うヒロにははー、と仰々しく頭を下げた。ともあれ話し合う事はこれくらいだろうか。
不意に強烈なスパイスの匂いが漂って来る。香りのした方向に視線を向けるとそこには大きなお盆に人数分の料理を乗せたもふもふ君がいたので、皆は目の色を変えてしまった。
「さあ、カレーが出来ましたよー!」
「やさいたっぷりいのししカツカレーだよー」
「おお!」
「むほほ、美味しく出来とりますなあ!」
もちろん最後の晩餐は皆大好きなカレーである。楽しみなのはわかるけどナビ子ちゃん、そのキャラは何なのかな?
「ゴクリ、やっぱりこの匂いは麻薬だよ」
だけど僕ももちろん楽しみだった。ヒロたちがお土産でレトルトカレーを持ってきてくれる事はあったけれど僕はそれまで数年間カレーを食べていなかったのだ。日本人なら皆が大好きなカレーを!
「たくさんつくったから、おかわりだいかんげいだよー」
「ちー!」
「いっぱい食べて、気合を入れましょう!」
「そうしますか!」
「それじゃあ、いただきまーす!」
「「いただきまーす!」」
僕らは気合を入れてカツカレーを食らう。やっぱり勝負事の前にはカツカレーだよね。
あむ、あむ、あむ!
まずは輝くお米とカレーを一緒に。たくさんの野菜の旨味が溶け込んだルーは実に濃厚で程よく辛い。ごはんもふっくらと炊かれておりそれだけでも美味しいけど、カレーという最高のパートナーを得た事で至高の食材へと変貌していた。
だけどカツも忘れていないよ。ブタの代わりにイノシシを使ったけれど脂はあっさりしており、きちんと調理した結果臭みも硬さもどこかに行ってしまっている。サクサクの衣のカツはそのまま食べてもいいけれどやはりこちらもカレーとは最高にマッチする。
ああ、これほどまでに食べるだけで生命力が溢れてくる料理がほかに存在するだろうか。カレーは日本最強の料理である。万民を魅了するこの全てを包む懐の深い味が絶対王者たるゆえんなのだろう。
「おかわりー!」
「おかわりはセルフサービスとなっておりますー。すきなだけいれてね」
ナビ子ちゃんは真っ先に平らげておかわりをする。早く食べないと僕の分まで皆に食べられちゃうから急いで食べないとね!