6-7 カオスなおままごと
――鈴木みのりの視点から――
どれだけ辛くても、時は流れて。
どれだけ悲しくても、夜は訪れ。
どれだけ孤独でも、明日は来てしまう。
僕は何も考えずにバスの窓から星鳥駅を眺めた。けれどそんな事をしても答えが出るわけでもない。
日は昇ってしまった。目が眩むほどにまばゆい朝日だ。
もうすぐ決断の時が訪れる。その時が近付いているとわかっているのに僕の心の中には迷いが生まれていた。
子供のままじゃいられないのはわかっている。
弱いままじゃいられないのもわかっている。
でも、やっぱり僕は……。
「みーのーりーさーん! 遊びましょー!」
「わわっ!?」
けれどそんなうじうじと悩む僕をお節介なナビ子ちゃんが放っておくはずもなく、外から戻ってきた彼女はいきなり抱き着いた。
「うちのバスは引きこもり部屋ではありません! せっかく星鳥市まで来たのデスから観光しましょうよ!」
「ま、まあいいけど」
彼女は有無を言わさず僕の手を引いて強制的にバスの外に出す。今日も、いつもと変わらない毎日が始まろうとしていた。
だけどしばらく歩いたところで――その手は離された。
最初に訪れたのは市内にあるおもちゃの博物館だった。取りあえず動かなくなった白兎伝説のからくり時計をカメラに収めた後、僕らは館内に入ってみる事にする。
「言っちゃなんだけどまあまあなホラーだね、廃墟とおもちゃの組み合わせって」
館内はあちこち崩落していているけれど、壊れたおもちゃは物理的な危険以上に恐怖を感じてしまう。怪物と戦っておいて幽霊如きで今更って感じだけど、やっぱり怖いものは怖い。
「デスね。ほぅら、こけしデスよ~」
「わわ」
ナビ子ちゃんは展示されていたこけしをずい、と僕の顔に近づける。日本の伝統工芸品ってどうしてこんなに不気味なんだろうか。
「オバエボゴゲジニジデヤロウガ!」
「それ違うこけしだから、本〇朋晃だから。っていうか声真似上手だね」
「ワタシと言えば本〇朋晃なのデス!」
「いや初めて聞いたけど」
そのイメージは一切なかったけれど、ナビ子ちゃんからこけしそっくりなガラガラボイスが聞こえた時は本人と間違えるくらいそっくりだった。機械だし声を真似するのは得意なのかな。
「せっかくなのでおもちゃで遊んでみましょう。ギミック系の物はほぼ全滅しているのでおままごとくらいしか出来ませんが」
「おままごと? この年で?」
ナビ子ちゃんは今回も思い付きでそんな提案をする。ま、いつもの事だけど。
「この年でやるから面白いんじゃないんデスか」
「まあいいけど。ある意味普段からおままごとはしていたからね、ドラマとかで」
僕の本業は子役。ホームドラマにも数多く出演していたわけだから幸せな家庭から昼ドラ、心に闇を抱えた子供に、妖怪に育てられた子供からサイコパスな犯人まで僕はあらゆる子供を演じていた。
久しぶりに演技をするのもいいかもね。そんなガチの奴になるとは思えないけど。
んで。
屋外に移動した僕の目の前には地球を守るヒーロー、怪獣、ロリ魔法少女の三種類の人形が並べられていた。
「え、おままごとだよね? この配役は何かな。話題作りのために無茶苦茶なキャスティングをしたの?」
「ちゃんときれいな状態で残っているものが少なかったもので。それじゃあどうぞ、はい、お父さん役のヒーローデス!」
ナビ子ちゃんはとてもキラキラした目で人形を突き出した。こんな目を見てしまえば断るなんて選択肢はないよ。
「ま、まあわかった、やってみよう」
僕は天才子役だ、今までもこんな無理難題はいくつもやってきた。スポンサーの息子という理由で出演した大根、客寄せのためにキャスティングされた棒読みのアスリート、事務所のゴリ押しで共演する羽目になった剛〇彩芽……それを考えればこれくらいなんてことはない、乗り切って見せよう!
「ただいま。ふふ、今日も綺麗な唇をしているね、ゴジコ」
僕は相手役の怪獣を妻と思い込み素敵な夫を演じる事にした。何だか国会議事堂を壊してそうな見た目だけど彼女は理想の妻なのだ。
さあ、ナビ子ちゃんはどう返す?
「グァアアアオオオオオ!!」
「ハイカァット!」
だけど愛する妻は実に雄々しい咆哮をあげたので、僕は演技を中断せざるを得なかった。
「何か問題でも?」
「ええと、喋る路線でお願いします」
「怪獣は喋りませんよ?」
「そもそも怪獣は奥さんになりえません。明らかな配役ミスです。たとえて言うなら小〇の兄貴をワイフにするようなものです。それはそれで面白そうなドラマになりそうですが事務所が先ず断るべきです」
「むー、わかりましたよ。喋りますー」
ナビ子ちゃんはちょっぴり不満そうだったけど大人しく折れてくれる。さあ、仕切り直すとしようか。
「ただいま、ゴジコ。今日もお仕事頑張ってきたよ。怪獣に凍らされてバラバラ死体になったけど何とか復活出来たよ」
「あらあら、それは本当に大変でしたね。それじゃああなた、ごはんにする? おにくにする? それとも、モ・ヤ・シ?」
「ははは、全部食べ物じゃないか」
うん、ツッコミどころはあるけどそこは我慢しよう。
「それじゃあごはんにしますね。はい、カルボナーラに、バナナに、焼きトウモロコシデス!」
「食べ合わせの概念はあるのかい!? そして黄色いね!?」
「この間読んだ本に黄色い食べ物は幸せになれると書いていました。一緒に幸せになってアナザーワールドにフライアウェイでアセンションしましょう!」
スピ本にハマっている設定なのかな。黄色云々は風水かなんかで聞いた事はあるけど……。
「え、えーと、まあいいや、早速食べ、」
「ちょい待てぇ!」
だけど平和な食事の時間を邪魔する魔法少女が現れる。その手には不釣り合いなサイズのモデルガンが握られており穏やかな要件でない事は一目でわかった。
「きゃーあなた、ストーカーよ! モテる女は辛いわ! なんて罪な美しさなの!」
「許さねぇ、あれだけ愛を囁いてくれたのに騙しやがったな!」
ナビ子ちゃんは声色を使い分け一人二役でおままごと(?)を続ける。もうカオスしかないけれどここはグッとこらえよう。
「ゴジコ、金運よりも対人運をあげたほうがいいよ。けど僕の妻には手出しをさせない、とぉー!」
「ギャース!」
僕は同じ制作会社の赤い悪魔の様に情け容赦なく魔法少女をコテンパンにする。剣で何度も突き刺し、顔面を地面に叩きつけ、最後には崖から死体遺棄をして。
「ふう、やっつけたよ、さあゴジコ、今度こそごはんにしようか」
「あなた、素敵! ようやくストーカーがいなくなってくれたわ! これもきっとこの間買ったツボのおかげね!」
「え、ツボ?」
そのツボはいつぞやか入手した備前焼のツボだ。まあ何処にでもある普通のツボである。
「ええ、五百万もしたけど。でもあなたに掛け捨てで生命保険をかけているから、もしあなたが死ねばワタシに三億入るから大丈夫よ!」
「えー」
「さあ、ごはんにしましょう! ふふ……とっても自信作なの。あなたから先に食べて頂戴?」
腹黒い笑みを浮かべて怪獣ワイフがにじり寄ってくる。その時魔法少女が復活し、必死で僕の前に立ちふさがったんだ。
「これがこいつの本性よ! こいつは前の夫も、その前の夫も、さらにその前の夫も不審な死を遂げてるのよ! 私も危うく殺されそうになったの!」
「そうか、わかった。シュワッチ!」
「ええ、協力して倒しましょう!」
「ボギィムムムルルユァンチョ!?」
怪獣は正義のヒーローと魔法少女の連係プレーにより爆散して撃破される。だけどすべてが終わろうとしたその時、魔法少女は怪獣よりも悍ましい笑みをしてしまった。
「ようやく……二人っきりになれたね。さようなら。ジュブッシュッ!」
「ギャアアア!?」
そしてヒーローはハートキャッチ(物理)で惨殺され、後には狂ったように笑う魔法少女だけが残された。頃合いと判断した僕はたまらず叫んでしまう。
「ハイカァット! なにこれ、どんな家庭で育てばこんなカオスなおままごとを考案出来るの?」
うん、こうなる事は予想していたけどさ。これはもう演技力とかそういう問題じゃなかったよ。勘違いした人からは前衛的な芸術作品として評価されるかもしれないけどさ。
「むう、違っていましたか、反省デス」
「まったくもう」
でも楽しかったからよかったのかな。僕はその三つのお人形をお土産にして博物館を後にした。