6-6 恋人にならなかった世界線
その後は白壁土蔵群エリアに再び戻りつるぎのスイーツの食べ歩きに付き合ったあと、一休みをするため打吹公園へと足を延ばした。
「もちゃもちゃ」
「本当に幸せそうに食うなあ、お前は」
つるぎは木製のベンチに座り右手に団子、左手に白いたい焼きを装備してバクバクと食べている。本当に見ているだけで胸焼けしそうな光景だ。
「まーなー。今のうちにカロリーを蓄えて決戦に備えないと。今回の戦いばかりは絶対に負けられないからな」
「ああ、その時は頼むぞ」
本当につるぎは頼もしい。俺にはもったいない幼馴染だった。
「けどここはちょっとカップルが多めだな。どっちかって言うと年寄りが多いけど。あたしらもそう見えてんのかねぇ」
「頑張れば見えなくはないかもしれんのう。ばあさんや、そんなに甘いものを食べてはいけませんよ。来週ボディビルの大会が控えておるんじゃろう?」
「ほっほっほ、ちょっと食べたくらいでわしのサイドチェストの魅力は変わりはせんわい」
俺が老夫婦ごっこをするとノリがいいつるぎはしっかり付き合ってくれる。こういうのは彼女のいいところだ。
しかしこいつの場合ガチでばあさんになってもムキムキなのではなかろうか。番組かなんかでハイパーばあさんと紹介されている姿が容易に目に浮かんでしまう。
「そうかそうか、しかし美味そうな団子じゃ。わしにも一つくれんかの」
「駄目ですよじいさん、昨日朝ごはん食べたでしょう?」
「今日も食べていいと思うがのう」
うちのばあさんはなかなかスパルタである。けれどつるぎは元に戻り、小さな打吹公園団子を一本だけ渡してくれる。
「はは、まあ一本だけなら」
「ども」
適当に馬鹿なやり取りを楽しんだあと、俺は団子をもちゃもちゃと食べながらぼんやりと紅葉を眺めた。
公園の池には水鳥がつがいで泳いでいる。それはまるでオシドリのようで仲睦まじい夫婦のようだった。実際のオシドリは相手を毎年とっかえひっかえするけど。
「ま、カロリーを蓄えてもトオルに勝つのは難しい、というか無理だろう。無茶はしないでくれ。みのりを助ける事が出来てもお前がいなくなったら意味がない」
「ご忠告どうも」
スイーツを食べ終えたつるぎはふふ、と笑って受け流す。この様子だと確実に無茶するだろうな。けれど俺に彼女の覚悟を止める事なんて出来やしなかった。
「ま、念押しで一応このお守りは持っていくよ」
「お守り?」
そう言うとつるぎはポケットからフェルトの布で作られた巾着型のお守りを取り出す。彼女は紐を緩め中から小さな鍵を取り出した。
「随分と変わったお守りだな」
「忘れたのか? これ、お前があたしと友達になった時にくれた奴だよ。矢〇通が鈴〇みのるに返り討ちにあった時の手錠の鍵だ」
「ああ、あれか。お前まだそんなの持ってたのか」
俺もほぼほぼ忘れていたがそういえば昔こいつにあげたっけ。思えばこれが仲良くなるきっかけだったなあ。
「そもそも本物かどうかは知らんぞ。変な女子高生くらいの女にそう言われて渡されただけだからな」
その女がどんな顔をしていたのか、どんなやり取りをしたのか、何分昔の事なのでもうハッキリとは覚えていない。白い髪をしてやたら胸がデカかった事は覚えているけれど。
「別に偽物でもいいんじゃね、思い出の品だし。それに握りしめると何だか力が湧いてくる気がするんだ。だから大事な試合の前にはこれを持っていくんだよ」
フッと笑ったつるぎは鍵を右手に掴んで太陽に掲げる。銀色の鍵は一瞬神秘的な光を放った気がしたが、もちろん気のせいだった。
「そりゃまたどうも」
俺はもうあげた事すらうろ覚えだったのに彼女はずっと大切にしてくれていたのだ。こんなの嬉しくないわけがないだろう。俺は柄にもなく自然と微笑んでしまった。
「で、そもそもみのりはこっちの世界に戻る事を選ぶのかね」
「どうだろうな。俺としてはあいつが選んだ答えならどんな答えでも受け止めるつもりだが」
俺は口ではそう言いながらも、本音では戻ってくる事を強く望んでいた。
「ただ、もしそれが逃げによるものならば俺はその決断を認めるつもりはないけど」
みのりはまだ強くなったとは到底言えない。弱いみのりは楽な選択肢を選ぶ可能性も十分に考えられる。
「前みたいに三人で一緒にいられたら、一番ではあるけどな」
「そうだなあ。んで、その時は晴れてあの日の続きをするの?」
「あの日の続き?」
「恋人ってからかわれて喧嘩したのが今回の騒動の発端みたいなものだろ。お前はあいつと友達のままでいいのか?」
「いいんじゃね」
「ふーん」
俺は適当にそう返すと、質問したつるぎも最初からさほど興味がなかったかのように相槌を打つ。なら聞くなっちゅう話だが。
「でもまあ全くその気がないわけじゃない。悪いな、つるぎ」
「え、あたしお前に振られたの? ごめん、ちょっとそのへんの崖に行ってくる」
「いのちだいじに」
そう言うとつるぎはハハハ、と笑って返す。こういう恋愛絡みの話なんて彼女にしてはちょっと珍しかった。
「並行世界がどうのこうのって話があったけど、もしかしたらあたしがお前と恋人になる世界もあったのかな」
「どうだろうな。けどこの世界の俺たちはそういうのじゃねぇだろ。お前が最高の親友なのは認めるけどよ。残念ながら俺は身も心も弱すぎて釣り合わない」
「そっかあ、ま、それでもいっか」
その時少し切なそうな顔をしたつるぎの顔を見て、俺はどうしようもなく胸を締め付けられる。
「けど実写映画化されればそうなるかもな。あいつらすぐに恋愛要素を絡めてくるし」
俺に出来るのは励ます言葉をかける事ではなく、こんな風に冗談に変えて明るく笑い飛ばす事だけだった。
「その場合、あたしの役は橋〇環奈でよろしく」
「ハッハッハ、ア〇ャコングに決まっているだろう」
「なにおう」
俺達の関係はいつまでも変わらない。こうして仲良くじゃれ合うだけだ。
そう、これで良かったんだ、何の問題もない。余計な事は考えなくていいんだ。
今は目の前の事に集中しよう。つまらない感情に惑わされないように。