6-2 英雄たちのサシ飲み
白いウサギは俺の太ももの上でされるがままに撫でられている。全身をこれでもかともにゅもにゅし、俺はやり場のない悲しみをぶつけてみた。
「DVかね?」
「広義にはそう分類されるかもしれませんね」
そして物好きな人間第二号が大量の酒を入れたビニール袋片手に現れる。希典さんは断りなく俺の左隣に座り、グビグビとワインのラッパ飲みを始めた。
「もうちょっと味わって飲みましょうよ、地元の職人さんが頑張って作ったんですから。あとイッキ飲みは苦情が来ますし」
「まあ細かい事はどうでもいいじゃないのん。お前さんも飲む? 間接キスだけど。きゃ!」
「いりません。いい歳したオッサンが乙女の恥じらいの真似事をしないでください。俺はコーヒーでいいです」
「ノリが悪いねぇ」
俺達は隣り合ってそれぞれの趣向品を堪能する。酒とコーヒーという違いこそあれ、お互い現実逃避をしている事には違いないだろうけど。
「ピーコちゃんは良かったの? 今回はちょっと覚えているっぽかったけど」
「構いませんよ。もう俺達はとっくの昔に赤の他人ですから」
「ふーん」
ワインを飲み終えた希典さんは今度は別の地酒の瓶を開けた。ちゃんぽんだと酔いやすいとか、このオッサンには一切そんな事は関係ない。
「じゃあ、ピーコちゃんが、あるいはマルちゃんも、君の知らない男の人を好きになってもいいのかな。んで、知らない男と結婚とかしてもさ」
「構いませんよ。彼女たちがそれで幸せになれるのなら俺はとやかく言う筋合いはないです」
「NTR展開上等とな。権蔵の性癖がうつったの?」
「違います」
俺はふとその光景をイメージしてみる。きっと彼女たちの誰が結婚しても温かな家庭を築く事が出来るに違いない。
愛した彼女たちが、俺の知らない人間に、俺の知らない笑顔をして、恋をする。
だがこんな想像をしても昔ほど心がかき乱される事はなかった。むしろ俺はそれが何よりも切なかったんだ。
「そりゃもちろん少しは寂しいですけどね。何よりそこにはきっと可愛らしい子供がいるでしょう。それは俺では決して与える事の出来なかった幸せです」
「そっか……トオルちゃんはインポだったね」
「違ぇよ何嘘設定盛り込んでんだクソがオラ」
シリアスな空気でも希典さんは平気でボケてくる。そんな彼と俺はいつの間にか心を許せる間柄になってしまったのだ。
「はっはっは。で、どうよ。その様子を見る限りまだ心は壊れていないね? 永遠に存在し続ける事に耐え切れず闇落ちした英雄を俺っちは何人も知っているけど」
「何言っているんですか。とっくの昔に壊れていますよ。そもそも俺は英雄じゃありませんし。あなただってそうでしょう?」
「違いない。全くこの世界は世知辛いねぇ。酒でも飲まないとやってられないよ」
陽気に笑う希典さんの横顔からはどことなく哀愁が漂っていた。
今なら俺も彼の苦しみがわかる気がする。俺もあと数千年、数万年生きれば、こうなるのだろうか。俺はそうなっても変わらずにコーヒーを楽しめるのだろうか。
コーヒーを飲み干した俺は、彼の持参したワンカップをビニール袋の中から一つだけ奪い取った。
「ま、俺も一杯だけ付き合いましょう」
「ん、飲も飲も」
その時の彼はいつになく上機嫌だった。俺はカップの蓋を開けちびちびと飲み始める。
辛口で度数が強く舌が痺れる。アルコールはコーヒーを味わうには邪魔でしかないがたまにはいいだろう。
過酷な現実や孤独を忘れる事が出来るなら酒も悪くないな、と俺は思ってしまったのだった。