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5-28 並行世界に迷い込んだ真実

 僕は知らなくてはならない。すべての真実を。それがたとえどれだけ悲惨なものだとしても。


「希典先生。まずはつるぎちゃんの質問に答えてくれますか。この大量の僕の姿をした何かは何なんですか」

「んー、そうだねぇ」


 僕は震える声でそう尋ねると希典先生はまた酒をグビリと飲む。そして口元を手で拭ってからこう告げた。


「突然ですがみのりちゃんにクイズです。プロレスのI〇GPヘビー級の連続最多防衛記録を持っているレスラーは誰でしょう?」

「へ?」

「は?」


 彼は唐突にそんな事を言ったので皆戸惑ってしまう。何故ここでプロレスの話が出るのだろうか。


「それが僕の質問とどう関係があるんですか?」

「取りあえず答えてみんさい。答え合わせはそこのプロレス好きなお友達に任せなよ」

「は、はあ、まあいいですけど」


 指名されたつるぎちゃんはよくわからなさそうだったけれど、大した労力ではないのでその役割を受け入れる。


 連続最多防衛記録が誰なのかはプロレスにそこまで詳しくなくてもわかる常識問題だ。僕は素直に自分が知っている事を口にした。


「えと、オ〇ダ・カズチカ、ですよね」

「へ?」


 だけどつるぎちゃんは目を丸くしてキョトンとしてしまう。その反応の意味が分からず、僕はどんなリアクションをすればいいのか全くわからなかった。


「あれ、つるぎちゃん、前にはしゃいでたよね、記録を打ち立てた時に。え? 違った?」

「……いや、その、矢〇通に決まってるだろ?」


 彼女の口からはそんな意外な人物の名前が出たので僕はさらに混乱してしまう。プロレスに詳しくない僕でもそれが違う事は当然わかっていたから。


 だけどつるぎちゃんは嘘をついているように見えないし、そもそも嘘をつく理由もない。困惑する僕らを見て希典さんはククっとおかしそうに笑った。


「どちらも正解だよ。この世界は無数の並行世界が存在する。特に君らの世界の神様はプロレスが好きだから色んなパターンを作ったんだよねぇ。とりわけ矢〇通には強いこだわりがあったけどさ。ナビ子ちゃんは知っているよねぇ?」

「はい、もちろんデス。正確には思い出した、デスけど、ゴンさんの仕業デスよね」

「ああそうだ。あの野郎、俺の名前をトオルにしただけじゃ飽き足らずに本当に好き放題しやがって。これは厳密には本体ゆかりのほうだけどな。そういや別の世界ではプロレスを体育の必修科目にしやがったなあ」


 トオルさんも苦笑してその答えに同意する。三人が何を言っているのか僕らにはちっともわからなかったけど。


 だけど今思えば僕らはほとんどプロレスラーのような名前をしている。矢〇通の宿敵に裏切られた元相棒、帝王、名物レフェリー、革命戦士……まさか僕らはそのゴンという神様に作られた存在だとでも言うのだろうか。


 プロレスの神様なんて全然イメージがわかないけど。カール・ゴッチみたいな神様だったのかな。


 だけどそんな事は今はどうでもいい。僕にはもっと気になる事がある。


「話が逸れたね。さて、この培養液の中の人間が何者かを説明する前にこの世界の昔話をしよう」


 そう言うと希典さんのニマニマした笑顔はどこか冷たいものに変わり、シリアスモードに突入したのだと直感で理解出来た。どうやら先ほどまでの笑みはただの仮面だったようだ。


「この世界は昔、戦争やらパンデミックやら天災やらで滅茶苦茶だったのよ。それで世界の神様……ゴンちゃんじゃなくて、うちの実家の当主様なんだけどね、当主様がこの世界を救おうと暗躍していたのよ。その最大の武器となったのが当主様直属のルミナリエスっていう人工の神々だったのさ」

「いや人工の神って、そんなホイホイ作れるもんなのか?」

「神の定義にもよるけど、すっげぇ力を持った生命体なりロボットを作れば神様になるんじゃないかな。まあそこらへんの答えは神学者や哲学者に任せるとして話を続けるよ」


 ヒロは当然の疑問を抱くけど希典さんはハハ、と笑うだけだ。


「用途は主に分けて二パターン。ルミナリエスそのものとして物語に関わらせるか、あるいはルミナリエスに似せて作った奴に英雄たちの補佐をさせるかだ。特に後者は世界の分岐に関わる以上入念な準備が必要で、当主様は荒木の一族の人間に銘じて魂の入れ物となる器を作らせた。その中の一人が荒木シャンク、っていうルミナリエスだったのよ。ギターの音で攻撃したり、歌によるバフ効果で味方を強化したりするのが得意なサポートタイプだったね」


 荒木シャンク――その名を聞いて僕は意味もなく鳥肌が立った。そして何となくその後にどんな言葉が続くのか僕にはわかってしまったんだ。


「ただ残念ながら実戦に投入する前に大元の荒木シャンクの魂やそれを入れるはずだった肉体がいくつか原初の泥に取り込まれてしまった。つまりここにあるのは捨てるのももったいないし、なんか使えるかもしれないからほったらかしになったレジ袋的なアレだね。最近はマイバックが普及してるけど」


 彼は遠回しにこれがゴミであると言った。その言葉に僕は胸が張り裂けそうになるけどすぐにヒロたちが憤慨してくれる。


「テメェ……!」

「全力でシメていいか。パイルドライバーで」

「希典さん、その発言は許容出来ません。撤回してくれますか!?」

「みんな……」


 その気持ちだけで僕は救われる気がした。けれど希典さんは臆することなくニマニマとした笑みを続ける。


「ああ、ごめんごめん、この表現は適当じゃなかったね。まあそれはさておき泥に取り込まれた荒木シャンクは時空の狭間の世界を漂っていたんだけど、ある時別の世界に生まれ落ちた。彼女は鈴木みのりとしてこの世に生を受け神懸かった、つーか実際神様なんだけど、その演奏技術で時代の寵児となった。このへんは別にどうでもいいんだけど」


 彼がどうでもいいと言った部分は僕にとっては全くどうでもよくなかった。お願いだから衝撃の事実をポンポン出さないでほしい。


「鈴木みのりはいわば二つの世界に跨る曖昧な存在で因果の外側に存在するイレギュラーな存在だった。それだけなら別に大して害があるわけじゃないし、向こうの免疫機能も異物と認識していなかったし、俺っちもとりあえず観察するだけにとどめていたんだけどある日事件が起こった」

「それは、一体」

「みのりちゃんもよく知っているあの地震だよ。鈴木みのりは御門善弘を崩れ落ちる瓦礫から助けてしまい意識不明になった。本来なら御門善弘が植物状態になるはずだったのにそれで大きく因果が乱れてしまったんだよ」

「お、俺が?」


 それはヒロにとっても驚くべき事実で、僕と希典さんの顔を見比べて動揺してしているようだった。


「そして鈴木みのりは緊急回避のような機能が働き、存在を維持するために精神だけをこちらの世界に戻したわけだ。元々彼女はこちらの世界の存在でもあったから世界の意思によって引き寄せられた、とでも言えばいいのかな。お前さんがこの世界にいるのはつまりバグにも似たイレギュラーなんだよ。この世界の免疫機能が誤作動を起こすくらいのね」


 希典さんはそこまで言いきって話し終えたと判断したのか酒瓶をラッパ飲みする。だけど僕はまだすべての答えを聞いていなかった。

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