5-27 愚者の罪業と、過去の英雄
しばらく進みいくつかのドアを通過すると研究所の様な白い壁に変わる。僕はそれを見てどことなく恐怖を感じてしまい、ようやく本当に正解だったと確信したんだ。
「星鳥駅の地下にこんな施設があったなんて……」
うみちゃんは物珍しそうにキョロキョロと周囲をうかがう。研究所の様な、ではなくここは実際に研究所だったのだろう。施設内にはよくわからない機械や空っぽの培養液のカプセルといったものもあり、ここで何かの研究をしていたのは間違いない。
だけど僕は好奇心旺盛な彼女の様にはしゃぐ事なんて出来そうになかった。
――怖い。先に進みたくない。
「どうした、みのり? 顔色が悪いけど」
「う、うん」
その不安は表情に出てしまいヒロは心配そうに声をかけてくる。ここまで来て後戻りなんて出来ないし先に進まないと。
「でも、ここでなんのけんきゅうをしていたのかな」
「ちー?」
「培養液のカプセルがあるって事は何かを培養していたんだと思いますけど」
うみちゃんは悪意なくそう言った。ではその何かは何なのか――?
僕は徐々に思い出してしまった。僕は確かにここを知っている。いや、僕だった存在は昔ここにいたんだ。
そしてひと際重厚な扉の前に辿り着いてしまう。壁のように頑強な、真実を封印するための扉を。
心臓が激しく鼓動する。これほどまでの恐怖を僕は知らない。
今なら引き返せる。
怖い。
けど、知りたいんだ。僕が何者なのかを……。
でもやっぱり嫌だ、知りたくない!
しかし意思とは無関係に僕の手が勝手に動いてしまい、その禁断の扉を開けてしまう。
そして、僕らはそれを見てしまった。
「ッ!?」
それを見て僕だけじゃなくて、全員が言葉を失ってしまう。
先ほどまでのグダグダな空気は結局幻だったんだ。
ホラー映画じゃ一瞬コメディのような展開になっても、その裏にはいつも得体のしれないなにかが息を潜めている。それらは結局は観客という超越者が恐怖を楽しむためのスパイスに過ぎないのだ。
室内は広く数百もの培養液のカプセルがあり、そのすべてが緑色の液体で満たされ、中には人間が胎児の様に丸まって眠りについている。それだけでも十分人間の倫理を無視した悍ましい光景ではあるのだけれど。
「なあ、気のせいか? あたしにはこれが……その」
「言うな」
つるぎちゃんが言いかけて強張った顔のヒロは制止する。
皆、あえてそれを口にしない。
カプセルの中で眠る人間が誰であるのか。
だけど僕にはそれが鈴木みのりだと断言出来た。本人なのだから見間違えるはずもない。
「そんな……こんな事って……何で? 何なの、これ? わけわからないよ……!」
「「みのり(さん)!」」
僕は頭を抱えてその場にうずくまる。その理解不能な光景を見て僕は全ての情報をシャットダウンする事しか出来なかったんだ。
これは一体何なんだ。どうして僕がこんなにたくさんいるんだ。まるで工業製品みたいに……!?
「そのリアクションは飽きたよ」
「ッ!」
ナビ子ちゃんは誰かの声を聴いてしまい咄嗟にブレードを展開する。だけどその声の主を確認してひどく驚いでしまう。
「希典さん!?」
「希典先生!?」
驚愕していたのは彼女だけではない。ヒロたちもまたその男の姿を見て絶句していたのだ。
その男は長い髪を後ろで束ね、分厚い眼鏡をして、ヨレヨレの白衣を着ただらしない見てくれだった。彼は一升瓶をラッパ飲みしていた事から僕らが来るまでお酒を飲んで待っていたようだ。
「ええと、どうして希典先生がここに。それにそちらの方は……」
そしてうみちゃんはもう一人の男に恐る恐る視線を向ける。白髪でどことなく現人神を思わせる風貌のその男に。
「久しぶりだな、ナビ子」
「……ええ、そうデスね。トオルさん」
トオルさん。ナビ子ちゃんはハッキリとその名を口にしてブレードを解除した。大量の僕のインパクトで霞んでしまったけれど、数百年前に生きていた人間がこうしてここにいる事もなかなか驚くべき事には違いない。
「え、い、いや、ちょっと待て! お前はとっくの昔に死んでるはずダロ!? なんでここにいるんダ! ありえないダロ!」
光姫ちゃんはその異常な事に警戒心を強めつるぎちゃんを庇うように立ちふさがってしまうが、トオルさんはそれを見てどこか嬉しそうに微笑んだ。
「俺は別に悪鬼悪霊の類じゃない。そうカリカリすんな、キレてんのか?」
「キレてねぇヨ! というか初対面なのに気安く振るんじゃネェ!」
トオルさんは何故か光姫ちゃんのお約束のネタを知っていた。その理由が彼女にもわからず、どこか怯えているようにも見えた。
護られていたつるぎちゃんは困惑しつつも、後頭部をポリポリと掻いてようやく口を開く。
「どうして希典先生がこっちにいるのかとか、どうして数百年前のあんたが生きているんだとかいろいろと話を聞きたいけど、まずはカプセルの中に入っているのが何なのか教えてくれないか?」
「うん、いいよー。やれやれ、俺っちは忠告したんだけどねぇ……お前さんもしゃきっとせぇ」
「……………」
希典さんはうずくまる僕に冷たくそう言い放つ。だけどその時ナビ子ちゃんは優しく微笑んで僕に手を差し出してくれた。
「みのりさん、立てますか?」
「……う、うん……ちょっと気が動転したけど……」
その優しさに僕はようやく正気を取り戻し立ち上がる事が出来た。まだ正直、頭の中はぐちゃぐちゃでいっぱいいっぱいだったけど。