5-23 ナビ子とみのりが託した願い
ナビ子ちゃんは放心状態の僕に何かを言いたそうだったけれど、口をぎゅっとつぐんで機械の操作を続ける。
「……次の動画を再生します。これで最後のようデス」
そして最後の動画が再生される。そこには過去のナビ子ちゃんだけが映し出されていてほんのり緊張しているように見えた。
『えと、みのりさん、映ってますよね?』
『うん、問題ないよ。もう喋っていいから』
画面には映っていないけれど僕の声も聞こえる。きっと近くに過去の僕もいるのだろう。
『コホン。まずは未来のワタシに向けて。初めまして? いや、お久しぶりなのでしょうか。ともかく元気にしていますか? 相変わらず美味しいものは食べていますか?』
過去のナビ子ちゃんはえへへ、と照れたように笑う。だけどすぐに悲しそうな笑顔に戻ってしまった。
『細かい部分は端折りますがワタシのメモリーには今不具合が生まれています。今は問題ありませんが、やがてそのバグは大きくなり、ワタシはきっと全てを忘れてしまう事でしょう。終末だらずチャンネルの皆さんの事も、みのりさんの事も……だから、こうして記録を残す事にしました』
「……………」
過去のナビ子ちゃんは今の自分の身に起こっている事を予想していたらしい。それをわかっていながら彼女はこんな顔をしていたのだ。
『トオルさんはワタシの恋人デス。厳密には愛人二号デスが、いえ、これだけ言ったら何だかトオルさんがゲスっぽいデスね。クールキャラに見えて時々おバカな事をしましたが、ともかくワタシにとってはとても頼りがいがあって優しい人でした』
彼女が真っ先に名前を挙げたトオルというリーダーらしき少年。だけどその恋をした記憶も彼女は忘れていたんだ。
『ピーコさんはトオルさんの幼馴染で、終末だらずチャンネルのお母さんデス。とっても優しくて毎日美味しいごはんを作ってくれました。ちょっと嫉妬深くて、やっぱり面白いキャラ崩壊をしたりしてましたけどね』
過去のナビ子ちゃんは終末だらずチャンネルのメンバーの事を今のナビ子ちゃんに伝える。彼らが確かにこの世界にいたのだと、決して忘れてはいけない様に。
『キャシーさんは終末だらずチャンネルの動画主デス。いっつも楽しい事を考えていて、ワタシたちの物語はキャシーさんから始まりました。彼女のおかげでこの世界は救われたと言っても過言ではないでしょう』
だけど今のナビ子ちゃんはその事をずっとずっと忘れていた。それがどれだけ苦しかったのか僕は痛いほど気持ちがわかる。
『マルクスさんはキャシーさんの親友で、ちょっぴり中二……ゲフンゲフン、かっこいい事が好きな女の子デス。とっても強くて大きな剣でワタシたちをいつも護ってくれました。でも、本当は臆病で無理をしていたんデスけどね』
どれだけその日々が幸せでも。もう、それは過去の事で。
『ゴンさんはプロレスが好きで、おバカさんで、でもそれは誰かに構ってほしいっていう寂しさの裏返しで、本当はとても繊細な可愛らしい方でした。世界を救うために自分を犠牲にしようとしたくらい優しい人でした』
どれだけその日々が満ち足りていても。それは戻って来なくて。
過去のナビ子ちゃんは、必死で涙をこらえて話を続けた。
『銀二さんは女装が好きな男の娘で、ほんのりいじわるで、よくトオルさんやピーコさんをからかっていましたね。でもワタシにとってはいい人、でした?』
「ふふっ」
こんな場ですらフォローしきれなかった過去の自分がおかしく、今のナビ子ちゃんは涙目で笑みをこぼしてしまう。銀二という人はどんな人だったのだろうか。
『ともちゃんさんはワタシを作ってくれた方で、トオルさんたちの学校の先生でした。荒木の一族の使命に苦しんでいましたが最後には打ち勝つ事が出来ました。ともちゃんさんはちょっとお酒にだらしないところもありましたが、皆から愛される素敵な先生でした』
ともちゃんという人間はナビ子ちゃんにとっては母親同然だったのだろう。その名前を聞いた時切なそうな彼女は少しだけ嬉しそうな顔をした。
『クーさんはトオルさんの妹で、ピーコさん以上に嫉妬深いところがありましたが、基本的に相棒のもちぞうさんをもちもちするだけの可愛い子でした。旅をするうちにその心も成長して、義理のお母さんとも仲直りして今ではとっても仲良しさんデス。もちぞうさんはええと、最後まで正体がよくわかりませんでしたね。でもとても癒されるもちもちなので細かい事はいいでしょう』
人数的にもうすぐメッセージも終わる。ナビ子ちゃんは最後の最後まで聞き洩らさないように真剣な様子で映像を見ていた。
『がんめんちゃんはもふもふしていたのにまさか神様だったなんて思いもしませんでしたね。美味しいものが大好きでワタシとはグルメ仲間でした。ワタシたちをずっと見守ってくれていた優しい神様でした』
そして過去のナビ子ちゃんは最後であろう紹介を終えて、その瞳から雫をこぼしてしまう。
『皆さんとの毎日はとっても楽しくて、幸せで、ワタシの宝物でした。全部、全部忘れているとは思いますが、どうか皆さんの事を覚えていてください。ワタシへのお願いデス……!』
「っ」
そして今のナビ子ちゃんもこらえきれずに泣きだしてしまう。その願いは届かなかったから。
『……それと、もう一つ。みのりさんの事もお願いします。ただ、これは……』
過去のナビ子ちゃんは僕の事に言及し言葉を続けるのを躊躇った。それは感極まって、というのとは少し違うようにも見える。
『いいよ、僕が話すから』
その時画面に僕の姿が映し出された。相変わらず自分の知らない自分を見るというのは変な感じだけど、この不快極まる謎をどうにかするためちゃんと聞かなければいけないだろう。
『僕がこの映像を見ているという前提で話すけど、僕の事に関する真実はなかなかショッキングだから無理に知らなくてもいい。知らなくても元の世界には帰れるだろうし』
「……………」
過去の僕は今の僕を気遣ってくれる。だけどその事でより一層僕は恐怖心を募らせてしまう。
『全てを知りたければタイムカプセルの中にあるカードキーを持って星鳥駅の地下に向かうんだ。入り口の場所はわざわざ言わなくてもわかるよね。そこで僕に関するすべての真実が明らかになるから』
『……未来のワタシさん。みのりさんがどんな決断をしても、彼女を支えてくださいね』
「……もちろんデス」
ナビ子ちゃんは過去のナビ子ちゃんにそれを誓う。感情がぐちゃぐちゃなはずなのに、本当にそれが嬉しかった。
『どうせごねている僕に伝えておくよ。人は変わらずにはいられない。子供のままでいるのはやめるんだ。ナビ子ちゃんのために、そして僕自身のためにどうすればいいかわかるよね……変わる事は怖いかもしれない。それは僕が一番わかっている。けど大人になるんだ。未来に進むためにも。じゃあね、健闘を祈るよ』
『……頑張ってくださいね、みのりさん』
過去の僕は傷つける事を恐れ、誰も僕に言えなかった言葉をきっぱりと言い放った。
そして、動画はそこで終了する。