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5-19 タイムカプセルと白昼夢

 僕らが探し求めた様々な記憶が詰まったタイムカプセル。それを持つナビ子ちゃんの手はあまりの重さに震えているようにも見えた。


「じゃあ早速中を見てみようぜ!」

「は、はい!」


 つるぎちゃんに促されナビ子ちゃんは恐る恐る開封する。鋼鉄のカプセルは長い年月でも一切錆びついておらず簡単にパカ、と開ける事が出来た。


「こ、これは……」


 僕らは思わず息を飲む。その中は子供の玩具箱の様に統一性のないものが雑多に詰め込まれていたのだから。


 一番気になったのはノートパソコンサイズのよくわからない装置だけど、これは何なのか、どうやって使うのか全く想像出来ないから後回しにしよう。ナビ子ちゃんはまず茶色のキャスケットを手に取った。


「……………」


 きっとこの帽子は終末だらずチャンネルの誰かが使っていたものなのだろう。それを優しい目で見つめるナビ子ちゃんに僕は少し躊躇いつつ話を聞いてみる事にした。


「何か思い出した?」

「いいえ……でも、ワタシはここにあるものすべてに見覚えがあります」


 その帽子のほかには、地元のコーヒーの再現レシピ、中二っぽいアニメのDVD、矢○通の書いた本、拳銃と数発の弾丸、機械のモノクル、女性用の長いウィッグ、もちのような生き物の人形、金色の鳥の羽根、カニが描かれたアイスの棒などなど……他にもいろいろあったけど中に入っていたのは多くがガラクタ同然の物ばかりだった。


「っ」


 だけどナビ子ちゃんにはわかっていた。これは皆が生きた証なのだと。彼女は静かに、静かに泣き始めたんだ。


「ああ、こんなものまで。多分あの人デスね」


 ナビ子ちゃんはひよこ鑑定士に寝取られた人妻というDVDをみて思わず笑みをこぼしてしまった。ケースからして多分エッチなものだろう。けれどそんなものでもナビ子ちゃんにとっては大事な思い出でかけがえのない宝物なのだ。


 ここにあるものすべてに終末だらずチャンネルの物語がある。彼女はそれらを手に取り、宝物に宿った記憶を感じ取っていた。


「ようやく……ようやく、皆さんにまた会えました……ずっと忘れてしまって、ごめんなさい……! 最初から、皆さんはずっとワタシのそばにいてくれていたんデスね……!」


 ナビ子ちゃんはくしゃくしゃの顔で笑って、ボロボロと泣きじゃくっていた。けれど彼女だけでなく僕らも皆分かっている。


 もう、この世界に終末だらずチャンネルの人たちは生きていないんだって。いくら泣いても、生きて再会する事はもう二度とないのだ。


 不意に、優しい風が吹き抜ける。


 僕は、白昼夢にも似た光景を目の当たりにした。


『ほらー、掘って掘って掘りまくれー! ふぁいとー!』

『もっちもっち!』

(え?)


 そこには見知らぬ人たちがいたんだ。誰かが穴を掘る作業をする傍ら、一部は料理をしたり、タイムカプセルの容器を作成したりしている。今応援した女の子と、もちのような生き物、それにクールそうな女の子は何もしていなかったけど。


 梨の歴史館に瓦礫はなく、植物にも浸食されておらず、いたって文明的な美しさを保っていた。僕はそれでこれが過去の光景なのだと理解する。


『もー、妹ちゃんと銀ちゃんも手伝ってよー』

『ふふ、嫌だよ。そういう肉体労働はゴンの仕事だろう? 綺麗な僕の身体が汗臭くなっちゃう。今は男女平等な時代だから性別は関係ない。そういうのが苦手な僕はここでトオルが淹れてくれたコーヒーを飲むよ』

『チキショー、都合のいい時だけ男になりやがって!』


 ゴンと呼ばれた女の子がそう言ったので僕はかなりビックリしてしまう。ものすごく美少女なのに彼女は銀ちゃんという名前の男の子だったみたいだ。


『でもどうしよっかなー、ちょっとこの帽子には思い入れがあるから手放したくないような、うーん、ピィ~』

『ならば無理にタイムカプセルに入れなくてもよかろう。今は必要ないとはいえそれは大事なものなのだろう? 我はキャシーとの思い出の作品を入れるつもりだが』


 犬の耳としっぽが生えた女の子はキャスケットを持ち、しきりにしっぽを動かして悩む仕草をする。その相手をした黒いコートと不織布マスクを身に着けた女の子の手には中二なアニメのDVDが握られており、もうとっくに何を入れるか決めていたらしい。


 バチバチバチ。タイムカプセルからは火花が散って鉄マスクで顔を護っていた、機械のモノクルをつけた白衣の女の子は作業を終え、一息つく。


『おし、完成。一族の技術力を使って作ったから何百年経とうと核ミサイルが直撃しようと余裕で耐えれるぞ』

『おお、流石っす、ともちゃん。有り合わせの素材だけでこんないいものを作れるなんて!』

『まったく、人間の科学技術というものは凄いのう』

『ああ、もっと先生を誉めてくれ!』


 機械のモノクルをつけた女の子は、眼鏡の女の子と黄金の羽が生えた褐色の肌の少女に賛辞を貰うとふふん、とドヤ顔をした。先生って言っていたけど彼女は成人女性なのかな。


 そんな賑やかで楽しい風景を一人の高校生くらいの少年――トオルがカメラで撮影する。その隣にはナビ子ちゃんもいた。


『ふむ、いつも通りに騒がしいな。今回はそんなに笑いが取れる企画じゃないのに』

『それが終末だらずチャンネルデス。終末モノと言えばやっぱりタイムカプセルでしょう』


 その時のナビ子ちゃんがトオルに見せた笑顔は僕が見た事ないくらいに幸せそうだった。僕も何だか心が温かくなったけれど、同時に何とも言えない虚無感も感じてしまう。


 何故ならこれは幻だから。どれだけ幸せな光景だとしても、もう彼らは生きていないのだ。


『トオルさん』

『ん?』


 ナビ子ちゃんはトオルに対し儚げな笑みを見せた。その表情で彼もまたなんとなく何を言いたいのか察したらしく、真面目な顔になってしまう。


『ワタシは絶対に皆さんの事を忘れません。仮に途方もない年月が経って忘れたとしても、この楽しかったキラキラしていて幸せだった毎日を、絶対に思い出しますから』

『……ああ』


 トオルもきっとこの時点で全てを理解していたのだろう。


 彼女の覚悟を。そして待ち受ける過酷な運命を。


 幻は靄の様に霞み、次第に形を失っていく。

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