5-16 いつか強くなるために流す涙
ゴトン、ゴトン。
荒れたアスファルトの悪路をバスは一心不乱に走る。
浅い眠りから覚めた僕は周りを見渡し、すぐにヒロたちがいなくなっている事に気が付いた。どうやら皆向こうに戻ってしまったらしい。
東雲の空はまるで時が止まっているかのように虚しい。本来は世界がまだ眠っている時間帯だ。
ナビ子ちゃんは言葉の通り不眠不休で運転してくれていたようだ。終末だらずチャンネルに関する思い出を見つけ、僕をこの牢獄の世界から救い出すために必死で頑張っていた。
「ナビ子ちゃん」
「おはようございます。白倉へはまだまだなのでもう少し眠っていてもいいデスよ」
彼女は疲れた様子を一切出さず僕に微笑みかけてくれる。いや、実際ロボットだからそもそも疲れないんだけど。
「いや、いいよ。眼が冴えて眠れないんだ」
「そうデスか。ではお茶でも淹れましょうか?」
「お願い」
彼女がいつものようにお茶を淹れる作業をしている間も遠隔操作でバスは走り続ける。並列処理が出来ると言うけれど本当にどういう仕組みなのかな。
コプ、コプ。お茶を淹れる心地よい音を聞きながら僕は空を眺めた。
この終末の世界にも夜明けが訪れようとしている。暗闇に覆い隠された世界は太陽で照らされ見たくないものまで見える事だろう。
それは闇夜に生きる存在にとってはとても恐ろしい事なのだ。暗闇は彼らの身を隠し、身の安全を保ってくれるのだから。
「もしかしたら……この旅ももうすぐ終わるんだね」
「そうデスねー」
時間が経って落ち着いたナビ子ちゃんはまったりと紅茶を飲み、この世界を受け入れる。唯一の救いは変わらず僕の親友が隣にいてくれる事だろうか。
「でもみのりさんは何だか悲しそうデス。それは幸せな事なのに」
「まあね。なんだかんだで僕はこの静かな世界を楽しんでいたから」
「ふーむ、ナビ子は賑やかなほうがいいデス。終末だらずチャンネルの皆さんとの日々は基本的に毎日おバカで騒がしかったデスから」
ナビ子ちゃんは遠くを過去の日々を眺めた。そこにもちろん僕はいない。その事に僕はちょっぴり嫉妬してしまった。
「もちろん、みのりさんとの毎日も楽しかったデス。けれどやっぱり元の世界に帰れないみのりさんの事を思うと悲しくなりました。だから喜んでください」
「……うん、そうだね」
こんな事を言われたら本当の気持ちを言えない。だけど彼女にはそんなのお見通しだった。
「やっぱり、帰りたくないデスか? お母さんの事とか……」
「そう、だね」
ゴトン、ゴトン。バスの振動を感じているとだんだんボーっとしてくる。このまま何も返事をせず時が過ぎればどれだけいいだろう。
両手で握っていたコップにぽとりと、一つの雫が落ちる。
「怖いよ。すごく怖いよ。僕はあんな世界に帰りたくない」
僕の瞳からはとめどなく涙があふれる。それがとても悔しかった。
「どうして、どうして僕はこんなに弱いのかな。ナビ子ちゃんも辛いはずなのに僕は自分の事ばかりだ。僕はあの頃から、子供のまま何も変わっていない……」
「みのりさん」
そして、ナビ子ちゃんはいつの間にか僕を優しく抱きしめてくれていた。こんな事してほしくなかったのに。
ああ、また僕は……ナビ子ちゃんに甘えて。本当にクズだ。
「弱くてもいいんデス。強くならなくてもいいんデス。みのりさんには優しい心がありますから」
「……違うよ」
僕はそれを心の底から否定したかった。それは優しく見えているだけだから。
けど、僕もいつか、ナビ子ちゃんの笑顔に負けないくらい、強くなれる日が来るのかな。
その時は彼女を護ってあげよう。今までナビ子ちゃんがそうしてくれたように。
だけど今だけは……泣かせてほしかった。
すすり泣く僕を親友はずっと抱きしめてくれる。まるで母親が我が子にそうしてくれるかのように。