1-11 穏やかな終末とたんぽぽコーヒー
――そして、いくつもの季節が巡る。
ゴトン、ゴトン、ゴトン。
穴だらけのアスファルトの道路が奏でる心地よい振動に思わずウトウトとしてしまった僕は、夢の中でナビ子ちゃんと出会ったころの事を思い出していた。
バスの車内の窓から見える朝の光に照らされたコバルトブルーの海はどこまでも青く、途方もない虚しさが爽快だった。
ミャアミャアとなく白いウミネコは独りで当てもない旅を続け、僕はなんの気なしにその行方を追った。
ウミネコは青空にスゥ、と消えていく。世界に溶け消滅したというのならなんと羨ましい事だろうか。
「おはようデス、みのりさん」
「うん、よく寝れたよ」
バスはナビ子ちゃんが遠隔で動かせるし、並列操作も出来るので運転席に座る必要はない。だからこうしてすぐ隣でコーヒーを飲んでいても何も問題が無いのだ。
「みのりさんもたんぽぽコーヒーを飲みますか?」
「うん、お願い」
ポットから木製のコップに注がれるこのコポコポという音を聞くと何だかそれだけで幸せな気持ちになってくる。あまり美味しいものでもないけれど、嗜好品が少ない終末の世界では数少ない娯楽だった。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
僕はナビ子ちゃんからコップを受け取り、それを口に含んだ。
戦時中とかにコーヒーの代用品として生まれたたんぽぽコーヒーはやっぱりコーヒーとはなんか違うけど、ナビ子ちゃんの技術で美味しいものに変わっていた。でもやっぱり煮詰めたほうじ茶だよなあ、これ。
「昔はたんぽぽでコーヒーなんて、って思ったけど最近は味がわかるようになってきたよ」
口の中には後を引く苦味が広がる。まあ慣れればこれも悪くはない。
「ええ、みのりさんもあの頃からすっかり成長しましたから。出会ったころは男の子みたいだったのに、今ではすっかり可愛らしくなって」
「ナビ子ちゃんほどじゃないよ。背は伸びたけどさ」
僕が初めてこの世界に迷い込んだ時から年月は立ち、小学生だった僕は今では高校一年生に相当する年齢になっていた。
髪型は変わらずショートカットだし、スタイルもごく普通の日本人女性のつつましやかなもので、動きやすさを重視した山に入るような服装だから、もしかすればまだ男の子に間違えられるかもしれないけどね。
ちなみに服はナビ子ちゃんが繊維から作ってくれたものだ。今ナビ子ちゃんが来ているフリフリのメイド服みたいな衣装も彼女が自作した奴だけど、本当に何でも出来るんだなあ。
あれから白倉を中心にあちこちうろついたけれど、結局僕が元の世界に帰るための手段も、ナビ子ちゃんの記憶に関する大した情報も得られなかった。
でも僕の事に関してはとっくに諦めているし、むしろ見つかってしまっては困る。時々怪物に襲われるけど僕はこの世界を満喫していたんだ。
だって僕には理想の親友がいる。大勢でいて独りぼっちだった元の世界よりもこの終末の世界のほうがずっと幸せだった。
それは依存しているだけだし、こんな事を言ったらナビ子ちゃんは悲しい顔をするだろうから言うつもりはないけどね。
もしかしたら異世界転生とかじゃなくて、この世界の日々は僕が死の間際に見ている夢なのかもしれない。
だけどそれでもよかった。なぜならこの絶望は、少なくとも僕にとってはとても心安らぐものだったから。
ほろ苦いたんぽぽコーヒーは身体を内側から温めてくれる。原価ゼロ円の飲み物は大量に積まれたどんなケータリングよりも僕を満たしてくれたんだ。