5-3 大吉市でのんびり・続
――鈴木みのり視点から――
「ふわぁ」
球磨川の清流に竿を垂らして十数分。僕は退屈過ぎてあくびをしてしまった。固定したカメラはそんな僕のだらしない顏もばっちりと撮影している。
「平和デスねー」
「だねー。というかナビ子ちゃんならこんな事をしなくても魚を獲れるでしょ」
「これはあくまでも動画デスから、そこが悩ましいところデス」
ナビ子ちゃんはむぅ、と不満そうに竿をあげアユを一匹入手した。彼女の隣に置かれたバケツにはたくさんの魚が詰まっていて僕にその力量の差をまざまざと突き付ける。
「こんな普通の釣り動画なんかよりも、この前のナビ子ちゃんが川上りをしながら魚を捕獲した奴のほうが再生回数は稼げそうだけどね。おっとっと」
お喋りをしていると早速アユが餌に食いついた。僕は向こうの力加減を見切り、上手に合わせて勢いよく背をそらして獲物を釣り上げ、慣れた手つきで針からピチピチと暴れるアユを離し優しくバケツの中に入れた。
「みのりさんもすっかり釣りが上手になりましたねー。昔は虫や魚に触るのも嫌がっていたのに。女の子って大体そういうものじゃないデスか」
「必要に迫られたら誰だってそうなるよ。この世界に男らしさとか女らしさとかは必要ないし。それに魚釣り自体は前の世界でも少しだけ経験があったからね」
アユは触るとぬるぬるしてはいるけど今更どうとも思わない。この世界では、いやーんお魚触れないよぉ、なんてあざとい女は生きる事なんて出来ないのだ。
「それにしても、ナビ子ちゃんの記憶の手掛かりが全然見つからないね」
「そうデスねー。まあのんびりと行きましょう。焦ってもどうもなりませんし」
「そだねー」
ああ、このマイナスイオンは駄目だ。川のせせらぎは一流のオーケストラの様に心を癒してくれる。全身が浄化され、叶うならこのまま大自然の一部になり大地に還り眠りたい。
芸能活動に忙しかった昔が遠く思えてしまう。年をとったベテランの役者さんはしばしば田舎暮らしを始めたりするけど僕は早くもその境地に至ってしまったようだ。
ここに煩わしいものは何もない。ただどこまでも穏やかな日常があるだけだ。
スローライフ万歳。本当にずっとこんな毎日が続けばいいのにな。僕はもう向こうの世界になんて戻りたくなかったんだ。
「おや、バスの近くにお客さんが来たようデス」
「そっか、ならそろそろ切り上げようか」
遠隔カメラで来訪者を確認したナビ子ちゃんがそう言ったので僕は道具を片付ける。来訪者が誰なのかはあえて言う必要もないだろう。
徒歩数分の道を歩きバスに戻ると入り口の前にお客さんがいたけれど、僕らはもう驚く事はなかった。
「おかえりー」
「うん、ただいま。今来たところ?」
僕はつるぎちゃんに笑みを返してそう言った。ナビ子ちゃん以外からこんな事を言われるのはなんだか新鮮だなあ。
「ああ、ついさっき。今回はバスの近くに飛ばされて良かったよ」
ヒロもこの状況に慣れたもので特に怯える事無くのんびりとしていた。僕はメンタルがこうなるまで結構な時間がかかったのに意外とたくましいようだ。
「ヒロさんにつるぎさん、もう来てくれたんデスか!」
ナビ子ちゃんは嬉しそうにはしゃぎヒロとつるぎちゃんに駆け寄る。そして真っ先に足元に置かれた二つの大きなリュックサックに興味を示した。
「時にお二方。今回のお土産はどのようなものデスか?」
「お前の好きそうな食いもんとか、玩具とかいろいろ用意しておいたぞ」
「ウヒョー! あんたは神様か! 崇めてもよろしいデスか!?」
両手を合わせ拝み始めたヘンテコなロボットに二人は苦笑する事しか出来ない。でも、僕も二人のお土産はすごく楽しみだし率直に嬉しかった。
「取りあえず荷物の仕分けをしたいから中に入れてくれるか? 早めに冷蔵庫に入れたいものもあるし」
「もちろんデス!」
ナビ子ちゃんはすぐに扉を開けて二人を迎え入れる。今日も賑やかで楽しい夜になりそうだ。
「うーん、いろいろありますねー! 目移りしちゃいます!」
「ありゃ、こんなの入れたっけ。まあいいや。あ、そうだ、二人とも。今日は俺らとイイコトしないか?」
「ん?」
仕分け作業をしながらそう言ったヒロの言い回しはちょっぴりナンパっぽかったけど、そういうのではない事はすぐに理解出来る。だけどナビ子ちゃんはそれをわかっていながらわざとらしくプンプンと怒った。
「何をワタシの目の前で外道な口説きをしやがりますか。ワタシのスイートエンジェルに手を出そうものなら左腕が火を噴きますよ?」
「違うっつーの。ゲームだよ、ゲーム」
「うん、まあいいけど」
別に断る理由もないし僕は承諾する。ついでだし動画を撮るのもいいかもね。