4-34 川津の復讐
御門善治郎は、ひどく不愉快そうに町を歩いていた。
「ふんッ!」
彼はスタンド看板があるのを見つけ八つ当たりで無意味に蹴り飛ばし破壊する。周囲を歩いていた人間は危険な老人だと察知し即座に目をそらして距離を取った。
「よだきい、あんだらずが……!」
自分も嫌われている事は理解している。年をとるにつれて周囲の人間がどんどんいなくなった事も。そんな中で息子は唯一離れなかった人間だった。正確には親子の縁を切れず離れられなかったのだが。
だがそんな息子ですら自分に歯向かった。
御門善治郎はうつむきながら歩き続ける。何もかもが腹立たしい。無能な部下のせいで会社の経営も上手くいかず老後の貯えも心もとない。追い討ちをかけるように家も燃やされてしまった。
今の財力では息子に対して投資をするのも無理だろう。あれが残された頼みの綱だったのに、奨学金で国立大学に行かせて公務員にし、収入の半分をもらうという人生設計が大きく狂ってしまった。
だが自分にはもう這い上がる時間も残されていない。ただ華々しい生活を捨て冷や飯を食べながら死ぬのを待つだけだ。
全て社会と周りの人間のせいだ。自分は何も悪くないのにどうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。あまりにも惨めな自分に怒りがこみあげてくる。
「見つけましたよ、御門顧問」
「……ん?」
しかし、その時自分の名前を呼ぶ声が聞こえ彼は顔を見上げた。そこには死んだ目のやつれた見知らぬ男が立っていて、善治郎は訝しげな顔をしてしまう。
「誰じゃお前」
「あなたの会社にいた川津ですよ。やっぱり忘れていたんですね」
その名前を聞いて御門善治郎は少しだけ思い出す。確か川津は御門建材で係長だか課長を務めていた人間だ。どこにでもいる無能な社員なので彼は全く覚えていなかった。
「……ああ、お前か。ワシは今機嫌が悪い。話がしたいなら後にしてくれんか」
「あんたの都合は関係ありませんよ。俺はあんたに会うため神在からやってきたんです」
「あん?」
あんた、と言われ善治郎は苛立ってしまう。もう社長と部下と言う関係ではないが、最低限の礼儀も払わない常識のない人間に。
「あんたの無茶苦茶なアドバイスによって会社の経営が傾いた結果、俺はリストラされました。あんたは変わらず最高顧問の役職について、寄生虫の様に会社の金をむしり取っていたのに。あんたのせいで俺の人生は無茶苦茶になったんだ」
「知らんわそんなもん。そんな事を言いにここまで来たんか」
ああ、ようやく全部思い出した。確かにこいつは最近まで自分の会社で働いていた。彼はリストラをした時ひどく喚き散らしていたので記憶に残っている。
しかしだからどうしたというのだ。そんなのは自分のアドバイスを生かしきれなかった無能な部下の責任であり自分の知った事ではないというのに。
「まさか。俺はあんたに愚痴を言いに来たんじゃない。殺しに来たんだ」
「なっ!?」
川津は懐から包丁を取り出し瞳孔を開いて憎悪を滾らせる。その目つきで善治郎はすぐに冗談でない事を理解しすぐに後ずさった。
このままでは殺される。まったく今日はなんて日だ……ッ!