4-33 御門建材の危機
俺は取りあえず床に倒れているババアにも声をかける。結構派手に殴られ頬が腫れてはいたが死んではいないようだ。
「で、ばあちゃんはどうするんだ」
「くッ」
プルルルル。プルルルル。
しかし空気を読めないスマホが鳴動する。それはババアのカバンから聞こえ、彼女は一瞬気になったようだがすぐに忌々し気に父さんを睨みつけた。
「鳴ってるぞ、ばあちゃん。家や会社の事かもしれないし早く出たらいいんじゃないか」
「ふんッ!」
俺がそう言うとばあちゃんはひどく苛立ちスマホを操作する。俺は取りあえずその成り行きを見守る間この後の事を考えた。
「こんな時になんじゃい!」
ババアは怒りを隠そうともせずそのまま電話に応対した。相手の人には正直申しわけないと思っている。
「あ? ああ……ああ!?」
だがババアの顔は見る見るうちに青ざめていく。どうやら好ましくない事が起こったらしい。茫然自失となったババアがしばらくしてから電話を切ったところで、母さんは恐る恐る話しかけた。
「え、えと、どうしたんですか、お義母さん」
「会社に昔の社員が包丁を持ってやって来て、役員が刺されて、火をつけられて、火事になっとる……と」
「え、ええ?」
「っ」
ババアの口から飛び出たのはなかなか衝撃的な言葉だった。
会社の役員という事はうちの親族が刺されたという事でもあるが、俺は別にその事に心を痛めているわけではない。笛と鼓の音を原因とする事件かもしれないが、御門建材はアコギな金稼ぎをしていたし前述の通りマルチ商法の一件で祖父を恨んでいる人間もいる。遅かれ早かれいつかはこうなると思っていたし特段俺はどうとも思わなかった。
「犯人はじいさんはどこだと叫んでいて、場所を聞いて白倉に向かっとるらしい。今、警察からそう聞いた」
「そんな……」
心優しい母さんは怯えるが俺は内心ではほくそ笑んでしまう。俺からすれば天の助けというか、渡りに船というか、この上ない朗報だったのだから。
「わ、わかりました! では今から警察に行きましょう! すぐにお義父さんを探すので!」
「嫌じゃ!」
だが母さんの至極当然な提案をババアは怒鳴り跳ね除ける。彼女はそれが理解出来ず、ただただ狼狽えてしまった。
「どうせお前もわしの金を狙っとるんじゃろう! 自分一人で逃げるわい!」
「お、お義母さん!?」
ババアはカバンを持って立ち上がりいそいそと家から去っていく。後には俺と両親だけが残され、今度こそようやく家に平和が戻ったのだった。
「どうする、母さん、父さん」
「どうって……」
「うーん……正直僕は……」
身内の誰も祖父母を助けようと言い出す人間はいなかった。本当にどれだけ嫌われとんねんという話である。
だがもしかすれば襲撃者は笛と鼓によって狂った人間かもしれない。なのでひょっとしたら何らかの情報が手に入るかもしれないし俺は少しだけ興味があった。
「俺はじいちゃんを探しに行くから、父さんと母さんはばあちゃんを探すか警察に相談するなりしてくれ」
「う、うん!」
「あ、ああ」
そんな提案をしたので両親は驚いてしまうが、俺は善意であのジジイを助けに行くのではない。
もし俺が思っている犯人と違えば容赦なく見捨ててもいいだろう。命を懸けてまであんな奴を助ける義理はないし。