1-10 初めての動画投稿
ちまちまとバスの掃除をして作業も一段落し、一日が終わりへと向かう頃ようやくその時が訪れる。
一番星が輝き始めた暁に染まる空をバックにした野外会場。そこにちょこんとおかれた木製の背もたれのない椅子はいかにも手作り感にあふれて可愛らしかった。
ギターを担いでやってきた僕はそれをふむ、と眺める。なかなか味があり復帰ステージとしては申し分ない。
でもナビ子ちゃんはどこかな。あ、いたいた。
――そして僕らはその日を待ち続ける
その時、空を見上げていたナビ子ちゃんが不意に口ずさんでしまう。その綺麗な歌声に僕は魂が奪われ、身動きが取れなくなってしまったのだ。
――君にまた会うため
――何年も何十年も何百年も
――僕らは何度だって巡り合って友達になるんだ
――そしてまた会う日が来たのなら
――この歌を贈るよ
優しい歌が、終わる。
ナビ子ちゃんの天使のような歌声も相まって僕の魂は浄化されてしまった。どうしてか、僕はその歌を聞いて狂ってしまうほど懐かしい気持ちになってしまったんだ。
「ええと、その歌は」
「あ、すみません。空があまりにも美しかったので思わず歌ってしまいました」
ナビ子ちゃんはテヘ、と笑ったあと、こう言葉を続けた。
「メモリーの片隅にあった音階データを参考にしました。どこで聴いたのかは思い出せませんが」
「そっか。僕もどこかで聴いたような気がするんだよなあ。どこだっけ」
僕は無性に気になったけれどどうしても思い出せなかった。ただ、誰かの想いがこもった深い愛に満ちあふれた歌である事には間違いないだろう。
「うん、それじゃあその歌にしっくり合うような曲を演奏してみようか」
「え、はい、ナビ子は構いませんが」
こんな歌を聞いてしまえば創作意欲が刺激されてしまう。取りあえずメロディーだけでもいいから作ってみようか。
ナビ子ちゃんは最初からわかっていたかのように慣れた手つきでカメラをセッティングする。やっぱり機械だから使い方とかは全部熟知しているのかな。
「よいしょ、よいしょ。こんな感じデスかね。まあカメラを使わなくてもナビ子が見たものは自動的に録画されますけど」
「じゃどうしてわざわざ使うの?」
「ずっと埃を被っていたのに使ってあげないと可哀想じゃないデスか」
その二度手間な行為がよくわからず僕はそう尋ねると、彼女はさも当然であるかのようにそう言った。
「そっか。優しいんだね、ナビ子ちゃんは」
「それにワタシが映りません! のけ者は寂しいデス~」
「あはは、そうだね」
さて、そんなわけで収録スタートだ。前方にはナビ子ちゃんがセッティングしてくれたカメラがあって、右側に座る彼女も今か今かとその時を待っていた。
こんな事は慣れっこだったはずなのに僕は結構緊張していたんだ。それはきっと僕の一番のファンになってくれたナビ子ちゃんがそばにいる事が大きいだろう。
僕は呼吸を整え、深く考えず心に思い浮かんだ調べを奏でる。
先ほどの歌にインスピレーションを貰い即興で作った曲は、詩もなく、そんなに深いテーマも特に考えていない。あえて言うならこれはナビ子ちゃんの事をイメージした曲だ。
まずは静かで色が存在しない陰鬱な旋律を。多くの人はこの部分を聴くだけで世界に絶望し、死にたくなるほど途方もない悲壮感が漂う事だろう。
だけどそれはやがて訪れる希望の伏線に過ぎない。自分の世界を変えてくれる大切な人と出会った主人公の世界は草花が芽吹き、清々しい風が吹いて、厚く黒い雨雲は消え去りどこまでも果てしなく晴れ渡る蒼穹へと変わった。
希望があるから絶望が存在するのではない。絶望があるからこそ希望は、愛は、人間の中に存在する事が出来るのだ。
それはようやく巡り合えた親友に贈る最初のプレゼント。僕に出来る事はこれくらいだからね。
僕は何十年も歌い続けたように思考せずとも手が勝手に動いてしまう。曲が盛り上がるにつれて、暗闇の夜空には星が輝き始め世界は光に満ちあふれた。
ジャン。最後の音を響かせ演奏は終了する。ナビ子ちゃんは静かに拍手を送ってその余韻に浸ってくれていた。
「やっぱり、みのりさんはお上手デスね!」
「うん、でもやっぱりこの曲がなんの曲だったのか思い出せないなあ」
間違いない。僕はこの曲を知っている。このとめどなく溢れる悲しくも温かな感情が何よりの証拠だった。
「ええ、自分もよく覚えていませんがこれは大切な歌だった記憶があります。だからメロディーをつけてくれてありがとうございました」
「それはなによりだよ。オリジナルの改変かもしれないけどさ」
僕は取りあえず苦笑した。変え歌って著作権とかがめんどくさいからやりにくいんだよね。でもまあ、ご時世的に訴えられる心配はないだろうし別にいいか。
何にしたってナビ子ちゃんの笑顔が見れたし結果オーライだろう。あまり意味がないだろうけど、僕はカメラに向かって締めの言葉を言った。
「えと、そういうわけで初めての動画を投稿してみました。チャンネル登録よろしくお願いします」
「むー、なんか味気ないデス」
けれどその底辺動画主のような当たり障りのない台詞はナビ子ちゃんが満足いくものではなかったらしく、ちょっと微妙な顔をしてしまった。
やる気のなさが伝わってしまったのかな。でも実際誰も見ないだろうし。
「やっぱりチャンネルの名前を付けましょう! 動画にはチャンネル名が必要デス!」
「え、そうなのかな」
だけどどうやら違っていたようだ。でも折角の貴重な意見だし、僕は取りあえず考えてみる。
「名前かあ。うーん、どんなのがいいかな」
「そうデスねー、みんみんミラクルみのるんるん……パイルドライバー……風になれ……なんかしっくりこないデス」
「なかなか独特なセンスをしているね」
いくら考えても知識がない僕らにはありきたりでヘンテコな名前しか思い浮かばない。僕は一応考えてからこんな提案をしてみる。
「終末だらずチャンネルでいいんじゃないかな。ナビ子ちゃんはその人たちのメンバーだったんだから。多分だけど」
「終末だらずチャンネル、デスか」
ナビ子ちゃんは少しこそばゆそうな顔をして幸せそうにはにかんだ。どうやら気に入ったらしい。
「はい、そうしましょう!」
「うん! それじゃあ動画を見ている皆さん、終末だらずチャンネルのチャンネル登録をよろしくお願いします! それでは皆さん、よい終末を!」
僕は改めて締めの言葉を言った。こうして初めての動画撮影はとてもいい仕上がりになったのだった。
昔の終末だらずチャンネルの人たちも、こうしてナビ子ちゃんと一緒に楽しく動画を撮影して投稿していたのかな。
僕はそれが羨ましくて、ちょっぴり悲しかった。
所詮僕はナビ子ちゃんからすれば終末だらずチャンネルの代わりでしかないのだ。
けど、それでもいい。
代わりでもいい。僕はようやく出会えた親友を笑顔にしたかったんだ。
それになにより、僕自身が独りで生きられるほど強くなかったから。