4-31 親子の葛藤
何とも言えない気まずい空気の中、喧騒から離れた人気のない駐車場で俺とうみちゃんは購入した缶コーヒーを飲む。
しばらく無言の時間が流れたものの、俺は勇気を出して話を切り出した。
「父さんはそれなりの大学を出て就職したって、前に言いましたよね」
「うん」
俺はあの時言えなかった言葉を先生に言う事にした。話せば少しは楽になるだろうと救いを求めて。
「父さんは身の丈に合わない学歴を手に入れ失敗しました。一度高いハードルを飛べばもう二度と低いハードルは飛べなくなるんです」
学歴は良くも悪くもレッテルを張られる。普通の人間よりも優れて当然だと社会に出ればそんな扱いを受けるのだ。
「学歴を手に入れた人間は一生頑張らないといけないという事は前にも話しましたっけ。要領が悪い父さんは毎日上司からはこんな事も出来ないのかと罵倒され、同僚からは高学歴のくせにと馬鹿にされて、精神を病んで壊れました」
「……………」
「チャリティー番組に出るような障がい者は大体可愛い子供です。いい年したうつ病で統失のオッサンなんてまず出ません。実際はそういう人間がほとんどなのに、そうした人間の事を誰も理解しようとしてくれません……ただの甘えだって多くの人は言います。俺と母さんが周囲からどんな扱いを受けたのか、言わなくてもわかりますよね」
うみちゃんは、そんな面白くもない話を黙って聞いてくれる。
「俺もね、昔は病気だから、そういう障がいだからって理解しようとしました。けど母さんが朝から晩までパートをして、手が荒れ放題になるのを目の当たりにして、周りから負け犬の家族だって白い目で見られたらそりゃ嫌いになりますよ。父さんが障がい者の作業所に通っているような人間じゃなく普通のサラリーマンなら、俺たちも普通の人生を送れたんじゃないかって……そんな無意味な事を思うんです」
「そっか」
うみちゃんはそう相槌を打って、沈黙が流れた。
バザーの賑やかな声が遠くから聞こえてくる。こんな場所にいればどこか世界に取り残されたような気分になってしまう。
「私はね」
そして、うみちゃんは優しい眼差しでこう言った。
「私は御門君からすれば普通の家庭だったから、全部はわからないかもしれない。教師が生徒の家庭の事情に口出しすべきじゃないかもしれない。けど家族がバラバラなのはやっぱり悲しいから仲直りしたほうがいいんじゃないかな」
「仲直り、ですか」
「うん。もう一度信じてあげましょうよ。お父さんは少なくとも自分を変えようと一歩踏み出したんですから。御門君も今の話を聞く限り、やっぱりどこかではお父さんの味方でいたいんですよね」
「……………」
うみちゃんは俺が誤魔化していた思いをあっさり見抜き、ぐさりと心をえぐってくる。だけどそう上手くはいかないのが家族の問題なのだ。
でもそうだな。俺も変わらないといけないのかもしれない。そうじゃないとみのりに顔向け出来ないし。
「わかりましたよ。やるだけやってみます」
「はい!」
俺が苦笑しながら折れると、その答えが満足だったのかうみちゃんは笑顔になった。
「さて、約束どおり買ってほしいものがあります。気になる商品を見かけたので。俺を焚きつけた責任は取ってもらいます」
「わかりました、いいですよ! 先生に任せなさーい!」
頼られたうみちゃんはガッツポーズを取り可愛らしく気合を入れる。俺は彼女とともにバザーの会場へと戻ったのだった。
俺はうみちゃんとともに気になったブースに移動する。そこにはワゴンがあり、中には裸で無造作に入れられたゲームカセットの山があった。
「随分と懐かしいゲームですねー」
「ええ」
そこにあるものは俺が生まれる前に発売されたレトロゲームばかりだ。中にはプレミア価格がついているような名作もあるが、販売している人間は価値を知らないのかそのすべてが二束三文で売られている。それはそれで欲しいけれど安定性を求めるなら移植版やダウンロード版を買った方が確実だし、今回の目当てはそれではない。
「ポート○ア連続殺人事件、ス○ィートホーム、風雲○けし城、ス○ランカーに源○討魔伝、スト○イダー飛竜、わあ、暴○ん坊天狗に魂○羅もありますよー。これはチャ○ルズクエストですね、磯○貴理子さんが出演してるから買ってみてはどうですか?」
「まじっすか。いやいやなんでそんなにうみちゃんはレトロゲーに詳しいんですか?」
一部は転売すればいい小遣い稼ぎになりそうだが、その一線を越えてはいけないからここはグッと我慢しよう。けどうみちゃんってこっち側の人間だったんだな。
販売した人間は長年ゲーマーをしていたのか、彼女が興味を示した黎明期のソフトから俺たちが子供の頃くらいに発売されたものもある。俺は後のほうの年代に絞ってソフトの山を漁った。
「お」
そして俺はあるゲームソフトを発見した。それは長年愛されているレースゲームの初期の作品で俺にとっては思い出深いゲームである。最大四人プレイまで出来るので大人も子供も含めて皆でよく遊んだものだ。
多分自宅にもあるとは思うが押入れを漁って見つけるのが面倒だ。それに先生の顔を立てるという意味合いもあるしここは買ってもらうとしよう。
「それにするの?」
「ええ、昔父さんや母さんと一緒にこれで遊んだことがあります。思えばこれがゲーマーの始まりでしたね」
俺は昔の事を思い出す。父さんは少しでも俺と触れ合おうとなけなしの工賃で買った安いレトロゲームで俺の気を引いたっけ。おかげでこんなゲーム廃人が生まれてしまったけれど。
値段もワンコインで買えるお手軽価格。果たして効果があるかはわからないが、数百円で家族の絆が少しでも戻るのなら安いものだろう。
「うん、でもちょっとついでにあれとかこれとか買ってもいいかな?」
「はは、構いませんよ」
うみちゃんは上機嫌でレトロゲームをごっそり大人買いしていく。ホクホクした笑顔の彼女からレースゲームのカセットを受け取り俺は早速会場を後にしたのだった。