4-23 光姫と真壁家の絆
バスに戻る道すがら、光姫ちゃんは不意に謝罪をした。
「なー、ヒロ。その、悪かったな、ちゃんと謝ってなくて。つるぎには謝ったケド」
だけど、ヒロはどの事を言っているのかわからないようだった。
「ん? 今の事か? 謝られる心当たりがあり過ぎるけど」
「さらっとディスるナ。違う違う、誤解をした事ダ。考えてみればお前がつるぎに手を出す事なんてねーよナ。改めて謝罪をさせてクレ」
彼女とヒロの間になにがあったのかはわからないけど何となく想像は出来る。僕には直接関係ないけど気になったから耳を傾ける事にした。
「そうだなー、手を出したら最後ジャーマンからのキングコングニードロップが飛んでくる。霊長類最強のあいつを襲おうだなんて勇気がある奴がいたら俺は心の底から拍手を送るよ」
「ん。まあ、おめーは仮につるぎが文学少女でもそういう事はしないだろうケド」
二人の間にはいつの間にか信頼関係が出来ており、僕はちょっとだけ驚いた。
「二人って実は仲がいいんだね。最初は犬猿の仲かと思ったけど」
いや、違うな。僕が気付かなかっただけで最初からそこそこ仲は良かったはずなんだ。一見さんにはわからないだろうけど。
「別に仲良くはないナ。まあつるぎの知り合いだから最低限の礼儀は払ってるケド」
「え、お前俺に礼儀を払った事なんて今まで一度たりともあったか? 毎回毎回放送禁止用語で罵倒しやがって」
ヒロは失笑したあと、ふむ、と考えてこう切り出す。
「でもまあお前は確かにあいつ以外とは仲良くしないから、そういう意味では俺は数少ない親友になるのか? つまりはツンデレなんだな。俺がМなのを知っていて喜ばせるために殴ったり罵ったりしてくれていたのか」
「うわぁキモォ」
「ごちそうさまです。とても気持ちよくなる視線だ。何故なら俺はМだからな」
「うわぁ……」
年月は残酷だ。大人になっていくにつれて特殊な性癖に目覚めた僕の親友は遠いところに行ってしまったらしい。もう親友やめようかな。
「そもそも光姫ちゃんはどうしてつるぎちゃんと仲良くしようと思ったの? 恩がある、って言ってたけど」
僕はなんの気なしにそう言ってすぐにしまったと気が付く。彼女はお母さんが密入国して日本に来たと言っていたし、悲しい話である事は容易に想像出来たのだから。
「そうだな、お前にもちゃんと話すカ。そんな面白いものでもないケド」
「う、うん」
だけど光姫ちゃんは話してくれる事を決意する。それはきっと勇気がいる事なのに。
「アタシの媽媽は闇子でサ。今は廃止された一人っ子政策の負の遺産だネ。んで、戸籍もなくて社会的な保障も真っ当な教育も受けられなかったから、日本に密入国して働く事にしたんダ。ま、実際は騙されて莫大な借金を背負わされて、風俗で朝から晩まで働かされたケド」
「っ」
それはなかなかにショッキングな告白で僕は言葉を失ってしまう。そういう人がいる事はニュースでは知っていたけど、実際目の前にするとそれは現実で起こっている事なのだと思い知らされてしまう。
「んで、媽媽はアタシを妊娠シタ。父親は誰なのかアタシも知らない。まあ客の一人だろうケドサ。そいでアタシを産んだせいで貧乏生活に拍車がかかって、親子ともどもクソ日本人に虐められながら毎日を過ごしたわけだけド、ある時媽媽が働いていた店が摘発されて入管に連れていかれたんダ」
僕は光姫ちゃんが日本人を目の敵にしている事にはとっくに気が付いていた。だけどその理由を知ってしまえば到底怒る気にはなれない。彼女の気が済むのなら罵倒の言葉なんて甘んじて受け入れたかった。
「媽媽は客から変な病気をうつされていたのに入管の連中は病院にも連れて行かず見殺しにしようとシタ。アタシも行く当てがなくて、どうしていいかわからずただ病院に連れて行ってもらうようクソみたいな連中に泣きながら頭を下げる事しか出来なかった。そんな時ダヨ、つるぎの親父さんたちと出会ったのは」
彼女がその事に言及した時フッと優しい笑みになる。そして光姫ちゃんは続けた。
「ご近所さんがつるぎのお袋さんと知り合いでどうにか助けてほしいって泣きついたんダ。それで凄い弁護士の人を雇って、親父さんたちは入管に乗り込んで、ものすごい剣幕で啖呵を切って。その時に逆ギレした入管の人が言った言葉も全部録音して気が付いたら何とかなってたヨ。ついでにその入管が今までしてきた不法滞在の外国人への虐待とか、汚職とかもバラシて、大量の職員のクビを飛ばして、法務大臣に頭を下げさせてナ」
「俺はそこまで興味がなかったがかなりニュースになったなあ。国連で槍玉にあげられて、日本のお偉いさんがたが平謝りをしてさ」
「へぇ……おじさんたちらしいっていうか」
僕は驚きつつも同時に納得する。僕の知っている真壁夫妻は理不尽な仕打ちから子供を護るためなら、たとえ見知らぬ人間だとしても国家権力にだって楯突くそんな人だ。そういう立派な人だからつるぎちゃんも真っ直ぐな子に育ったのだろう。
「で、媽媽は強制送還を免れて今保護シェルターみたいなところで資格を取る勉強をしながら生活してるケド、アタシはなんやかんやで真壁家の居候になったのサ。生活とか、お金を貯めるっていう理由だけじゃなくてやっぱり恩を返したかったからナ。ま、そういうわけでつるぎとも仲良くなったわけダ」
「いろいろあったんだね。まさかここまで波乱万丈な友情物語があったなんて」
「まーな、本当にいろいろあったヨ。もし親父さんたちと出会えてなかったラ、アタシはきっとグレていただろうサ。本当に感謝しかないヨ」
なかなかヘビーな話だけど最後はハッピーエンドになって僕はホッとする。光姫ちゃんも今は幸せなら取りあえずは良かったのかな。
僕はふと、光姫ちゃんが悪い人になった未来を想像してみる。純粋な彼女は良くも悪くも周囲の人の感情に簡単に染まってしまう。きっと少し間違えればそういう世界もあったのだろうな。
「やれやれ、長話をしたら何だか疲れたヨ。ここまで話すつもりはなかったんだけどナ」
「うん、話してくれてありがとうね」
僕は光姫ちゃんにお礼を言った。僕がつるぎちゃんの知り合いという事もあるんだろうけど、やっぱり仲良くしてもらうと嬉しいよね。
気が強そうで最初は苦手意識を持っていたけど、一緒にウサギをもふもふした事で僕らはすっかり打ち解ける事が出来たのだった。