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1-9 遥か彼方、在りし日の矢〇通のDVDとギターと

 メンテナンス作業と言っても機械の知識がない僕に出来る事はそんなにない。精々室内の掃除をするくらいだ。


 ナビ子ちゃんが手入れをしていたとはいえ、中にある物は長い年月で朽ち果ててしまっている。


 だけど機材は先ほど言ったように無事でそれがかなり不思議だった。こういうのは十数年も経てば壊れるはずなのに。


「このバスはどんな人が使っていたのかな。取りあえずさっきからやたらプロレスのDVDが、特に矢○通の奴が大量に見つかってるからプロレスが好きな人が乗っていたのは間違いないだろうけど」

「ええ、ワタシもどういうわけかプロレス技を体で覚えているんデス。強力からの鬼殺し、ハイフライフローやレインメーカー、ナガタロックにアルゼンチンバックブリーカーでも大体の技は使えますよ?」

「使う機会はなさそうだけどね」


 自慢げに力こぶを作る仕草をしたナビ子ちゃんにはは、と笑いながら僕はそう返事をした。


「でもDVDかあ。さすがに劣化してもう読み取れないよね」

「はい、DVDだけでなく投稿されていた動画も全部閲覧出来なくなっているので本当に残念デスね。まああちらに関しては経年劣化が原因かどうかは不明デスが。そもそもネットやサイトが利用出来る事自体があり得ないので」

「そうだねー」


 ネット環境に関してはさっぱりわからないので考えるだけ時間の無駄だろう。それ以前にそもそも僕はインターネットの仕組み自体よく知らないし。


「で、ほとんどが壊れているわけだけど、どうするの、これ? どこかに捨てるっていうのもなんかちょっと悪い気もするけど」

「取りあえず梨の歴史館に運びましょうか。壊れていてもこれは誰かの大切な思い出デスから」

「わかった」


 ここにあるものはその多くがガラクタになってしまったけど、きっと終末だらずチャンネルという人たちの生きた証なのだ。


「そして同時にワタシの大切な思い出でもあります。本当に、思い出せないのが悲しいデスけど」

「……うん」


 そう言ったナビ子ちゃんは切なそうにゲームソフトのケースを手に取った。僕も大切に扱わないとね。


 僕は丁寧に運搬作業を始め倉庫代わりに使っている部屋に入った。だけどその時奇妙なものを発見してしまう。


 それは年代物のアコースティックギターだった。壁に立てかけられたそれはなかなか良いもので、見ただけで一級品である事が理解出来る。


「あれ、ギターがある。これも終末だらずチャンネルの人が使っていたやつなのかな」


 流れからするとそう考えるのが妥当だ。だけどそのアコースティックギターは壊れておらずほかのものと比べてそんなに古そうではない。そもそもアコギは古いもののほうが良かったりするし、ちゃんと手入れをすれば百年ぐらいは持つけども。


「ああ、それは多分違うと思います。なんかいつの間にかここにありましたから。メモリーが損傷しているため経緯は覚えていませんけど、取りあえずいつでも使えるようにナビ子がメンテナンスしておきました」

「ふーん」


 僕は一旦バスの中から回収したものを部屋に置き、そのアコースティックギターを眺めた。


 シンプルな昔ながらの木製のギターは薄暗い部屋にたたずむ。僕はそれを見てまるで旧友に再会したような懐かしい気持ちになったのだ。


 このギターはずっと僕を待ってくれていたんだ。何年も、何十年も、何百年も。そんな馬鹿馬鹿しい考えが浮かんでしまうほど味わい深い風貌をしていたんだ。


「弾いてみたいデスか? みのりさんの演奏をワタシは聴いてみたいデス!」

「え、いや」


 ナビ子ちゃんがワクワクした表情でそう言ったので僕は慌ててギターから目をそらした。でも、本当にこのギターは匠の逸品だし、音楽に関わった人間として一度は弾いてみたい衝動に駆られてしまう。


 僕は悩んだ。そしてしばらくして、それを決断した。


「まあ、ちょっとだけなら」

「おお!」


 その言葉にナビ子ちゃんは手を叩いて喜んだ。作業を一旦中断し、僕はギターとピックを手に取って軽く演奏してみる。


 演奏する準備が整った時僕はまるでそれが身体の一部であるかのような錯覚に陥った。長年連れ添った老夫婦のように僕は彼と一体化する。


 何も考えず、縁側でとりとめのない会話をするように僕は演奏を始めた。郷愁を誘う心地よいメロディーに僕は意識を失ってしまったんだ。


 音と魂が溶けあい、何も考えずに音を楽しむ。


 それは仰々しいコンサートホールのものとは違う選ばれた金持ちの道楽のための音なんかじゃない。僕の瞳の奥には庶民が街角で酒を飲みながら歌い踊る光景が浮かび、純粋に楽しいだけの時間が終末の世界に訪れた。


 生前あんな事があったのに僕はやはり音楽の魔力からは逃れられなかったらしい。結局あれだけ否定しておいて僕は根っからの音楽家だったというわけか。


 演奏が終わり、しばらくしてから拍手が捧げられた。


「ブラボーデス! みのりさん、お上手なんデスね!」

「一応これでお金を稼いでいたからね。向こうの世界ではそこそこ業界で名前が知られていたからさ」


 僕はすべてを話さず感動するナビ子ちゃんに一部分だけを伝えた。僕にとってはあの日々は必ずしもいい記憶じゃなかったからさ……。


 でも、僕はもっと、ようやく巡り合えたこのギターを弾きたかった。彼もそう言っている気がしたんだ。


 そして僕は決意する。ほかでもない僕自身のために。


「うん、する事もないし音楽の動画でも投稿しようか。どうせ誰も見ないだろうけど」

「はい! 大歓迎デスよ!」


 ナビ子ちゃんは僕の複雑な胸の内を知る由もなく手放しで喜んでくれていた。


 動画を投稿する、その行為に意味があるとは思えないけれど、余計な事を気にせず純粋に音楽を楽しめるのならそれはこの上なく喜ばしい事だった。


 だって全てを失ってもやっぱり僕は音楽が好きだったからさ。仕方ないよね?

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