赤いバイク
小さな町の小さな物語
①空へと届くハガキ
赤いバイクで潮風を切る。
今日も僕はこの町を駆け巡る。
海も山もあるこの大好きな町を。
大事なモノを届ける為に駆け巡る。
赤いバイクとは郵便局のバイクだ。
僕はこの町の郵便局員。毎日バイクで郵便物をみんなの所へと届ける仕事をしている。
この仕事が大好きだ。
「いってきます!」
小さな町なのでだいたい行く家はいつも決まっていて、その人たちとも顔見知りの様なものだった。今日も同じお宅へといつもの絵はがきを届ける。週一ぐらいに届く、孫が描いただろうそれは毎回見るたびに心が温かくなった。
「郵便屋さんありがとう。」
いつものおじいさんではなく今日はおばあさんが待っていた。不思議に思って尋ねてみる事にした。
「こんにちは!あの…いつものおじいさんは?」
いつも郵便受けの前でニコニコしながら待っているおじいさんの姿を思い出す。
おばあさんは絵はがきに目を向け、悲しい顔をし少し俯きながら話した。
「おじいさんね…三日前に熱中症で倒れてしまってそのまま亡くなってしまったの。」
「えっ?!」
「暑いからやめなさいって言ったのに…孫に野菜をまた送るだなんて張り切っちゃってね。なかなか帰って来ないから見に行ったら倒れてて…そのまま…。」
…あのおじいさんが?
「いつも、あの人はこの絵はがきを楽しみにしていたのよ。届けてくれてありがとう。あの人もきっと空から見てるわね…。」
「…はい。」
おばあさんは涙を頬から流しながら、その絵はがきを空に向けて青と重ねた。今日の絵はがきは空の絵で「おじいちゃん、げんきですか?」
と可愛い文字で書かれている。
その絵とその言葉が空と同化した様で
一枚の大きな絵はがきとなった。
『いつもありがとう。』
そう聞こえた気がした。
「また来ますね。さようなら。」
頭を下げてまたバイクへと跨った。おばあさんは涙を滲ませながら手を振り、微笑んだ。
また風を切りながら僕はバイクを走らせる。涙を堪えながら…。命の尊さと儚さを感じながら…。
②何通ものラブレター
次のアパートには毎週手紙を届けている。綺麗な文字と可愛らしい便箋。遠い所からのラブレターだろうか。
郵便受けにその手紙を入れようとした時、
「あっ、それ俺宛ての?」
と背後から声が聞こえて振り向いた。
この手紙の宛先の主の様だ。ジャージ姿で髭を生やした長身の男の人。ビニール袋を右手に下げている。はい、とその手紙を渡すと左手でさっと受け取った。
「またか…。」と呟いた声が耳に届いた。
「彼女さんですか?」つい余計な事を聞いてしまい、ハッとするが…「違う。」と意外な返事が返ってくる。
「元カノだ。ラブレターではない、ただの日常を書いた手紙。」
「でも毎週書くなんてあなたの事好きなんですね?」
あっまた余計な事を、と思って口を手で塞ぐ。
「はっ?」
長身の彼は目を丸くして僕を見ていた。
そんなワケないだろっと顔に書いてありそうだ。
「そういうのって…」
僕は思わずまた話を続けてしまった。
「意外に文面にメッセージや暗号が隠されていそうですよね。」ワケの分からない事を口走ってしまったが、彼は目を見開き何かを思いついた様な顔をしている。
「ありがとう。」
と言ってアパートの階段を急いで上っていく彼の後ろ姿を僕は見送った。
余計な事を言ってしまったと思いながらも、彼らの何かが変わればいいなと期待しながら…またバイクを走らせる。
彼は急いで彼女からもらった手紙を全部開封した。頭文字を順番に丸を付け、順に声に出して読んでみると…。
カンカンカンッ…
アパートの階段を急いで下りていく。小さな黒いボストンバッグを持ちながら息が切れる。
バス停まで走っていく途中でさっきの暗号を思い出して口元が緩む。
「あ な た を い ま で も あ い し て る」
何で今まで気付かなかったのだろう?
俺も君を忘れられなかった。遠距離恋愛ってだけで逃げてしまって…君を傷つけて。それから彼女の手紙を待ってるだけで、自分から何にも変えようとしなかったんだ。
「俺も今でも愛してる。」
次の週に僕はいつものアパートに手紙を届けるでもなく、通り掛かると…
Tシャツ姿の長身の彼と髪の長い女の人が、手を繋ぎながらアパートの階段を上っているのを見かけた。
とても幸せそうで良かったなと思いながら、また僕は次のお宅へとバイクを走らせた。
③海を渡る絵はがき
「普通郵便お願いします。」
「はい。」
月に何回か来る彼女は、フリマアプリで売れた商品を送りによくここに来る。こんな小さな町からでも簡単に全国に送れてしまうこの世の中が凄い。
彼女は栗色のふわふわの髪をしていて肌が白くてお人形さんの様で可愛い。僕はずっと彼女に恋をしていた。でもどうにかしたいだなんて思っていなかった。
そんなある日、この町の唯一のコンビニで彼女と偶然会ったのだ。
「あ、郵便屋さん?」
「あ、」
ちゃんとした格好をしてれば良かったなと後悔をした。なんか恥ずかしくて…買ったコンビニ弁当をお尻に隠した。
「お家この辺ですか?」
「は、はい…。」
海辺の道を彼女と歩けるなんて夢の様だ。なんか喋らなきゃと思いながらも、なかなか上手く言葉が出てこない。そんな時、オレンジ色の海を見つめる彼女の横顔が悲しそうに見えた。
そのオレンジが彼女の白さを際立たせている。
「な、何かあったのですか?」
「えっ…」
「何か悲しそうだったので…。」
また僕は余計な事を…彼女が困っている。
「郵便屋さん、遠い海外に絵はがきって送れますよね?」
「はい、もちろん。」
「彼が海外に行くから別れたんです。だから絵はがきでも送ろうと思って…。」
その瞳には涙が滲み、オレンジ色が写って美しいがとても悲しそうだった。その時に僕の恋は終わりを告げたが…そんな事より彼女が悲しいのが嫌だった。
「まだ彼が好きなんでしょう?だったら一緒に海外に行けばいいんじゃないですか?」
「えっ?」
「あ、すみません!余計な事を…。」
彼女はクィッと顔を上げ、涙を人差し指で拭いながら恥ずかしそうに呟いた。
「ま、まだ間に合いますかね?」
「はい、きっと彼も待ってますよ。」
「郵便屋さん、ありがとう!」
その笑顔は本当に綺麗で可愛くて…夕陽と共に僕の目に焼き付いた。痛いぐらいに。
きっともう彼女には会えないだろう。
あれから郵便局に彼女は現れなかった。
唯一のコンビニにも。
でも悲しくはなかった。彼女が幸せでいるのならそれでいいと思えたから。それだけでまた僕は頑張れるんだ。
この町が大好きで
この町の人たちが大好きで
この仕事が大好きで
このバイクが大好きで…
きっとずっと走り続ける。
少し経ったある日、郵便局に一枚のはがきが届いた。僕宛ての絵はがき。海外から届いたモノだ。
「郵便屋さん、ありがとう。私は幸せです。」
end