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テンプレ転生なんてしたくない!【後編】

「ん…………」


 目が覚める。

 とても長い間、眠っていたような気がする。

 寝返りを打って起き上がると、小さくあくびをした。


「くぁ……」


 口から零れた声は、俺の物のようであって微妙に俺のものではなかった。

 空には太陽が高く上がり、俺は自分が木の下で寝ていることに気づいた。

 腰には長剣、衣服は比較的動きやすさを重視したものだ。上からローブを羽織っている。

 眠気眼のまま何気なく自分の髪を漉くと、それが黒でも金でもない赤髪であることに気づく。


 何でこんなところで一人で寝てたんだっけ……?


「………………あ」


 そこですべてを思い出す。

 俺こと、鈴木隼人は、この世界に転生してきたのだ。

 この世界での俺の名前は、レクト・フォン・アスマール。

 アスマール辺境伯領家五男に生まれ、継承権も無いために家を飛び出し冒険者稼業で食い扶持を稼いできた18歳。

 どうやら、この18年間、俺は転生前の記憶を持たずにレクトとしてずっと生きてきたらしい。


 その事実に絶句する。

 だが、あまりの現実に感情が高ぶった俺は思わず叫んだ。


「…………いや、幼少期スキップかよ!!」


 空に向かって俺が吠えると、木に止まっていた小鳥たちが一斉に飛び立った。

 あたりは平原。俺以外の人間の姿も無く、どうやら野宿をしていたらしい。


「うむ、目覚めたか」


 どこからか腹立たしい声が聞こえる。姿は見えないその声は、俺の主観ではつい先ほどまで聞いていた声に相違ない。


「神様、これどういう感じなんですか」


「うむ。お主は、レクト・フォン・アスマールとしてこの世界に生を受けた。じゃが、正直18の男が小さい子供をやるのは厳しいじゃろ。じゃから、同じ歳になってからお主の記憶がよみがえるようにしたのじゃ」


「うん、それもまたテンプレだね」


 読者は赤子時代や幼少期の描写を求めていないことが多い。そのため、転生ものでは幼少期が飛ばされ「10歳になったんだけど、なんかこのタイミングで前世の記憶がよみがえったわ!」みたいな展開が多い。

 案の定俺はまたテンプレに飲み込まれてしまったわけだ。


 俺の前世の記憶とは別に、この18年間レクトとして生きてきた記憶があることに何とも言えない違和感を感じる。

 世の中の転生主人公の皆さんは、ここらへんどうやってすり合わせてるんですか?


 俺が頭痛すら覚え始めていたタイミングで、神の声は「ふぉっふぉっふぉ」と笑った。


「ちなみに、お主には類まれなる身体能力と魔法の才能を与えておる」


「はい?」


 思わず聞き返す。もはやこの世界に魔法があることに驚きも無い。

 だが、一方で俺がそんな才能を持っているというのはおかしい。

 俺の持つレクトの記憶では、そんなに抜きんでた能力があったようには思えない。


「うむ。お主の意識の覚醒に合わせて解放されるようにしておいたからのう」


 器用なことしますね、神様。


「恐らく地上でも最強、もしくはそれに準ずる力を発揮できるじゃろう」


「おい、何してくれてんだ。俺言ったよな、テンプレ転生は嫌だって」


「うむ。平凡な人生が嫌なのじゃろう。じゃから、能力をてんこ盛りにしておいたぞ」


「違ぁう!! そうじゃない!!! そうじゃあらせられないんですよ、神様!」


 案の定俺の意図は適切に伝わっていなかった。

 身体能力に魔法の才能? そんなものを雑に与えられるなんて、それこそテンプレ転生そのものだ。


「試しに『ステータスオープン』と唱えてみろ」


「え、嫌ですよ。ステータス開くんでしょ。それで何かよく分かんないけどすさまじい数値とか、めちゃくちゃなスキルとかいっぱい書いてあるんでしょ」


 そんなものを見せつけられたら、あまりのテンプレっぷりに胃の中のものを全て吐き出してしまうかもしれない。


 そもそも、そこそこの貴族の家に五男として生まれるという俺の出自からしてテンプレだ。それなりに不自由ない生活と資金面のバックアップは受けつつ、継承権に直接かかわりがないから身軽。何ともまあ都合の良い地位だ。


 レクトの記憶を漁っても、長男と次男は性格が悪く、弟たちをよくイジメていた。そんなところまでよくある話にしなくても良くない? それが許されるのはシンデレラまでじゃない?


 というか、レクト君の冒険者という職業がもはやテンプレだ。異世界とかいうの、冒険者しか職業無いんですか? ひよこ鑑定士とか湖の水質調査員とかやりたかったけど。


「…………どうしてこんなテンプレまみれの転生になっちまったんだ……」


 どうしても何も、神が正しく俺の意図を汲んでくれなかったからなのだが。


「ふぉっふぉっふぉ。困惑する気持ちも分かるぞ」


「神様、神のくせに俺の心は読めないんですか?」


 俺の悪態にも神は「ふぉっふぉっふぉ」と愉快そうに笑うだけだ。おい、こいつ意図的にやってないか。


「では、儂はこれで去ろう。よい異世界ライフを満喫するんじゃぞ」


「ちょ、待てよ!」


「儂を呼び出したいときは気軽に『Hey、神!』と呼ぶのじゃ」


 そんなカジュアルな呼び出し方ある?


 俺が絶句していると、頭の中にあった気配が消える。どうやら、あいつは直接脳内に入り込む系の神様だったらしい。二度と人の頭の中を土足で荒らさないで欲しい。


 ……というか思い出してきたぞ。何でここで一人で寝てたか。


「…………そういやパーティ追放されたんだった……」


 冒険者としてやってきた仲間たちについ昨日「本当の仲間じゃない」と言われて追放されたのだった。何だよ、本物の仲間って。思春期こじらせた高校生か?


「……ひとまず街に戻るか」


 どうやら俺は町でクエストを受けてモンスターをソロで狩っている最中だったようだ。モンスター自体は狩り終えたようで、あとは冒険者ギルドに戻って報告するだけだ。


 もう、クエストとか冒険者ギルドとかいう言葉からして「あ、はい」感が強い。


「はぁぁぁぁぁぁぁ」


 長い溜息を洩らしながら、俺はとぼとぼと帰路につくのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 町に戻る道中、俺は記憶を整理していた。


 人一人の18年間の人生だ。それが急に頭の中に入り込んできたら、混乱するなと言う方が無理がある。

 だが、永延に続くかと思っていた作業も思いのほかあっさりと終わった。

 何故なら、レクトの人生はほとんどテンプレ通りに過ぎていったからだ。

 五男として生まれ、そこそこの待遇と教育を受ける。ある日、自分に少しだけ魔法の才能があることに気づいた彼は、紆余曲折……というほどでもないやりとりを経て、冒険者になった。おしまい。

 意外性の無さで言えば、桃太郎と良い勝負をしている。向こうには桃から子供が出てくるというオリジナリティがある分、むしろ負けているまである。


 そして懸念事項が1つ。


 どうやら俺には幼馴染がいたらしい。名前はシスティナ。薄い緑色の癖毛をよく覚えている。そして、その幼馴染も辺境の領主の娘だったのだが、ひょんなことから家を飛び出し、今はどこかで冒険者をしているらしい。


 おい、これ絶対に早々に出会うやつだぞ。


 そんなありきたりな展開を許していいのか?


 否、断じて否だ。


 俺は後世の人々に「〇〇太郎」呼ばわりされるのはまっぴらごめんだし、絶対にテンプレをなぞった異世界もの主人公みたいにはならない。


 チートもハーレムもいらない。そんな非凡な平凡があってもいいじゃないか。


 街中を歩いていると、どこからか声が聞こえる。


「――――へへ、追い詰めたぜ」


 ちらりと声の方を見て後悔する。


 路地裏で、数人の男が銀髪の美少女を取り囲んでいる。


 いや、そんな治安悪いことある? 大通りから一本入っただけですよ?


 恐らくこれは路地裏で助けた美少女がハーレム入りするイベントだ。美少女を一度助けるだけでそのヒロインに惚れられる、非常にコストパフォーマンスに優れたタイプのやつだ。

 通り過ぎようとする俺を咎めるように、少女の「くっ……」みたいな声が聞こえる。

 おいやめろ、何でそう俺の良心に働きかけようとしているんだ。


 そのまま見て見ぬふりをするというのも寝覚めが悪い。


 …………くそっ、気づかなければ良かった。


 だが、幸い俺には魔法の才能がある。

 魔法のことを考えると頭の中に使える魔法の一覧がずらーっと浮かぶ。その中の1つ、『インセンサブル』を発動させようと念じるが、発動しない。


「え、これもしかして魔法名言わなくちゃダメなのか? ……『インセンサブル』」


 じじっ、と体にノイズが走りそのまま完全に姿が消える。


 自身を透明人間にする魔法だ。

 これ、口を封じられたら終わりじゃないか? しかもすごい恥ずかしいんだけど。


 早速魔法の脆弱性を見つけてしまいげんなりとしながらも、路地裏にてくてくと歩いていく。


 ちんぴら集団は、何を待っているのか知らないが美少女を取り囲むばかりで一向に手を出そうとしない。いや、何してるの? さっさと襲えば良くない?


 獲物を前に長い長い舌なめずりをしている男たちを、かなり適当に殴ったり蹴ったりする。

 体の動かし方はレクト君が覚えていた。


 だが、俺が軽く攻撃しただけでも、男たちは果てまで吹き飛んでいく。スタントマンか?

 どうやら神から異常な身体能力を与えられたというのは嘘ではないようだ。できれば嘘であって欲しかったのだが。


 俺は急に吹き飛んだ男たちを見てぽかんと口を開けている銀髪美少女を置き去りにして、すたたたと大通りに戻る。


 よし、『インセンサブル』のおかげで姿は見られなかったはずだ。これで彼女との縁ができる理由もない。

 大通りに出て『インセンサブル』を切る。


 なんとかテンプレイベントを回避してほっと一息ついていると、「どいてぇええ!!」という少女の声が聞こえ、頭上に影が差す。


 眼前に迫ってくるのは空から落ちて来る少女の姿。


 それを見た俺は――――


「『エアクッション』『シャドウリープ』」


 魔法で別の人間の影に瞬間移動し、その少女を回避した。


 ついでに、一応は彼女の墜落地点には空気のクッションを置いておいた。


 直後、ぼよーんという跳ねるような音が背後から聞こえるが、俺はそれを無視して小走りに駆けだした。


 っぶねええええ! よく避けられたな今の!


 今のは、空から美少女が落ちて来るタイプのテンプレイベントだ。何故か天文学的な確率で主人公の上に落下してくる美少女は、それまた何かしら厄介な事情を抱えており、紆余曲折あって主人公に惚れる。これも比較的コストパフォーマンスがいい。


 油断も隙もありゃしねえ。何でこう絶え間なくテンプレイベントが発生して――――


「おい、逃がすなッ!」「そっちに行ったぞ!」


 男たちの怒鳴り声。


 人ごみの奥から駆けて来るのはローブ姿の女性。

 その後ろからこわもての男たちが怒鳴りながら駆けてきている。

 小走りになっていた俺はローブ女に衝突しそうになるが、持ち前の身体能力で強引に体をねじって回避する。デビルバットなゴーストもびっくりな俺の回避能力に驚いたローブ女が一瞬だけその場でたたらを踏むが、後ろを振り返るとすぐにまた逃げ出した。


「『クリエイトスワンプ』」


 追いかける男たちの足元に小さな沼を作って足止めをする。


 これぐらいならたぶん大丈夫だろ。


 今のイベントは、訳あり正体不明女との邂逅イベントだ。特に誰かに追いかけられている状態で遭遇することが多い。その正体はどこぞの国の王女だったり、どこぞの貴族の奴隷だったり、どこぞの研究所から逃げ出した希少亜人だったりする。


 ちなみに、この世界の獣人は普通の人間に獣の耳と尻尾だけを付けただけの、コスプレイヤーみたいな存在だ。今どき渋谷のハロウィンでももうちょい凝った仮装をするだろ。


「おい、ありえねえだろこの頻度は……」


 絶対に美少女もごろつきもいないことを確認してから路地に身を潜ませる。


 どう考えても何かの意思がはたらいているとしか思えないイベントの密度。最近の異世界小説でももうちょっとオブラートに包むというか、せめて数話に分けてイベントを起こす。


 そして、これが誰ぞやの意思によって引き起こされている事象だとしたら、俺はそれに心当たりがある。


「おい、神。いるんだろ」


 俺の呼び声に、しかし誰も何も答えない。


 あんのじじい…………


「神、おい、聞こえてないのか。神様ー! おーい! じじい! 呼んでるだろ、返事しろ!! 神! ゴッド! 神おじ! 神様!!!」


 路地裏で見えもしない神に呼びかけるただの危険な人間だが、それにはお目瞑り頂きたい。皆さんも神を信じましょう。さすれば必ず救われます。


 ……マジで答えねえつもりか。


「困ったら呼べとか言ってやがったのに…………」


 先ほどの会話を思い出してどんな罵声を浴びせようかと考えていると、ふと思いつく。


「おい、まさか……嘘だよな?」


 そのどうしようもない可能性に思い当たり、俺は「まさか」と思いながらも小さく呟いた。


「…………Hey、神」


「呼んだか?」


「最近のスマートスピーカーでももうちょい融通利くぞ!?」


 こいつ、この呼び方じゃないと応答しないとかもはや嫌がらせだろ。


「……まあ、その話はいい。何かこの件で言い争うこと自体がバカらしい」


 ため息をつく。


「で、儂を呼び出して何の用じゃ?」


「いや、あのテンプレイベントの数々は何だ。明らかに密度がおかしいだろ、密度が」


 路地裏でのイベント1つだけならまだ理解できた。ここは異世界だ。そして俺は転生者。そういうイベントの1つや2つあってもおかしくない。いや、おかしいけど。おかしいけども、1つぐらいは許容しよう。


 だが、そのあとの立て続けのイベント発生は明らかに作為的なものだ。


「なんじゃ、お主が波乱を望んでおったから、なんかこうそういう感じのを集めたんじゃが……」


「そのふわっとした説明やめろ。やっぱり俺の意図が何一つ伝わってねえじゃねえか」


「何が不満なのじゃ?」


「強いて言えば全部ですかねぇ……」


 心底不思議そうな神の言葉にげんなりとする。


「俺は、テンプレが嫌いなの。分かる? テ・ン・プ・レ」


「天ぷら?」


「おい、ボケ爺。わざとだろお前」


 ぼけ老人が「ふぉっふぉっふぉ」と笑う。


「そのいかにもな笑い方もやめろ」


「えー、なんでじゃよ。これ、結構日本の転生者にはウケがいいんじゃぞ。神っぽさがすごい出るから」


 やっぱりこの口調も笑い方も全部意図的なのかよ! 性質悪ぃな!


「しかし、申し訳ないが、お主のこれからの人生は儂にもどうしようもないのじゃ」


「……は? いや、神だろお前」


「お主、仮にも神にすごい口調で話しかけるね……まあ、いいけど……のじゃ」


 ついに口調がぶっ壊れ始めたな。早くない?


「お主が生まれた時点でそういう運命になるように決めてしまったからの。起きうる事象や辿る道筋は違えど、お主の人生から波乱が消えることはありはせん」


「別に波乱を望まないって言ってないんだよ。テンプレっぽいのを望んでないんだって!!」


 どうにもこの神様、確信犯でやっている部分と天然ボケの部分が微妙に重なり合っていて性質が悪い。


「すまんが、諦めてくれじゃ」


「すまんが、ではないが」


「用件は以上かのう? じゃあ、儂も暇じゃないのでな。もう切るぞ」


「暇じゃないのでな、って言ってるやつで暇じゃないやつ見たことな……おい! あいつ、マジで切りやがった!」


 切った、というのもおかしな話だが実際脳内に直接電話をかけられているような状態なのだから仕方がない。


「嘘だろ? 今後も、こんなテンプレイベントばっかの異世界生活を過ごさなくちゃいけないのか……?」


 俺の虚しい嘆きは、路地裏の奥から聞こえる「ぐへへ、もう逃がさないぜ。嬢ちゃん」というゴロツキの下卑な声にかき消されてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ、はぁ……やっと着いた」


 俺は長い長い道のりを経て、ようやく冒険者ギルドに到達していた。

 ここまで来るのに美少女との遭遇イベントに見舞われること計7回。

 そのすべてを悉く回避してきたわけだが、ずっと気を張っていたためあまりに疲れた。

 何でこんなに大量の美少女邂逅イベントを回避しなきゃなんねぇんだ。弾幕シューティングじゃねぇんだぞ。


「何でこんなことに……」


 冒険者ギルドにたどり着いた俺は油断していた。

 ここまで来ればもう大丈夫だろうという慢心。

 その慢心を刈り取るのはあまりに容易だ。


「おいおい、毛も生えそろってねえガキがギルドに何の用だぁ?」「ぎゃははは、違ぇねぇ! ここは冒険者ごっこをする遊び場じゃねぇぜ!?」


 ギルドに足を踏み入れた瞬間、酒を飲んだ冒険者二人組に絡まれる。


 しまった―――――――


 完全に油断していた。


 これはあれだ。冒険者ギルドで柄の悪い冒険者に絡まれるイベントだ。ここで主人公はあっけなく冒険者どもを返り討ちにするのがよくある展開なわけだが、俺がそんなテンプレを望むとでも?


「あ、そうですよね。帰ります」


 テンプレを回避すべく回れ右。即時撤退。ほとぼりが冷めるまで遁走!

 俺の迅速な判断を誰か褒めて欲しい。

 だが、冒険者たちはそれを許さない。

 俺の肩に手を回すと、「げぇ」と酒臭いげっぷを顔に浴びせてきた。


「おいおいおい、マジで帰っちまうのかよ、寂しいじゃねえか」


 うわ、何だこいつ面倒くさいし酒くさい。

 もう一人の禿の冒険者がげらげらと笑う。


 何でこう噛ませっぽい冒険者ってたいていハゲてるんだろうね。ふさふさロン毛とかでもいいのにね。

 キューティクルさらさらのロン毛冒険者に絡まれる図を想像して「ちょっとやだな」とか余計なことを考えていたのが彼らの癪に障ったのだろう。


「おい、てめぇ、何無視してくれてんだ!?」


 この町マジで治安悪いな!! レクト君、なんでこの町を拠点に選んだの!? もっと治安いい場所で冒険者始めようよ!!


「――――ちょっと、やめなよ」


 静観していた冒険者の一人が静止に入ってくる。

 薄い緑色の髪を後ろに束ねた女性だ。

 すらっとした体つきだが、よく鍛えられておりかなり筋肉質な体つきをしている。


 …………待て、なんか聞き覚えがある……というか懐かしさを感じる声だぞ。


「あぁ!? 何だ、てめ―――――」


 冒険者の一人が、為すすべなく投げ飛ばされる。


 ぽかん、と口を開けていたもう一人の冒険者が激昂した瞬間、腹部に掌底を食らいそのままくずおれた。

 その様子を見ていた他の冒険者たちが指笛や拍手で囃し立てた。

 すぐに冒険者ギルドに事務員と思しき人たちが現れ、こちらへ軽い注意をすると倒れた冒険者たちを運んで行った。


「大丈夫だった?」


 緑髪の女性が話しかけてくる。

 何となく嫌な予感がしつつも、俺は愛想笑いを浮かべた。


「え、ええ、ありがとうございます」


「ううん、いいんだ。……なんだか、君が私の探している人に似ていたから」


 こっちのイベントが来ちゃったかーーーー!!!


 冒険者撃退イベントを回避しようとしていたら、追い打ちをかけるように別のイベントが挟まってしまった。

 彼女の恥ずかしそうにはにかむ姿を見て確信する。


 これ、俺の幼馴染のシスティナさんではないでしょうか。


 いくら何でも回収が早すぎると思うかもしれない。だが、この異世界のイベント密度は本当にやばい。これぐらいはやってのけてもおかしくない。


「私はシスティナ……ただの、システィナだ。君の名前は?」


「あ、名乗るほどの者ではないです……ありがとうございました。では」


 マジかよ! 幼馴染との再会イベント、こんな早くに回収しちゃうの!? なんか一周回ってテンプレ感無い気がしてきたな。いや、してこねえよ。こんないかにもな中世ヨーロッパ風の世界で一度離別したら再会するのはほぼ奇跡だろ。


「あ、ああ。……君とはまた会いそうな気がする」


 同じ冒険者ギルドに所属してるんだから、そうでしょうねぇ!!


 というかたぶん俺が他のギルドに移籍しても、なんやかんやでまたばったり会うのだろう。この世界はそういう風にできている。

 まさかのイベントを重ねてきた世界に戦々恐々としていると、システィナは笑った。


「君からは、どこか懐かしい匂いがするな」


「さっきまで草原で寝ていたので、たぶん草の匂いだと思います」


 システィナさん、まだ諦めてないよねこれ。俺と再会しようとしてるよね、これ!?

 俺の言葉にシスティナはもう一笑すると、いいことを思いついたかのようにぽんと柏手を打った。


「そうだ、ちょうどいい」


「よくないです」


「せっかくの機会だ」


「せっかくじゃないです」


「私たちでパーティを――――」


「組まないです」


 全力で冒険者ギルドから駆け出す。

 飛び出した瞬間目の前に出現した美少女を華麗に回避しつつ、俺は叫ぶ。


「平凡な異世界生活を送らせてくれえええええ!!!」


 その叫びは、届いて欲しい神には届かない。


テンプレ展開をいっぱい書けて楽しかった。

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