魔王様はやる気が無いようです
「では勇者よ! しっかりと頼んだぞ!」
俺はそう言う『魔王』に対してしっかりと頷く。
俺はユーシア、勇者――らしい
これというのもまぞくと敵対していた王族が勇者を血眼になって探していたことに始まる。
俺はこことは別の世界から魔王の儀式によって召喚された。
なぜそんなことをしてるかって? 人の王が必死に勇者捜しをした結果この世界の全てを探してしまったからだ。
ということは勇者は現在存在しないことになる、調査漏れがなければ新しく勇者が生まれてくるのを待つしかない。
まさか都合良く王都に調査漏れの男がいてそいつがたまたま勇者だったなんて不自然極まりない事はない。
勇者が来るのを面倒に思っていた魔王――俺の現上司――はだったら勇者をでっち上げて八百長をしてしまおうと考えた。
しかし魔王の部下には人間がおらずまさか魔族を勇者にするわけにもいかないのでわざわざこの世界と縁のない世界から人間を呼び出したというわけだ。
「では王都レインに向かいます、到着し次第勇者を名乗ってきます」
「うむ、頼んだぞ」
人間は魔族の生活域を破壊しながら存在の不確かな勇者を求めた、このままでは消耗戦になって人間がどうなるにせよ魔族にも結構な被害が出る計算になったため『仮勇者』として俺が魔王様に倒されることが今後の予定だ。
もちろん報酬ももらうわけで、俺は元の世界にこの世界には豊富にあるミスリルをもらって魔王と相打ちにこの世界から去る予定だ。
魔王様は『人間ってめんどくさーい……魔王やめたーい』といった調子でやる気ゼロのため最終決戦後は隠居してダークエルフとして暮らす予定らしい。
「頼むぞユーシア! 仲間連れてくるなよ! 面倒ごとが増えるんだから!」
そう、勇者には仲間がつきものなのだ、であるが今回のような場合は都合が悪い、八百長の目撃者がいてもらっては困る。
「フンフーン! ばくはつばくはつ!」
魔王の右腕の宰相がウッキウキで城に魔力炸薬の箱を設置していた。
この城も大分年代物のためいい機会なので吹っ飛ばして一緒に死んだ……と言う設定にする予定らしい。
魔族は人よりも長命なので種の存続をしようとする意志が弱い、そういうわけで人間のように産めよ増やせよ地に満ちよという種と争うとネズミ算式に増える人間は非常に面倒くさいらしい。
個々の力で勝っていても相手が減らした側から増えているのだ、そりゃあそんな敵は面倒なことこの上ないだろう。
「いってらっしゃーい」
魔王様のなんとも気の抜ける声とともに俺は魔王城を出て王都へと向かっていった。
道すがら一応人間ということで魔物に襲われたが魔王様が『勝手に死なれちゃ困る』という一存で多少の力をわけてもらっているので難なく退けられた。
そうして俺は王都レインにたどり着いた。
「さて、さっさと名乗りを上げますか」
俺はポータブル捕縛陣の印されたスペルスクロールを開き「サモン・アポカリプス・アント」と唱える。
手にしたスクロールから闇があふれ出しモンスターが出現する。
ちなみに現在敵対しているのは巨大な蟻だ。
たかが蟻、それでも人間の平均からはるかに大きいモンスターということで待ちは容易にパニックになった。
「さて、始めますか」
俺はそれまで来ていたマントを脱ぎ捨て鋭く輝く剣と鏡のごとく美しい盾を取り出す。
ちなみにどっちも魔王様提供だ、なんでも部下たちが倒した『自称』勇者が持っていたものらしい。
なおどちらも業物とかいうことはなくただ『勇者っぽい』という理由で選ばれた装備だ。
実用性ならもっと高いものがたくさんあるが勇者が呪われてそうな装備で現れるのもどうかという理由で決まった。
「ええーい! この邪悪な魔物め! 勇者の太刀を浴びよ!」
恥ずかしくなりそうな台詞を叫びながら斬りかかる、まあなんだ、旅の恥はかき捨てってやつだ。
俺が斬りかかるとアポカリプス・アントは一発で蒸発した。
魔王様曰く『反抗勢力だからささっと切り捨てちゃってかまへんよ』だそうだ。
ご丁寧に反抗的な連中も粛正せずに閉じ込めるだけにしているあたり魔族とは思えない人道主義だな。
「あの方が魔物を一刀両断したぞ!」
「凄い力を感じる……まさか……勇者様?」
「「「「キャー! すっごーい」」」」
などと歓声を聞いていると王城から近衛兵がやってきた。
近衛の一人と事情を説明する、俺が遠い異国の地から来たこと、魔王と戦うつっもりである事など、ギリギリ嘘か本当かのところの事情を話した。
この国出身にしなかったのはもう調べ尽くされていて今更出てくるのは怪しいという事情と、調査漏らしをした担当が処分されないためだ。
俺が名乗ると兵士たちは早く早くと王城へ急がせた。
そうして謁見の間で糖尿病を患っていそうな肥満体の王家一行に名乗りを上げた。
「ふむ、貴様は勇者なのか?」
「はい!」
断言するがどこか怪しいものを見るような目で見られている。
「貴君の実力は聞いているんだがな……どうにも最近……勇者を名乗る者が多くてな……わしから持参金をもらうと連絡が途絶えるやつが多いんじゃよ」
魔王様は『たまに人間が近所に来てさー』などと言われていたので一部は魔王討伐を本気で目指していたのだろう……もっとも魔王城までたどり着いたものはゼロらしいが……
「私に施しは不要です、ただ一つお願いがあります」
王はまた集られるのかと身構える。
「なんじゃ、言ってみよ」
俺はかしこまって希望を伝える。
「不要な犠牲を避けるため魔王討伐に出ているものに職務の終了を伝えていただきたいのです」
無用な犠牲は人間にも魔族にも出したくない、という魔王様の意思で――おそらく面倒なのが一番の理由だろうが――王国軍を引いてもらえないか交渉する。
「ふーむ……」
王は考え込む、そりゃあ犠牲を大量に出した上で派遣している王国軍を撤退させたら魔族の侵攻があるんじゃないかと恐れるだろう。
「では前線はそこで止める、お主が本当に魔王を倒したあかつきには国軍を撤退させよう」
さすがに無条件撤退はしなかったか……まあいい……これも想定の内だ。
「では行ってまいります」
俺がそこを出て行こうとするとき王が一声かけた。
「お主……何で今まで名乗り出なかったんじゃ……? 一時期勇者を名乗るものに大量の給金を出していたのを知らんかったのか?」
「私の目的は平和ですので……」
そう言うと俺は部屋を後にした。
嘘は言っていない『魔族の』を頭に付けなかっただけだ。
そうして俺は来た道を帰るというマッチポンプの極みな旅路についていた。
魔物が何匹か現れたが俺が往路でボッコボコにした奴が知らせたのか襲撃は無かった。
そして魔王城に『戻って』きた。
城の中は知能のある魔族しか入れないらしく個人を見分けられるのだろうか、俺は顔パスだった。
「よく来たな勇者……良かった本当に来てくれて……逃げたらどうしよう勝って思ってたよぉ……」
魔王様は余り人望が無いのか反乱や命令無視等人間以外にも相手が多かったらしい。
「はいはい、んじゃ俺たちは逃げますか?」
「そうじゃな……魔力炸薬用のスイッチはもう押すだけじゃしわしらは逃げるとしよう」
そうして二人して玉座の裏から隠し出口を使って城の外に出た。
外には俺が魔王様の部屋に入ったら出ていくように言われていた魔族であふれていた。
「そーれ! 吹っ飛んじゃえ!」
魔王様はものすごく軽いノリで起爆スイッチを押した。
ゴオオオオオン……
ズウウウウウン……
こうして魔王城はあっけなく壊れた。
「あの……本当に良かったんですか? あの城結構歴史的に大事なんじゃ……」
俺の問いに魔王様はさらりと答える。
「ええ……あのぼろ屋に歴史的なもんなぞ無いぞ……必要な物は収納魔法でしまってるしの……何より……」
「なんですか?」
「人間でも魔族でも過去にこだわるより今を楽しく生きるべきじゃと思うぞ?」
俺はあっけなく終わった最終戦争を思い出しながら生きることは楽しかったんだ……と思い返していた。
いつからだろうな、生きることが目的になってて楽しさなんで物はない生活だった。
「ほれ、これも『大事な物』じゃったからな」
魔王様がひょいと収納をオープンするとどさりとミスリルの塊が出てきた。
俺の世界では10代先まで遊んで暮らせる量だがこの世界では魔族がガンガン魔力を使っているため影響を受けてミスリル化する金属は珍しくない。
「いいんですか? これ結構持ち出すの面倒だったでしょう?」
収納魔法は大きさと重さで制限される、有名なナップザック問題の解を要求される。
そしてこの世界ではありふれているのにやたら重い金属を入れる理由など無いはずだった。
「約束じゃぞ、私は誓いを破ったことは一度も無いんじゃ、出来ない約束はしないし相手に裏切られるかもしれないからと相手を裏切ったらどこまでいっても無限ループじゃ」
「そうですか……」
俺は無茶ぶり大好きな上司に大量の仕事を積まれて終電で帰っていたのを思い出し少し涙が浮かぶ。
「では、ありがとうございました! 魔王様!」
「うむ、では帰還用の空間魔法を使うぞ、わしが手をかけたんじゃ、楽しまんと承知せんぞ」
そう言って俺の勤務経験の中でも最高にホワイトだった職場は淡い闇包まれて姿を消していった。
――数年後、投資家として注文を浴びる男が現れるのだがそれはまた別の世界のお話……
あっぶねー、なんとか日をまたぐ前に投稿できました……書き溜め無しの即興はキツいですね。