ブラック社員とホワイト魔王
俺こと須藤紫はGWに自堕落な生活な生活を送っている。
やっと休みに入ったところでブラック企業から解放されたのでそのくらいは許されるだろう。
え? ブラック企業なのに休めるのかって?
まあ流石に取引先が働いていないのに無意味に会社に来させるほど会社も暇じゃないのだろう。
ふと……働くってクソだな……と思った。
もちろん生きるためには働かなくてはならないのだが……
そんなことを考えていると意識が混濁してきた。
そうして幾分の時間が経ったであろう後、目覚めるとそこは地下室だった。
いや、地下室なのかは分からないが少なくとも窓はないし薄暗い部屋にろうそくによる灯りが灯っているので日の光は無いのだろう。
「ゆ……勇者様!」
「わ……何だよ!」
突然女の子が抱きついてくる。
悪い気はしない……じゃなくて!
目の前の女の子を観察する。
黒髪でそれほど日本人と違いがあるようには見えない、ということはここは少なくとも荒唐無稽な場所ではないのだろうか?
「君は誰だ? 何で俺はこんなところにいるんだ?」
俺はここが少なくとも地球であることを期待しながら聞いてみる。
「はい、ここはクーリエ王国です。私はここの王女をしていますクロノス・クーリエと申します」
俺は頭痛を抑えながら現状を把握する。
どうやらここは地球ではないようだ、この子が言っているのがでたらめでないなら俺は随分と厄介なことに巻き込まれたようだ。
「で、俺は何でここに居るんだ? 王族の知り合いなんていないし普通の社畜だぞ」
王女は少し考えた後答えた。
「はい、我々はまぞくの危険にさらされているのです、その危機から救ってくれるメシア様を召喚の儀で来ていただきました、それがあなたです」
異世界召喚? 勘弁してくれよ……
「そんなこと一方的に押しつけられても困るんだが……俺はただの一般人だぞ」
キョトンとした顔になる王女、その後つらつらと説明しだした。
「この召喚の儀はカルマの多い物を優先して呼び出すんです、あなたは……その……元いたところでずいぶんなカルマを積んでたはずですが……」
思い当たるとこが無いでもなかった。
そりゃあブラック企業だからな、コンプライアンスなんて吹けば飛ぶようなものだったから確かに多少は俺も業が深い人間になるのだろう。
「ここは地獄か? わざわざ悪い奴を呼ぶ意味がわかんないんだが……」
意味が分からない、そういう勇者的なことは聖人の仕事だろう。俺みたいな小悪党を呼ぶ意味が分からない。
「いえ、積んだカルマが多いほど加護を受けられるんです、今のあなたは大分強くなってますよ?」
俺はポケットにあった金属製のペンを握ってみる、それは軽く握っただけでぐにゃぐにゃになってペンとしての用をなさなくなった。
どうやら加護とやらで強くなったのは本当らしい、ただそれなら気になることがある。
「積んだカルマで強さが決まるならもっと極悪人を呼べば良かったんじゃないのか?」
俺程度でこの力だ、マジモンのやべー奴を呼べばはるかに強いんじゃないだろうか?
「ええ……はじめはその方針でやったんですけど……その……私たちの言うことを全く効いてもらえなくって、しかも強いので討伐隊まで出る始末に……それでも始末に負えず賠償金を払って何とか去っていただいたので……」
ああ、そうか。悪人が力を持ったら欲しいままに行動しそうだもんな……
「で、俺は帰れるのか?」
王女の目がフラフラと泳ぐ。
「いえ……元いたところの環境が悪いなら別にこの世界で暮らしていくのも苦じゃないかなあ……と」
「要するに帰れないと」
王女は諦めたように頷く。
「はい……」
まあ帰れないのは今更しょうがないだろう、もう終わったことだ。
正直サビ残と無茶ぶりにはうんざりしていたところだしな。
「で、魔王討伐なんてことをやらせるんだから報酬ははずんでくれるんだろうな」
異世界に来てまでサービス魔王討伐とかは勘弁して欲しいのでその辺はハッキリさせておく。
「はい……魔王を倒していただければ……その……この国の王になれるのを保証します」
ん? 王? でもここに居る子は王女な訳で……
「じゃあ俺が魔王倒したら君はどうすんの? 平民に戻るの?」
王女は見た目通りの少女のように小声で言う。
「いえ……私は求心力があるので王女のままでいてくれというのが貴族の意見でして……なので私と婚姻を結んでいただければ……」
絞り出すような声だった。
この子……地球……というか日本の法律だったらアウトな年齢に見えるんだが……
要は王女と結婚する権利をやろうというわけか。
彼女どころか友達も居ない俺には確かに魅力的な提案ではある。
しかし確かめておかないと行けないこともある。
「魔王の強さは? 倒せる程度でないと無理だぞ?」
「我が国の一個師団を軽く倒すくらいですね」
「無理だろ! 一人でどうにか出来るレベルと違うぞ!」
勘弁して欲しい、え? なに? この人軍隊を軽く吹き飛ばすような奴の討伐を任せようとしてたの?
「その……召喚した方は強いには強いのですが……召喚してみるまでどのくらい強いかは分からないんです……」
異世界人をガチャ感覚で呼び出してたのか……
俺が無策ッぷりにあきれていると王女はこう言った。
「実際のところそこそこ強ければいいかなあ……と思ってます。その……軍の士気を上げるための勇者様ですし……それに全部軍が討伐してしまうと我が国が軍主導で文句を言えなくなってしまうので……」
なるほど、神輿は軽い方がいいというやつか。
まあ確かに軍部が魔王を倒したとなると発言権も増すだろう。
あくまでも「勇者が」魔王を倒した、という建前が必要ということか。
「そういうわけなので、魔王のところまでは現在軍が道を開けています、後は魔王を倒すだけなのですが……我が国は余り周辺国と仲が良くないので……」
ああ、それで軍部に発言権を渡したくないわけか。
そりゃあそんな状況で魔王を倒すほどの力があれば魔王がいなくなった後は推して知るべしというやつだろう。
「では中庭の訓練場を使ってあなたの強さを調べさせてください。異世界人とはいえ亡くなられると責任を問われますので……」
おそらく責任というのは「無為に死なせた」ことにして政権を奪取するためのお題目だろう。
わざわざ異世界人を死なせたとなれば責任をとって玉座を下りるという可能性も十分にある。
一国の支配者というのもいろいろ難儀なんだな……
そうして俺たちは中庭に出てきた。
「じゃあまず炎魔法から行きましょうか、相性はありますがこの世界では誰もが使える技ですからね、異世界から来た人でも使えるはずです」
「そういうもんなのか」
俺は若干のご都合主義を感じつつ手を前に突き出し炎をイメージする。
手の先に火球が出来た、これをもっと温度を上昇させるイメージを送り込む。
赤かった火球は青くなりやがて白く発光しだした。
「ストップ! ストップです! 城が燃えちゃいます!」
その声で我に返ると途端に暑さが襲ってきた。
「今くらいでいいのか?」
「十分です! 次、氷結魔法を使ってみましょう」
どうもあれ以上は中庭でやるには余りに狭すぎるようだ。
意識を集中していたので分からなかったが結構ヤバかったようだ。
次は氷結魔法ということで先ほどと同じように手の先に原子の運動を止めるイメージをする。
すると液体がポチャリとたれてきた。
垂れた液体はすぐに蒸発した、どうやら窒素か酸素を液状化したらしい。
しかし王女の顔は冴えない。
「むー、氷結魔法ですよ! 水魔法じゃないです!」
どうやら空気も冷やすと液状化するという知識はまだ無いらしい。
ご所望の通り先ほどとイメージを変え水が凝固するイメージをする。
パキパキ
周囲に生えていた草が凍結でパリパリと崩れていった。
「凄いです! これなら十分魔王と戦えますよ!」
どうやら魔王に瞬殺されない程度の力はあるらしい。
力の方はさっきペンを曲げたのでかなり強くなっていることは分かるのでおそらく大丈夫だろう。
難儀だなあ……
争いごとは嫌いだが相手が相手なのでまあいいだろう。
「では魔導書を渡すのでざっくり目を通してください、こちらの魔導書は読むだけでラーニングできますので」
そう言うとドサッと六冊の本が置かれた、結構な厚さだ。
色は赤、青、黄色、緑、金、黒だ。
ぱっと見で分かるロゴマークがついていてそれぞれ、火、水、土、風、光、闇に対応しているようだ。
俺は手始めに赤い本を取りページをめくってみる。
頭の中に情報が流れ込んでくる、この世界の呪文らしい言葉や効果が脳内に直接たたき込まれる。
俺はペラペラページを流してみる、どうやら文字をちゃんと読む必要は無いようで、本から脳に直接情報が書き込まれる。
残り5冊も同じように読んで情報を脳内に満たす。
流石に全魔法を覚えるのは脳に結構な負荷がかかるようで学習後はふらついていた。
「凄いです! 普通あれだけ一気にやったら脳が壊れ……」
「ん? 無理な量を渡したのか?」
ぶんぶんと首を振って計算通りといった風に頷く、大丈夫だろうかコイツ……
「んじゃ、魔王倒してくるわ」
「はいはい……え?」
驚いた顔を見せるクロノス王女。
「いやいや、まだ魔王の居場所すら伝えてませんよ!?」
「いや、さっきの本に魔力の根源が魔王城にあるって書いてあってちゃんと場所もついてたぞ? 知らなかったのか?」
「いえ……流石です勇者様! なのでサクッと魔王をシメちゃってください」
俺は魔王城のイメージを浮かべそこに空間を直結するワームホールを闇魔法で作り、その穴を光魔法で広げる。
「じゃ、いってくる」
「は、はあ……」
もうどうにでもなれと言った風のクロノスを無視しつつさっさとワームホールに飛び込む。
そこは真っ黒なドーム状の部屋だった。
玉座にはいかにも悪魔面をしたツノ付で豪奢な髑髏やこの世ならざるものを模した椅子にローブをまとって座っていた。
「ふむ、勇者か……」
魔王は俺が突然現れたのに驚いた様子もなく普通に口を開く。
俺は部下が来るかと身構えるものの、部下を呼び出す様子もない。
「ああ、勇者……らしい」
魔王はうんざりしたように俺の答えを聞く。
「どーせまたあの王女が適当こいて転移者突っ込んできたんだろ……迷惑なんだよなあ、転移者はそれなりに強いから……」
どうもよくあることらしかった……
「どうだっていい……俺も元の世界に帰りたいんでな、悪いが消えてもらう」
あれ? なんかこれ悪役の台詞じゃね?
「あーはいはい、『ダークウェーブ』」
魔王の指先から闇の波動が迸る、精神に異常を来す系の魔法であるが予習で耐性を獲得している俺には効かない。
俺に効き目がないのを見てちょっと面倒くさそうに立ち上がった。
「あーもうめんどくせー……異世界人の相手はこれだから嫌なんだよ」
魔王、めっちゃやる気が無い。
「一応訊いとくけど俺の元で働く気ない? 福利厚生凄い良いよ、あのえせ王女よりよっぽどいい話だよ?」
正直心が揺らぐのではあるがブラックな職場に戻る意味……あるかな?……あるよね?
「いや、大変もったいない話だがやめとこう。さっさと帰んないと元の世界の職場が回んないんだよ」
魔王は何やら可哀想なものを見る目を向けてくる……やめろ俺は自分の意志で……
「……ホントに帰りたいのか? まーいいや、俺も死にたくないし戦うか……」
俺の光魔法と魔王の闇魔法がぶつかり部屋が混沌に包まれる。
俺が炎を出すと魔王は水を出す、お互い反属性で対抗している。
「お前だって分かってんだろ? 世の中はロクなもんじゃないって、素直に好きなように生きようぜ!」
「お前の話聞いてるとここが動くから黙ってろ!」
クソッ、会社への忠誠心が試されている……
「社畜ここに極まれりだな……なんか可哀想だからここでお前の意志を絶ってやろう」
魔王が似つかわしくない光魔法を使う。
穏やかな光に俺の心が包まれる。ああ、福利厚生、有給、残業無し……etc、欲しいなあ……
「ほれ見ろお前やっぱ帰りたくないんじゃねえか」
あきれたように魔王が言う。違う、俺は俺の意志で……
「違う! 俺は世界と会社の平和が大事なんだ!」
「救いようがないな、消えろ」
魔王が全力で黒い炎を手のひらから放出する。おそらく闇と炎を複合魔法だろう。
俺は全力で光と炎の魔法を放つ。
二つの炎が交わったところで突然『ゲート』が開いた。
「あの人がいないと職場回んないッすね」
「まったく、トラックナンバー1でプロジェクトを進めるのが無謀なんだよ、上はそれが分かっちゃいない……」
聞き慣れた声が聞こえる……同僚たちだ。
「チッ、次元の壁が壊れたか……しかしまあお前でも本当に必要とされてるんだな……」
魔王は魔法を納め俺に向いて言い放った。
「もう帰れよお前は、俺ももう王族と争うのやだし……俺が殺した連中にも必要としてくれてるやつがいたかも知れないんだな……」
なんだか同情半分諦め半分といった感じで捨て鉢に行ってゲートを開く。
人一人が通れるくらいのサイズで向こう側には見慣れたアパートの部屋が見える。
「元はといえば俺の祖先の不始末でこんな事になってんだしな……すぐには無理でも和解はするさ……」
なんだか簡単に改心したようで驚く。
「なんだ、あっけないな」
「今まであの王女が差し向けてきた連中はみんな元の世界に嫌気がさしててな、人間なんてそんなものだろうと思ってたが……お前みたいに必要とされているやつもいるって分かっただけだよ」
やる気もなさそうにしている魔王、俺も元の世界に帰りたいだけなのでこの提案を飲むことにした。
「人間との争いはやめるんだな?」
「ああ、ぶっちゃけもう何が理由かさえ伝わってないんだ、ただ人間と魔族は違うというだけで争ってたからな、いい加減この面倒ごとも終わりにしたい」
どうやら魔王も本気で言っているようなので俺は帰宅の準備をする。
「なあ……必要とされるって良いな……」
魔王のそんな言葉を最後に俺はこの異世界から地球へのゲートをくぐった。
そこはいつもと変わらない部屋で……おっと!
スマホを見ると着信が数十件も残っていた。
最後の方の留守電は悲痛な叫びが残されていた。
「俺も少しはあの魔王を見習うべきかもな」
そう独りごちて俺は出社の準備を始めるのだった。
当面の目標は……「俺なしでも回る職場を作る」だな。
そうして決意を新たに俺は玄関を開けるのだった。