お願い
次の日、私は久方ぶりの学校に来ている。小学校は五年生から行かなくなって、六年生の始業式と卒業式、あとは数日行ったきりで、中学校にいたっては入学式以来だ。三年の一学期がもうすぐ終わろうとしているのに……
「あぁぁぁ、なんで学校なんかに行かなきゃいけないのよぉ~。別に勉強なんて家でもできるのに……してないけどさ。それもこれもボブのせいね。昨日ボブが余計なことさえ言わなきゃ、リッ君も学校行きましょうなんて言わなかったはず! お母さんにも夜のうちに言われちゃったし……」
馬車に乗りながら一人愚痴る。昨日言った通り専属にさせたボブが操縦している。
「ねぇ~、ボブ~? 今から学校じゃなくて、もっといいところに行こうよぉ。ご飯くらいなら奢るから……ねっ! 現役女子中学生とデートだよ?」
「行きませんよ。奥様にもしっかりと学校に連れてくように言いつけられておりますので……バカなことは言ってないで、少しは予習をしといてください」
「この薄情者~! 私とお母さんどっちの言うこと聞くのよ! ボブは私の専属でしょ!」
「ええ、自分はイヴお嬢様の専属ですよ。ですが、雇い主はイヴお嬢様のお父様ですので……どちらの言うことを聞くと聞かれるなら、奥様ですね」
「屑! バカ! 薄情者! ボブ!」
「その罵詈雑言の中にボブを入れたのはなぜですか!? ほんと、覚悟を決めてくださいよ……イヴお嬢様が悪く言われるのは自分も坊ちゃんも嫌だって分かったでしょ? お嬢様のことを思ってる方の為にも、少しは頑張ってみましょう。無理なら帰ってもいいですから」
「それならもう無理だから帰ろうよぉぉぉ」
「そういうことではありませんから!」
と、バカなやり取りをしながら学校へと向かう。こんな風にボブを弄っていないと気持ちが暗くなる。こんなやり取りでも少しは楽になるのだから、ボブもたまには役に立つ。
そんなやり取りをしながら進むこと約二十分。魔族の支配する国アビスの首都であるカタロフ。その首都にあるこの国随一の名門校スペリオル学園。エスカレーターしきであり、兄さんやリッ君も通う学園だ。初等部、中等部、高等部と校舎が違うので滅多に会うことはないらしい。
「あぁ、着いちゃった……」
「なにを嫌がってるんですか。これからなんですから、頑張ってくださいよ……」
ボブが扉を開けて、そう言ってくる。面倒だなぁ、行きたくないなぁ……開いた扉から登校している生徒が見えるが皆、私のほうを見ている。正確には家紋の入った馬車なんだろうけど、私には自分が見られている感覚に陥る。
しかし、なぜか女生徒がチラチラとボブを見ている気がする。ボブも視線が気になるのか、そちらを振り向いたりしていて、その度にキャーキャーと騒がれている。え? ボブってモテるの? まぁ顔の形は整ってるし背もそれなりに高いから、ぱっと見はイケメンの部類に入るのかもしれない。でも、これでキャーキャーしてるってこの学園にはイケメンは居ないのか? 兄さんはまぁ性格があれだし、リッ君も可愛い系だから違うのかもしれないけど……むぅ、なんか面白くない。
「女子中学生にキャーキャー言われて鼻の下伸ばしてるアダマス。早くいくよ」
「は、鼻の下なんて伸ばしてませんから!? って自分の名前初めて呼んでくれましたよね!? あの、お嬢様? 何を機嫌悪そうにしてるんですか?」
「うるさい。機嫌悪くなんかないし。いいからカバン持って。職員室に行くから、ついてきて」
「あ、あの、お嬢様? そんなずんずんと歩いてめちゃくちゃ機嫌悪いじゃないですか!? ty、ちょっと待ってくださいって!!」
ほんとデレデレしちゃってムカつく。この学校の制服は男子は普通の黒のブレザーに黒のスラックス。襟の部分に赤い線が入っている。ネクタイは青。初等部は襟の線が青であり、高等部は線が入っていない。夏場の今は半そでの白シャツのみになっている。
問題なのは女子の制服である。後ろを歩く変態がデレデレしてしまうように、スカートの丈が若干短い。夏だという事もありシャツのボタンも二つ開けている生徒が目立つ。その為、胸元が見えそうになっている。
「ほんとキモイ。女子にキャーキャー言われたくらいでデレデレしちゃって」
「してないですから!? なんで、あんな反応されてるのか分かってないんで驚いてるだけですって!」
「どーだか……ごめんね、私じゃボブの目の保養になれなくて!」
「ほんと何言ってるんですか!? 自分はイヴお嬢様のことそんな目で見たりしてませんし、さっきの生徒さんたちにも何も思ってないですから。……お嬢様は可愛いんですから、変なこと気にしないでください」
最後のほうは、ぼそぼそ言ってて聞こえなかったけど、どうせ文句でも言ってるんだろう。ほんと、ボブの癖に生意気。ほら、また通りすがりの生徒が見てたし……なんか、イライラする。
イライラしたまま歩いていると職員室に着いた。ノックをしてドアを開ける。
「「失礼します」」
そう言って職員室に入る。すると、一人の女性の教師がこちらに気づき近づいてきた。
「あら、初めて見る顔だけど……ああ! 昨日宣言のあったイヴさん?」
「は、はい」
「そっか、そっか。初めまして、あたしはシリーです。セシリー・ワイズ、人間よ。まぁ、詳しくは言えないけど事情があってここに居るのよ。そして、あなたの担任でもあるわ」
「に、人間ですか……」
「えーっと、そちらのイケメンさんは?」
人間という言葉に反応したボブに対してセシリー先生が少し困惑した表情を浮かべてる。そういえば、自己紹介してなかった。
「これはボブです。私の専属のしように……奴隷です」
「あら、そうなのね。わかったわ。よろしくね、ボブさん」
「イヴお嬢様!? 奴隷って何ですか!? セシリー様、自分はアダマ……いえ、ボブです。イヴお嬢様のお父様に使える使用人で今はイヴお嬢様専属となっております。先ほどは失礼をいたしました」
ボブが本名を名乗ろうとしたので阻止する。ボブはボブ。それ以上でもないのだ。アダマス? 誰それ。
「いえいえ。魔族の方がそう思うのは仕方ないことですから。気にしてませんよ」
セシリー先生はニコッと微笑む。その笑顔を見て、ボブが若干顔を赤くしていたので足を思いっきり踏んづける。
「痛っ!! い、いきなり何するんですか!?」
「別に」
「別に、で踏まないでください!!」
そんなやり取りを見て、セシリー先生が声を上げて笑った。
「あはははは。い、いえごめんなさいね。イヴさんとボブさんがあまりにも仲が良かったもので。それに、イヴさんが話に聞いていた子とは違う感じがしたので、ね」
「え、えっと……」
「あぁ、大丈夫よ、無理しなくて。あたしが受け持ってるクラスは担任が人間だってこともあって、少し特殊でね。いろんな意味で特別なクラスになってるの。だからイヴさんも何も気にしないで仲良くなってくれると嬉しいな」
特別なクラス。セシリー先生が担任ってことは、きっと面倒ごとを押し付けてるんだろうと簡単に予想できる。そして私もそこのクラスに入っている。という事は、私みたいな性格破綻者から特殊な環境で育った子がいるようなクラスだろう。
私、やっていけるのかなぁ。うぅぅ、めんどくさい。人と仲良くとか、どうしたらいいのよぉぉ。
「セシリー様」
私がどうやって人と仲良くなろうか頭を悩ませていると、いつになく真剣な表情をしたボブがセシリー先生に話しかけていた。
「は、はい?」
「その、イヴお嬢様のことよろしくお願いします。イヴお嬢様は人見知りなところがあって考え方も魔族や常人が思いつくようなものではないです。常識というものが嫌っているまであります。性格もお世辞にも褒められたものではありませんし、言動もおかしな点があると思います」
いきなり、なにを言うかと思ったら私の悪口を言っている。ほっほう、また足にお仕置きをしてほしいんだな。
そう思いもう一度足を踏みつけようとした。しかし、次の言葉で私は動きを止めた。
「それでも、自分の意志や意見を持っている素晴らしい人です。魔王様の命もありますから学校には行かせていますが、自分はこの機会にイヴお嬢様がもっと多くの人から認められればと思っています。なので、出来るだけで構いませんのでイヴお嬢様のこと守ってあげてください。お願いします」
ボブはそう言って頭を下げた。それを見たセシリー先生は優しい表情になった。そして、ボブに頭を上げさせるとボブの目を真剣なまなざしで見つめる。
「分かりました。あたしの全力でイヴさんのことを守ってみせます」
「ありがとうございます」
ボブはその言葉にもう一度頭を下げるとお礼を言う。そのまま、私のほうを向くと「何かあったらすぐに連絡をしてください」と言って職員室から出て行った。
「大切にされてるのね」
「うぅぅぅ……」
「顔を赤くして可愛いわねぇ~。よし、早速教室に行こう。みんなに自己紹介してもらわないといけないしね」
そう言って、私の手を取り教室まで歩く。職員室から教室までは数分で着いた。
「さて、ここがあなたがこれから過ごすことになるクラスよ」
セシリー先生はそう言うと教室の扉を開けた。
読んでいただきありがとうございます。
ご意見、ご感想、誤字脱字報告お待ちしています。