面倒ごと
あの日から、私の家族が変だ。あの日とは別に、変な意味じゃないよ? 私がいくら空気の読めない女だったとしても、うら若き乙女であることに変わりはない。なので、この美少女乙女の口から下ネタが出ると思って喜んでしまっていた人たちには申し訳ないけどね。
あの日……そう、あのじじ……ごほんごほん、おじいさまとの会食の日の事である。せっかく、美味しいものをいっぱい食べて満足して、食後の楽しみである、今、巷で流行っている携帯ゲームとやらをやっていたのに邪魔された挙句「魔王にならないか?」などと世迷言を言われてしまった。あの時は、このおじいは先が長くないのかなと疑ってしまった。
だって、私なんかに魔王をやらせようとするなんてボケてしまったとしか言いようがないことだから。自分ですら、ぷっ、私が魔王とかあり得ないでしょってなってるのに。ほんと、あの日以来、うざかった兄さんが更にうざさを増して困ってる。なにかにつけて、私に勝負を挑んでくるようになったし部屋の扉も何度も壊されて侵入されてる。家族といえどレディーの部屋に無遠慮に入るのはどうかと思うけど?だからモテないんじゃない?などと思っても口が裂けても言えない。怖いからとかいうよりも面倒だから。
あの人は私が生まれたときからは既に大勢に次期魔王として期待され、その期待を裏切らないように努力していたのも知っている。性格は魔族らしく、傲慢で自己中心的、バカですぐカッとなる脳筋。腕力勝負や戦事が大好きなどうしようもない屑。魔族の中でも高位の魔人族とは思えないほどの品のなさと知恵の薄さが弱点だけど……それでも、次期魔王は揺るがないほどの実力や人望を持っている。お父さんお母さんも兄さんが次期魔王になると疑ってなかった。お父さんなんかは、自分が選ばれなかったもんだから余計に兄さんに期待していたことだろう。
なのに、あのじじいは私に魔王を勧めてきた。マジで、勘弁してほしい。お父さんもお母さんも、今まで絡んでこなかった癖してまた学校行けなどと言ってくるようになった。うざい、行くわけないのに。最近は諦めてた癖して、今更また学校に行けとは……私に死ねというのか、あの両親は!!人に会ったら、人に話しかけられでもしたら死んでしまう。毎日顔を合わせるこの屋敷の使用人さんですら危ういというのに……
私は昔から他人が苦手だ。なにを考えているか分からず、少しでも自分と違う考え方をするやつを除け者にする。小さい頃は、それでも友達と遊んだ記憶もちょっとだけある。だが、いつの頃からか周りが私をイヴとしてではなく、魔王ラシウスの孫としてしか見てもらえなくなった。魔王の孫として求められるのは、兄さんやお父さんのような苛烈で戦闘バカで力こそ全てというような魔族の王らしい振る舞いだった。
そんな、魔族らしい魔王の孫らしいというのが嫌で、気づけばいつの間にか戦闘が大嫌いになっていた。戦闘訓練や模擬戦では相手に一方的にやられるということを何度もして、親が学校に呼ばれることも一度や二度じゃなかった。魔王の孫と仲良くなることを期待していたクラスメイトも戦闘をしない自分よりも弱いであろう奴と仲良くする気もなく次第に離れていった。一人だけ、くっついてきていた子も居たが私が学校へ行かなくなり、数年が経ったころには連絡もなくなってしまった。
少し昔のことに思いを馳せると、ぐぐぐっと背筋を伸ばし私はベッドから抜け出す。現在時刻、お昼の二時。いつもより早く起きてしまった。
キャミソールにハーフパンツというセクシーな寝間着から普段着であるジャージを着る。このジャージというものは遥か昔、まだ祖父ラシウスすら誕生していない時代に異世界より転生してきた一人の勇者が魔王討伐後に自分の世界の物をこの国に広げた物だとされている。ゲームや漫画などの娯楽品もその一つだ。この世界には異世界人の作ったものが数多く存在している。人間やその他の種族は好んで使っているのだが、魔族や竜人族エルフなど人との関わりの少ない種族は使わない者のほうが多い。
「ほんと、古臭い考え。面白いもの楽しいもの、それを使うのなんて個人の自由なのに……だから魔族はバカばっかなのよ。こんな楽しいゲームを否定するなんて」
そう言って、部屋の外に置いてあったご飯を取ってテーブルの上に置くと、ベッドにダイブする。枕元に置いてあった携帯ゲームを一つ取るとヘッドフォンを装着してゲーム機の電源を入れる。この前、無理言って使用人に買いに行かせたミラーワールドというゲーム。自分とそっくりのキャラクターを作って冒険をするRPGゲーム。プレイしているゲームの画面には銀髪のスタイル抜群美少女が映っている。
「やっぱ、このイーヴンちゃんは可愛いなぁ。誰に似てんだろ……って私だ。私に似て超絶美少女じゃん。私より胸と身長はあるけど……あー、そんなとこに罠があるとかズルすぎでしょ~。これ作ったやつ絶対性格悪いわ」
そんなアホなことを言いながらゲームを楽しんでいると誰かに肩を叩かれる感触があった。
(あれ? 今、肩触られた? 扉は昨日のうちに直してもらってあるよね? ちゃんとさっき鍵も閉めたし、部屋には誰も入ってこれないはずなんだけど……)
その事実が怖くなり、たまらず唾を飲み込む。すると、また肩を叩かれる。ビクッとした私はゲームを枕に落としてしまうが気にしていられない。目を閉じ、顔をこわばらせてカタカタと震えていると不意にヘッドホンを外された。
もうダメだ!!と思い叫びそうになった瞬間、耳元から声が聞こえてきた。
「お姉さま? そんなにカタカタと震えてどうしたんですか? 顔色も優れないようですけど……母様たちに言って医者を連れてきてもらいますか?」
その声を聴いた途端、私は震えてたことや怖がっていたことなど、空の彼方へと飛ばす勢いで忘れてしまった。なぜなら、その声の主は自分の愛してやまない存在なのだから。
声のする方へと振り返ると、そこに居たのは弟のリックであった。
「リッ君! どどど、どうしたの? 急にお姉ちゃんのお部屋に入ってきて。ノックしたの? てゆーか、鍵閉めておいたはずなんだけど……そんなことより、リッ君が来てくれるなら、もっとおしゃれして待ってたのに!!」
「え、えーっと……」
姉の態度に戸惑いを隠せない弟。
(はぅ! 突然のことでパニックになってしまったわ。どどど、どしよう、リッ君が引いてしまっているわ。まずい、ここで私の天使であるリッ君に「お姉さま気持ち悪いです」なんて言われた日には私……生きていけない……とにかく、落ち着かなくては!!)
そう考えなおすと息を整える。
「ご、ごめんね。リック。リックがいきなり来たものだから、お姉ちゃん、ちょっと驚いちゃった! 驚かせてごめんね?」
「い、いえ! 普段のクールなお姉さまとは違ったので少し驚いただけですので! 僕のほうこそごめんなさい! ノックはしたのですが返事がなくって……お部屋の外に置いてあるご飯が無かったので勝手ながらお部屋に入らせていただきました」
そう言って申し訳なさそうに顔を俯かせるリッ君。あぁ、もうそんな顔すら愛おしいよぉぉぉぉ。
ご、ごほん!そうじゃなくて用件を聞かないと。鍵の件も聞いておかないといけないし。
「ううん、こっちこそごめんね。ノックしてくれたのに気づかなくて。お姉ちゃん、ゲームに夢中になっちゃて気づかなかったよ。なにか、用があったからお部屋にきたんだよね? どうしたの?」
申し訳なさそうにしている弟の頭を撫でながら聞く。すると、リッ君は顔を真っ赤にしながら言う。
「おお、お姉さま! 僕を子ども扱いしないでくださいっ! これでも十一歳なんです。頭撫でられたりは……う、嬉しいんですが恥ずかしいので……」
その言葉に危うく鼻血が出そうになるのを必死に堪える。危ない、危ない。リッ君のもじもじし照れて顔とか可愛すぎて困る。弟じゃなかったら告白してるなぁ。振られそうだけど……
「ごめんごめん。リッ君が可愛いからついね。それで、用ってなぁに?」
「あっ! そうでした! おじいさまがお姉さまをお呼びだそうです。城まで来いとのご命令だそうです。なので、お母さまから鍵を借りて失礼ながら部屋に入らせていただきました」
「あのばばぁ、勝手に人の部屋の合鍵作りやがって……」
リッ君にも聞こえないように小声で呟きながら、私はまたかとうんざりした表情になる。あの日以降、祖父はこうやって私の気を引こうとあの手この手で誘惑してくる。さすがは魔王、やり方が汚い。ついには、命令をしてくるようになった。これまでは、時間を見つけては家に来て「魔王にならないか」と言ってくるだけですんでいたのに……それですら若干きもくて面倒だったけど。
しかし魔王の命令には逆らえない。私だけならいくらでも無視するのだが家族を、リッ君を使われたら無視できない。
(せこいことするなぁ。ほんとに)
そう考えながらも、仕方なく余所行きの服に着替える。まぁ派手さのない普通のドレスだ。首からはヘッドホンをかけたままだが、それに着替えるとリッ君と一緒に部屋を出る。部屋を出て玄関まで行くと、お母さんが待っていたので言葉なく睨んでおく。私の睨み顔など効かないらしく、お母さんはニコニコ顔を崩すことなく見送ってくれた。
「あぁ、めんどくさい。絶対に面倒ごとだよぉ……はぁぁぁぁ、とりあえず着くまで寝よ」
そう言って、馬車に乗り込むと私は憂鬱な気持ちを紛らわせるため眠りにつくことにした。
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