望まない結末
六本の雷と共におじい様が目の前に現れる。おじい様は男たちを守るように前に出る。
その行動が私の何かを刺激する。あいつらをなんで守るの? なんで私の邪魔をするの? と私の中で何かが叫んでる。
「おじい様、そこを退いて」
私はいつでも魔法を撃てるように右手を前に構えながら言う。おじい様は私のその言葉に対して首を横に振る。後ろに居る男どもは泣きながらガタガタと震えてばかり。
「イヴよ、もうやめよ。もう矛を収めるんだ。こやつらは、戦意を喪失しておる。お前が手を下すまでもないんだ」
おじい様は優しく語りかけてくれるが、今の私にはその言葉すら響かない。私の中にあるのは、目の前の憎い男どもを消すことだけ。
ただ、それだけしかない。
「いいから退いて。退かないならおじい様でも容赦しない」
手のひらに魔力を込め、おじい様めがけて放つ。何の変哲もない魔力弾。だけど、吸収した魔法の数倍の威力と大きさはある。おじい様に当たる直前、特大の魔力弾は無数の小さな魔力弾へと分裂する。
しかし、おじい様が右手を横に薙ぐと一筋の雷が無数の魔力弾を全て相殺していく。百はあったであろう魔力弾はおじい様の一筋の雷によって全て消し去られてしまった。
「今のお前の攻撃ならなにも怖くはないのう。一週間前に会った時のほうが千倍は怖かったのう」
そう言って、綺麗に整えられた白いあごひげを撫でる。その顔は余裕の一言であり、何度やっても同じだと本能が理解してしまうほどだ。
よく見ると、前に突き出したままの右手が微かに震えている。
その時、私の横を何かの影が横切る。その影を目で追うと、男たちの傍らにセリカさんの姿があった。
「ラシウス様、準備が整いました。いつでも飛ばせます」
セリカさんはそう言うと、男たちの足元に魔法陣を展開する。震えていた男たちも、いきなり自分たちの足元に魔法陣が現れたからか震えと涙が止まっていた。
が、次の瞬間には男たちは魔法陣から逃げ出そうとする。その動きを読んでいたのか、どこからか三本の矢が飛んできて男たちの足元に一本ずつ刺さる。
「逃げてもいいんですけど~……もし逃げるなら覚悟してくださいね? あそこに怖いお姉さんがあなた達のことを狙っているので」
セリカさんはそう言って特別席のほうを指さす。そこには弓矢を構えたラージュさんの姿があった。あそこからここまでって数十メートル以上あるんじゃ……
セリカさんの言葉に観念したのか、項垂れるようにおとなしくなった男たち。それを見たおじい様はセリカさんにこくりと頷いた。セリカさんもおじい様に頷き返すと、魔法陣を起動させる。魔法陣の光りが男たちを包みこむ。あまりの輝きに一瞬目を伏せるが、目を開けると男たちの姿は無くなっていた。
「リプカが構築した転移の魔法陣です。ダンジョンの牢獄へと送り込んでおきました。いずれ然るべき場所で裁きがあることでしょう。ですので、イヴ様も怒りを鎮めてください」
いつも私に見せていた年相応の表情ではなく、魔王の秘書としての表情で言ってくる。セリカさんは私にそう告げた後、ボブに目を向けると続けてこう言ってきた。
「それに、あのままラシウス様が間に入ってくださらなかったら、ボブさんにもイヴ様の魔法が当たっていましたよ? そうなっていたら、いくら頑丈なボブさんでも命はなかったでしょうね」
静かに、冷静に、言われたその言葉が私の中の何かに刺さり目を伏せる。
「ボブさんが拉致されて頭が真っ白になってしまったのは理解できましたし、あの男たちがしたことは許されることではありません。でも、イヴ様の強みは冷静な状況判断と、どんな時でも自分を見失わない意志の強さです。ですので、これ以上暴走するのはお止めください」
優しく、でも厳しい言葉を投げかけてくる。その言葉に私の中の何かは、影を潜め徐々に落ち着きを取り戻していった。
少し落ち着きを取り戻し目を開け前を見ると、そこには後ろでおとなしくなっていた兄さんが、いつの間にかボブの所に移動していて、ロープを解いていてくれていた。
私の視線に気が付いたのか顔を背けながら言う。背けるその顔は、耳まで赤くなっていた。
「俺の取り巻きがやったことだ。これを計画した張本人も今頃はあいつらと同じように牢獄に送られている頃だろう」
ボブのロープを解き終わると、ステージに救護班を呼び担架で医務室に運ばせる。この騒ぎですら起きないって、どれだけ強力な薬を使ったんだろう。後遺症が残らないか心配だなぁ。
「安心しろ、この国の医療術士は優秀だ。かなり強い薬を使ったようだが、後遺症など残させはせんよ」
私の心でも読んだのか、おじい様はニコニコとしながらそう言ってくる。
「口に出てました?」
「口には出ておらんよ。ただ、見送る表情が心配そうな顔をしていたのでな。だから、そう思ったまでだよ」
ニコニコ顔からニヤニヤ顔へと表情を変えながら言ってくる。
こほんと可愛らしく咳ばらいをするセリカさん。
「な、なんだセリカよ? なぜそんな顔をしているんだ?」
「空気の読めない魔王様にはあとでお話がありますので」
おじい様は少し顔を引きつらせながら訴えるが、ニコニコとしたセリカさんが妙な迫力を持たせながら言う。
「それよりも、この試合の結果はどうするんですか? 試合どころではなくなってしまいましたが……」
「そうだのう……」
セリカさんの一言に、さっきまで静まり返っていた会場がざわめき始める。「この試合は無効だろう?」、「いや、常に攻めていたのはフェルド様じゃないか」、「でも、イヴ様の魔法はやばかっただろ?」などと観客席で色々と言い合っているのが聞こえてくる。
「あの……そのことで少しよろしいでしょうか?」
おじい様とセリカさんが話し合っている中、兄さんがおずおずと話しかける。
「フェルド様? どうかなさいましたか?」
セリカさんがそう尋ねると、兄さんは少し悔しそうな顔でこちらを一瞥すると、セリカさんとおじい様に向き直った。
「今回の件は、俺が自分の賛同者を暴走させてしまったのが原因です。いくら賛同者が多く、大勢から認められていようとも、その者たちを制御できなければ王とは呼べません。ですので、また一からやり直したいと思います。それまでは、妹にその座は預けておきますよ」
兄さんは、嫌味交じりに自分の思いを告げる。
「本当にいいんだな?」
おじい様が、さっきまで私に向けていたいやらしい顔ではなく真剣な表情で聞いてくる。兄さんも真剣な表情でその問いに答える。
「はい。構いません」
「わかった。それでは、この試合はイヴの勝利とし、次期魔王はイヴとする!」
おじい様の宣言に会場中から盛大な拍手が送られる。
あれ? まさかまたこのパターンなの?
嫌な予感がする中、兄さんがステージから退場しようと私の横を通り過ぎる。
「少しの間お前に魔王の座を譲ってやる。俺が奪いに行くまでの間、精々この国を発展させておけよ」
上から目線の兄さんがすれ違いざまにそう言ってきた。何か言い返そうと、振り向き口を開きかけたが兄さんの姿は扉の奥へと消えていった。
「やっぱり、このパターンじゃんかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私の叫び声は、会場の拍手とともに星のきれいな空へと吸い込まれていった。
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